シンガポールにある、三菱ケミカルグループのMMAの工場。2022年度は、需要減速による市況の悪化で業績が低迷した(写真:三菱ケミカルグループ)

化学大手メーカーは、2022年度(2023年3月期)に非常に厳しい事業環境に見舞われた。2023年度(2024年3月期)も視界良好とはいかず、当面は我慢の時期が続く。

5月半ばまでに出そろった2022年度の化学大手メーカー4社(三菱ケミカルグループ、住友化学、三井化学、旭化成)の決算は、天気に例えれば「雨」になった。

4社とも営業減益だったが、三菱ケミ、旭化成の減益率は約4割と大きく、住友化学は減損影響もあり営業損失に転落した。旭化成は2015年に買収した車載電池用セパレーター事業の巨額減損で最終赤字に落ち込んでいる。

各社は2023年度の業績改善を見通すものの2021年度の水準には及ばない。三菱ケミの中平優子・最高財務責任者(CFO)は「厳しい事業環境が続いている。価格、コスト、運転資金の管理を規律をもって行い、利益確保に努めたい」と話す。完全復調までには、まだ時間がかかりそうだ。


2022年度は、石油化学(石化)事業を取り巻く状況が目まぐるしく変わった1年だった。

国産ナフサ価格の乱高下に翻弄

原油価格が2022年2月下旬に勃発したウクライナ戦争を契機に高騰。それにつれ、主原料である国産ナフサ価格も跳ね上がった。国産ナフサ価格(1キロリットルあたり)は、2022年1〜3月の6万円台半ばから2022年4〜6月に同8万円台半ばへと、数カ月で3割超も上昇した。

しかし、原油高騰による物価高が世界の景気を冷やし、夏場以降に原油価格はピークアウト、国産ナフサ価格も下落していった。主原料価格が下がればハッピーかというと、そう単純ではない。というのも、主原料価格が急速に変動した場合、2つのルートで業績の攪乱要因になるからだ。

第1のルートは、価格反映の時期ずれだ。

化学大手各社は、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリオレフィンといった石化の汎用製品において、多くの顧客との取引で国産ナフサ価格の変動を製品の販売価格に自動的に転嫁する「フォーミュラ制」を導入している。このため、本質的には主原料価格の変動は業績にニュートラルである。ただし、原価変動を販売価格に反映するまでには時期ずれがあり、国産ナフサ価格の急激な高騰局面では、スプレッド(利ザヤ)の悪化が先行する。

第2のルートが在庫評価差だ。

原料の在庫評価において総平均法を採用している場合、原料の上昇局面では期首の割安な在庫が売上原価を押し下げるため、会計上の利益が膨らむことになる。こうした効果で得られる利益は在庫評価益と呼ばれている(主原料価格の下落局面では利益にマイナスに働く)。

2022年度は国産ナフサ価格が急騰した上半期に、この在庫評価益が大きく膨らみ、前述のフォーミュラの期ずれによる利益悪化要因を補った。下半期は、国産ナフサ価格の反落によって在庫評価益が縮小に転じた。本来ならここでフォーミュラの期ずれ解消によるプラス効果があるはずだったが、そのプラスが大きくならなかった。


汎用石化は家電向けや建材向けなど幅広い用途に使われるため、景気の影響を受けやすい。2022年度は、春先の上海ロックダウンの影響が徐々にアジアに波及したことに加え、物価高による世界的な景気減速が重なり、下期に汎用石化の販売数量が落ち込んだ。結果、販売数量の減少によってフォーミュラの期ずれ解消のプラス効果が小さくなってしまった。

各社が手掛ける汎用製品には、MMA、ビスフェノールA、アクリロニトリルといった、原則的にはフォーミュラ制ではない、主に市況で価格が決まるものもある。これらの製品は下期に数量、価格の両面で大苦戦し、業績面での大きな打撃となった。

拡大してきた高付加価値製品も反落

汎用石化事業の収益がナフサ価格や景気に左右されやすいことは以前から分かっていることだ。そのため、化学大手は脱石化を進めるとともに、高付加価値な機能製品の拡大に注力してきた。だが、その機能製品の中核が2022年度には失速してしまった。

半導体や電子材料向けの薬液や光学フィルムなどで、コロナ渦中の2020年度、2021年度でも各社は販売を着実に伸ばしてきた。巣ごもり需要によって、最終製品のノートパソコン、タブレット、スマホなどの販売が好調だったからだ。

ところが、2022年度半ばごろには巣ごもり需要が一巡し、IT機器の販売が減少。そうした最終製品以上に薬液や光学フィルムの販売は落ち込んでしまった。コロナ禍でIT機器のサプライチェーンの不安を受けて、化学品を含む材料も流通在庫が積み増しされていた影響が出ている模様だ。

悪いことが重なった2022年度に対して、2023年度は回復軌道を描く見通しだ。石化製品の数量は上向いていくとみられる。とはいえ、低調だった2022年度より「だいぶマシにはなる」程度に過ぎない。

2023年度の国産ナフサ価格は2022年度の第4四半期の水準より上がる見通し。ただ、在庫評価益は2022年度期中の主原料高を引きずる形で縮小が見込まれる。また、半導体関連や電子材料は、2023年度序盤はまだ低調が続いている。夏場以降は復調の期待がかかるものの、高水準を望むのは難しい。

2023年度以降も、各社が脱石化の構造改革を進めていくことに変わりはない。三菱ケミは、2024年度に石化事業を合弁化して連結から切り離す計画を発表済み。旭化成は、石化事業の合弁化や撤退も選択肢に入れたうえで、2024年度中に今後の方向性を打ち出す方針だ。

値上げ交渉の過程で強み・弱みがあらわに

足元は「雨のち晴れ」とはいかない状況だが、収穫がなかったわけではない。原油価格の高騰が国産ナフサ価格に加えて物流費や光熱費の上昇も招き、収益を圧迫した。そうした中で、各社は付加価値を売りにする機能製品も含め、値上げ交渉に全力を注いできた。

値上げ交渉の過程で、「値上げが通りやすい製品と通りにくい製品があった。他社製品に切り替えがきくものでは、そう簡単にはいかない。どの製品に強みがあるのか、あるいはないのかが、ハッキリしてきた」(三菱ケミ関係者)。同社は「製品価値に基づく値決め」を強力に推進することで収益力の向上を狙っており、価格交渉で得た知見も、大いに生きてきそうだ。

また、住友化学の岩田圭一社長はかねて、コスト上昇の局面を「製品の真の競争力、価値が問われている時期だ」と語っている。

厳しい事業環境だからこそ明確化された、各製品に対する「取引先からのリアルな評価」を基に、これからは競争力の高いものを伸ばしていくのか。あるいは、現状ではまだまだ課題があるものを磨き直すのか。

うまく事業戦略に生かすことができれば、足元の業績苦戦はこの先に花を咲かせるための「恵みの雨」になるのかもしれない。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)