チャッターと向き合わず、本当の悩みに気づかずに生きてきた人は、自己価値を見失いがちです(写真:Graphs/PIXTA)

「明日のプレゼンはうまくいくだろうか」「昨日はあんなことを言ってしまった」など、私たちは日々、頭の中で話をしている。

このような「頭の中のひとりごと(チャッター)」はしばしば暴走し、あなたの脳を支配し、さまざまな問題を引き起こしてしまう。

一方、この「チャッター」をコントロールすることができれば、あなたは本来持っている能力を最大限に発揮できるという。

賢い人ほど陥りがちな「考えすぎ」をやめる方法とは何か? 昨年11月に日本語版が刊行された、40カ国以上で刊行の世界的ベストセラー、『Chatter(チャッター):「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』について、スポーツ心理学者で五輪メダリストの田中ウルヴェ京氏に話を聞いた。前編、中編に続き、後編をお届けする。

「メンタルが強い人」とは?


メンタルトレーニングはビジネスパーソンもするのですか、と聞かれることは多いですが、実際、私のメンタルセッションに継続してお越しになる方の8割は、経営者です。

アスリートと同じで、その人の人生やキャリアの目標と目的に合ったパフォーマンス(行動)を継続するために必要なのは「心技体」ですから、技を磨いたり、体を整え鍛えていくことと同様、心の状態に気づき、整え、鍛えることは大事です。

勘違いされがちですが、メンタルトレーニングにおけるメンタルとは「気分」のことではなく、「感情と思考」のことです。

例えば、一般的に言われる「やる気が出た」というのは気分の話も含まれますよね。雨が降っているから気分が悪い。でもそれは、メンタルが弱いわけではありませんよね。

メンタルが強い、弱いという表現がありますが、例えば「メンタルタフネス」や「レジリエンス」の研究から説明するとすれば、メンタルが強い人とは、「自分の感情や思考に気づくことで自分の判断軸を作り、その基準に従って、ストレスの対処種類を増やし、自分の行動継続をできている人」ということになるでしょう。

一度作ったら「はい、出来上がり」ということではなく、常に自分の判断力のトレーニング方法を知っていることで、社会の変化や自分の変化に伴って、自己変化をし続けられる人です。それらの要素を含んでいることが、メンタルのトレーニングです。

まずはチャッターに気づくこと

私が行う企業研修で、チャッター(頭の中のひとりごと)に気づいたことがないという参加者もいる時は、まずチャッターを作り出すことからはじめます。日記を書いてもらったりすると、「私、いろんなチャッターを言っていますね」と気づきます。

『Chatter(チャッター)』では、チャッターに気づかない状態をどうするかという点に触れられていませんが、それは、アメリカでは書く必要がないからなのか、このあたりは著者に伺ってみたい疑問です。


スポーツ心理学者で五輪メダリストの田中ウルヴェ京氏(写真:所属事務所提供)

私自身は小さい頃から「自分との対話(セルフトーク)」をやっていた子供で、選手時代もチャッターに振り回されることは多く、セルフトークに変えていくことの重要性は、日記を書くことを通して痛感していました。

ですから、競技引退後、アメリカの大学院でもチャッターコントロールについて学び、その必要性を感じていたのですが、2000年初めに、日本に戻ってセルフトークについての企業研修を行った時に、「ひとりごとなんてしたことない」という方々がとても多かったことに衝撃を受けました。

その後の20年間で、新入社員研修をさまざまな企業でやっていますが、コロナ禍になるまでは、「ひとりごとをしたことがない」という人が決して少なくない人数で一定数いました。

なぜそうなのかは、自分自身、研究対象として興味がありますが、まずは「頭の中のひとりごとは誰にでもありうることで、そのことが無意識にあなたを悩ませている可能性はある。だから、まずはひとりごとがあることを前提に“自分に気づく”ことを意識していきましょう」というところからはじめたりしています。

しかし、気づいた途端に、自分の人生の課題に気づいてしまうことになるわけで、変な言い方に聞こえるかもしれませんが、「自分自身に悩めるようになる」のです。拒絶したくなる人ももちろんいます。

例えば、表面的には元気にしていることはできても、本当の自分の中では、「家族や周囲に対する文句」というチャッターがある人の場合、そのことには気づきたくないというケースは多いです。

「文句など、たとえ心の中でも言ってはいけない」と頑張っている方もいます。そういった場合、自分のチャッターに気づいてしまうと、とても落ち込まれたり、否定したくなったりする。

実はそういった葛藤こそ、自分の魅力にすら気づける貴重なものなのですが、気づきたくないということは、これまでによくあるケースです。

「人生は困難なものであると知る、それを本当に理解して受け入れるならば人生はもはや困難ではない。一旦受け入れられれば、人生が困難であるという事実は問題ではなくなるのである」

これは、精神科医ペック博士の言葉です。

本当の自分のチャッターの不甲斐なさや、人生の難しさを知る。そうすると「じゃあ自分はこの難しい人生をどのように生きていきたいのか」と考えるようになる。

その連続によって、自分が自分に対して存在価値を持ち、自分ならではの人生を生きられる。そう教えてくれているのが先人の研究です。

40代で「人生が楽しくない」と感じる理由

チャッターに気づかない人は、20代30代で解決すべき人生課題を解決しないで生きてきたからだという耳の痛くなるようなアイデンティティに関する研究もあります。

「悩むことはよくないことだ」「ストレスはよくないことだ」と邁進し、本人としては一生懸命頑張って生きてきたわけですが、40代50代60代になって、ふと「私って、なんだっけ」となる方は多くいます。

本来、悩み続けることで、その悩みに合わせた解決行動を自分で作ることが可能になるという観点から考えれば、チャッターに気づき、そこから解決行動の種類を増やすという人生経験が、人生後半の自分の内面を豊かにしてくれているのです。

そもそも人生は楽しいのだろうか? 我々は必ず死ぬのに、なぜ生きているのだろうか?

自分とは何なのかと掘り下げていくと、先述した「人生は困難である」ということに突き当たり、じゃあどうするのか、ということになります。

この困難なプロセスは人によって違います。だからこそ、自分自身のチャッターに気づき、本書にあるような「自分オリジナルのツールボックス」を作っていくことが人生を豊かにさせると先人の研究者は教えてくれています。

「人生楽しくない」「自分なんて最悪だ」もチャッターです。「人生には楽しいこともある」「自分の少しはマシな部分はこれだ」というのもチャッターです。そのチャッターをどう扱っていくのかは自分でできることです。

「充実感」は自分で作ることができる

チャッターに気づき、セルフトークに変え行動を作っていく。そのツールボックスを作り続けていくことは、自分の最大の味方になります。

こういったメンタルトレーニングの結果得られることは、人間の幸福感にとって大切だと言われている「人の役に立っている感」「自分自身のコントロール感」「自己存在感」を本当の意味で感じることです。この充実感は、自分で作ることが可能です。

チャッターは、自分自身であり、自分の人生を構成しています。チャッターが、その人が見る場所を決め、俯瞰も集中も決め、自分をコントロールしているということが、膨大なチャッター研究から理解できると思います。
ここがわかると主観が変わり、仕事の意味や、人間関係も変わります。人生は困難だからこそ生き甲斐があるのだ、と。

(構成:泉美木蘭)

(田中ウルヴェ 京 : スポーツ心理学者、五輪メダリスト)