遠方に住む1人暮らしの親の面倒は誰がみたらいいのでしょうか――(写真:Komaer/PIXTA)

「住み慣れた自宅で療養したい」「最期まで自宅で過ごしたい」という患者や家族の思いを支えるのが、患者宅を訪問して在宅医療や訪問介護などを行う在宅ケアだ。

これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。読者から寄せられた医療や介護に関するお悩みや疑問に、中村医師が答える。

2回目の相談は、高齢の1人暮らしの親について心配する子どもの悩みについて。離れて住む場合の見守り方や、呼び寄せを考えたときの行動の仕方なども踏まえて解説する。

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<MTさん(50代)の相談>

80歳の1人暮らしの母を持つ、50代の会社員です。

私は実家から新幹線で片道3時間ほどかかる遠方に住んでおり、親に何かがあっても、いざというときにすぐに駆けつけられない状況にあります。今はまだ元気に暮らせていますが、母の年齢を考えると、このまま1人で生活させることに大きな不安を感じます。

そこで母が先日80歳を迎えたタイミングで、「私たち家族と一緒に暮らそう」と同居を提案したのですが、「住み慣れた場所を離れたくない」と断られてしまいました。

母は最期まで自宅で過ごしたいと考えているようですが、このまま遠く離れた場所で、1人で暮らし続けることは難しいように感じますし、何より不安です。どうすればいいでしょうか。

不安感の正体を探るところから始める

<中村医師の返事>

高齢のお母さまが1人暮らしをされていることに対して、不安感を抱いていらっしゃるんですね。年をとった親と離れて暮らしていると、「何かあったときにどうしよう」「食事や体調は大丈夫かな」など、気になることがたくさん出てくるのはよくわかります。

まずは、その漠然とした不安感の正体を探るところから始めましょう。具体的に“何がどう不安なのか”、その中身を分解して整理してみるのです。

漠然とした不安のままでは解決策につながりませんし、悩みによって解決策も変わってきます。

いざというときに駆けつけられないのが一番の不安なのか、日々の状況を見守れない不安なのか、あるいは自分が見守れなかったことで後悔したくないのか――。具体的に言語化してみることで、“親を呼び寄せる以外の解決策”が見つかるかもしれません。

例えば、いざというときに駆けつけられないという問題なら、自分が駆けつける以外の選択肢もたくさんあります。

特に最近は、さまざまな1人暮らしの高齢者の見守りサービスが、民間企業や自治体で提供されるようになりました。

家電などに組み込んだセンサーで離れた家族に異変を知らせるサービスや、弁当を届ける際に安否確認をしてくれる配食と安否確認を兼ねたサービス、ボタン1つで健康相談ができたり、警備員が来てくれたりするサービスなどがあるので、これらをうまく活用することで、少しは安心して過ごすことができると思います。

また、今はSNSツールのLINEのビデオ通話などで、手軽に離れた場所の様子をうかがうこともできる時代です。親がスマホ操作に不慣れでも、例えばLINEの返信まではできなくても、既読マークによってメッセージを見たかどうかを知ることならできます。

隣の人が面倒をみていた例も

私が見てきた1人暮らしの患者さんの中に、何かあったときのキーパーソンが家族ではなく、「隣人」という方がいました。81歳の女性の患者さんで、隣人は70代の女性。家族ぐるみの付き合いが続いていて、長年の友人という関係性でもあったようです。

患者さんの妹は他県に住んでいて、すぐに会えるわけではありません。そうしたこともあって、隣人の女性は患者さんの食事の世話まで積極的にされていて、「お隣の方がここまで関わってくれることもあるのだな」と私自身も新鮮な驚きでした。

隣人の女性が、「うちの子が小さいときにすごくお世話になったのだから、この人が困ったときに世話をするのは私の役割なの」というふうに話されていたのも印象的でした。

近所付き合いが希薄になってきている今の時代、こうした付き合いはなかなか見られなくなっていますが、いざというときに駆けつけたり、日頃の様子を見守ったりするのが、必ずしも家族でないといけないというわけではありません。

もし、どうしても自分が駆けつけたい場合には、それがなぜなのかも考えてみましょう。周りに迷惑をかけたくないからなのか、自分が後悔しそうだからなのかなど、そこには何かしら理由があるはずです。

もし「自分が後悔しそうだから」というのが理由なら、親を呼び寄せるだけが選択肢ではなく、自分が親のそばに行くのも1つです。譲れないポイントは何なのか、優先順位をつけながら、不安感を分解してみてください。

