インド東部オディシャ州で発生した列車衝突事故の現場(写真:AFP=時事)

インド東部のオディシャ州で6月2日午後、3本の列車が関連する衝突事故が起きた。これにより乗客の少なくとも275人が死亡、1000人以上が負傷した。事故の主因についてはインド当局の調査が続くが、現場からは多数の客車が折り重なるように脱線転覆したすさまじい映像が届けられている。なぜこのような大事故が起きたのか。近年のインドの鉄道事情とともに探ってみたい。

誤った線路に進入し衝突

インド鉄道省によると、事故は現地時間で2日午後6時55分(日本時間午後10時25分)頃、コルカタ(旧カルカッタ)の南約270kmにあるオディシャ州のバハナガ・バザール駅付近で発生した。同駅は東海道・山陽新幹線の「のぞみ」や「ひかり」通過駅のように、上下の本線にそれぞれ待避線が1本ずつあり、計4本の線路が敷かれている。

事故発生時は、本来であれば本線を通過するべきチェンナイ(旧マドラス)行き「コロマンデル(Coromandel)・エクスプレス」(列車番号12841、客車のほか荷物車を含む23両編成)が何らかの理由で待避線に時速128kmで進入してしまい、停車していた貨物列車に追突。この衝撃でコロマンデル・エクスプレスの客車が脱線・横転し、反対方面の東行き本線にはみ出した。

横転した客車は、東行き本線を時速120kmで走行中だったハウラー(Howrah)行き「ハウラー・スーパーファスト・エクスプレス」(列車番号12864、客車+荷物車を含む22〜24両編成)の後方に接触し、その衝撃でこちらも2両が脱線した。

追突された貨物列車は鉄鉱石を運搬中だった。時速120km以上の速度で追突されたものの車重が重かったためこちらは脱線せず、衝突時の力を吸収できずに客車への衝撃がより大きくなり、死傷者を増やす原因にもなったとみられる。事故当時の現場映像では、連結が外れたコロマンデル・エクスプレスの客車数両が先頭の電気機関車より前方に飛ばされている。

なお、脱線した客車の総数はコロマンデル・エクスプレスが21両、ハウラー・スーパーファスト・エクスプレスが2両の計23両とされる。

どの列車が最初に脱線したのか、どのように衝突したのかについては複数の証言があるが、鉄道省の報道担当者は「最初に脱線したのはコロマンデル・エクスプレス」と説明している。コロマンデル・エクスプレスが待避線に進入してしまった原因については調査が進められており、連動装置(ポイントと信号を連携させて列車の進路を制御する保安装置)に何らかの問題があったとみられている。

死者が300人近くに及ぶ今回の事故は、インドで今世紀に入ってから最大の列車事故とされる。これだけの規模の事故が起きれば、誰でもインドの鉄道の安全性に疑問を感じるに違いない。

英国の公共放送BBCは、インドにおける鉄道事故について、過去最悪の例は1981年6月、サイクロンの時に橋を渡っていた列車が川に転落し800人弱が亡くなったものだとしている。その後100人以上の死者を出した事故は3度起きており、直近では2016年11月に「インドール―パトナ・エクスプレス」という優等列車が脱線、150人近くが死亡する悲劇が起きている。

しかし、データによると事故は減少傾向にあり、2016年以降はこのような大事故は起きていなかった。安全性の指標となる100万列車キロ当たりの事故件数は、2013年度の0.10件から2021年度には0.03件に減少。2017年度から5年間の安全基金(総額1兆ルピー=約1兆6990億円)を設けたことが安全指標の改善につながったため、5年間延長のうえさらに4500億ルピー(約7645億円)の資金が投入されている。

路線延長世界4位の「国民の足」

国連人口基金(UNFPA)の推計によると、インドの人口は今年14億2860万人となり、中国を抜いて世界一になる見通しだ。人々の重要な足として鉄道のシェアは大きい。

約6万8000kmに及ぶ路線の総延長はアメリカ・中国・ロシアに次いで世界第4位。そのうち、5万9000km余りが交流25kV・50Hzで電化されている。2020年の旅客輸送実績は80億8600万人。長距離列車と近郊列車を加えた旅客列車は1日当たり1万3000本が運行されている。国内の駅数は7325カ所に及ぶ。