そのうえで、やはり親の呼び寄せたいと考えるなら、親が少しでも元気なうちのほうが、新たな場所での生活を築きやすいと思います。介護サービスがまだそこまで必要でない状態なら、新たな場所でのコミュニティ活動に加わったり、地域の人との交流を通じてこれまでと違う居場所を作ったりすることもできます。

ただし、場所を変えるというのは大きな労力を伴うもの。特に高齢になってからは、それまで暮らしてきた環境を変えることに、不安感を持ちやすいです。

そのため、漠然としたイメージだけで話していては、親の決意をなかなか固めることができません。

場所を変える提案をする場合には、何か具体的なものを提示すること。お勧めなのは、「もしも来るとしたら」という仮定で、まずは自分が住んでいる地域を親と一緒にまわってみることです。

私自身も、沖縄に住む両親を自分の近くに呼び寄せた経験があります。私の場合は、母親の病気が深刻になり、病院に入院しなくてはならなくなったときに、両親を呼び寄せました。

24時間体制で患者さんを見守る在宅医としての生活の中では、どうしても身軽に移動することが難しい。ましてや遠く離れた沖縄となると、飛行機以外に移動できる手段がありません。

親の体調が深刻なものになってきたとき、「何かあっても夜中に駆けつけることができない」という不安が大きくなり、せめて陸続きの場所に呼びたいと思ったのです。その後母親が亡くなり、今は父親が私の家の近くで暮らしています。

呼び寄せた当初はたいへんだった

今はすっかり新たな場所での生活に馴染んだ父親ですが、やはり呼び寄せたときは一筋縄ではいきませんでした。そのため、「もしも近くに住むとしたら」という前提で、まずは一緒に車に乗って、ドライブしながら私が住んでいる周辺地域をまわりました。

「もしこの辺りに住むなら、どのエリアがいい?」「住む場所の近くには何が欲しい?」など、親に具体的なことを聞きながら一緒にまわるなかで、初めて知った親の価値観もありました。

例えば、車が大好きな父親は、近くに広い道があるのが大事だということ。それが住む場所を決めるときの大事な要素だったとは、初めて知りました。

子どもが「親はきっとこういうのがよいだろうな」と思って提案しても、実際には違ったりもしますし、具体的な検討に入らないとわからないことも多い。親と一緒に動いてみないとわからないことがたくさんあると実感した出来事でした。

場所を変えるという選択肢を含め、現実的に判断していくうえでは「できること、できないことをはっきりさせる」というのが大事です。誰がどこまで動けて、どれだけお金がかけられるかなどの現実的な線引きを考えるのです。

それには「人、物、お金、夢」の4要素を軸に考えると、整理しやすいと思います。

それぞれを説明すると、人=いざというとき誰がどれだけ動けるのか、物=過ごすのに適した場所があるかどうか、お金=使えるお金がどれくらいあるか、夢=どう過ごしたいか、という感じです。いくら「自分はこんなふうに過ごしたい」という夢があっても、現実的にそれを叶えるには、人・物・お金の要素が欠かせないからです。

特にかけられるお金の枠を最初に決めると、自ずと選択肢が絞られてきます。

そして親と現実的な話をするときには、自分が何を心配に思っているかを伝えるとともに、「離れて住んでいると、私はここまでしかできない」という線引きも話したほうがいいでしょう。それが判断材料になることもあります。

家族だけで話を進めるのが難しいと感じたら、かかりつけ医や介護者など、関わりのある第三者の意見を取り入れるのも手。年を重ねる中で予測される体の変化など、元気なときには想像がつきにくい現実について、客観的な意見を聞いてみるのも、1つの判断材料になると思います。

医療者や介護者との関わりが何もなければ、まずはお住まいの地域の地域包括支援センターに相談してみましょう。

「最期まで1人暮らし」も可能


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なお、高齢であっても、本人とまわりの理解と覚悟があれば、最期まで1人暮らしを続けることは可能です。

実際に私の患者さんのなかでも、最期まで自宅で1人で過ごした方もいます。離れた場所にいる家族としては、本人の希望をどこまで覚悟を決めて見守れるかが問われることになります。

1人暮らしを続けるのか、呼び寄せるのか、これらは正解がある問題ではないため、それぞれの希望と現実との折り合いをつけながら、後悔のない選択をしてほしいと思います。

(構成:ライター・松岡かすみ)

本連載「がんでも認知症でも『在宅ケア』のすすめ」では、ご家族の在宅ケア、介護のお悩みを受け付けております。お悩み相談は、こちらのフォームよりお願いします。

(中村 明澄 : 向日葵クリニック 在宅専門医 緩和専門医)