インドでは鉄道が国民の重要な足となっている。チェンナイ駅に停車する昼行列車のエアコン付き座席車(筆者撮影)


チェンナイ駅に停車するやや古いタイプのエアコン付き1等車(筆者撮影)

歴史的にみると、インドはアジアで最初に鉄道が導入された国だ。イギリスで旅客輸送が始まった1825年から間もない1830年代には、すでに道路やダムの建設に使う資材運搬用の鉄道が敷設されていた歴史もある。

軌間(線路の幅)は長らく複数が混在していたが、現在はほとんどが1676mmの広軌に統一されている。これは新幹線などの標準軌(1435mm)よりもさらに200mm余り広い。当時、インド総督の任にあったダルハウジー卿が「広いほうが望ましい」と言ったことから広軌で敷かれたという。

経済発展著しいインドでは、人々の往来需要も年々拡大している。そんな中、主要都市を結ぶ昼行電車特急「バンデバラト(Vande Bharat)・エクスプレス」が2019年に登場した。普通車と1等車からなる16両編成で、車内にはUSB電源やWi-Fiも装備している。これまでに18区間に導入されており、テスト中に最高時速180kmまで出した記録もある。


2019年に運行を開始した電車特急「バンデバラト・エクスプレス」(筆者提供)


時速160km運転が可能な「バンデバラト・エクスプレス」(筆者提供)

だが、線路の許容速度と運行上の制約から、デリー―ボパール間のみは時速160kmで走れるものの、その他の区間は時速110〜130km運行に制限されている。さらなる高速化が期待されるが、従来型の優等列車(エクスプレスまたはメール)の平均時速は50.6km、近郊電車は同37.5km、普通列車は同33.5kmだという。インドの既存客車列車の速度からすれば、圧倒的に速いと言っていいだろう。

インドでは現在、高速鉄道のプロジェクトも進んでいる。最も先行しているのは、西部の商業都市ムンバイ(旧ボンベイ)とその北にあるアーメダバードとを結ぶ路線で、日本の新幹線システムが導入される予定だ。


E6系新幹線の写真が入った「ムンバイ高速列車地下駅予定地」の看板(筆者撮影)

保安装置の導入前倒しなるか

そのような発展が進む一方で発生した今回の大惨事を受け、インドでは鉄道の安全対策についての議論が高まっている。

インドの鉄道では、運行本数の多い区間に欧州の信号保安システムETCSレベル2水準とされる「Kavach」と称する安全システムの導入を進めている。これはインド国鉄が産業界と共同で開発した”最先端のシステム”とされ、運転士が速度制限を守らなかった場合、自動的にブレーキをかけたり、列車が接近しすぎた場合に衝突を防止したりするものだ。

ただ整備の進展はこれからで、2022〜2023年度にかけての導入目標も2000kmにとどまる。Kavachシステムの整備はモディ政権が掲げた「自立したインド」の一環として行われているが、今回事故が起きた路線には「Kavachシステムはない」(鉄道省広報官)という。大事故を教訓に導入計画が前倒しで進められる可能性も高まっているが、はたしてどうなるだろうか。

安全設備の整備はまだ発展途上にあるようだが、事故件数は減少傾向にあっただけに、1000人を超える死傷者を出す事故が起きてしまったのは残念だ。

ある日本人駐在者は「事故翌日に開催された現地団体の集まりで犠牲者に対して黙祷を捧げた」といい、「事故に関する報道は盛んだが、原因分析に関する報道姿勢は思った以上に慎重。第一報ではコロマンデル・エクスプレスの脱線原因は不明とした上で、考えられる仮説を取り上げており、インドメディアは信頼できるかも、と改めて感じた」と話していた。

モディ首相は事故発生翌日の3日、現場へ急行。直ちに「責任のある者に厳罰を与える」と強く述べた。再発防止のための原因究明は欠かせない。これ以上の悲劇を起こさぬために、最善の対応を望みたいものだ。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)