かつては中間処理ができなかったごみは最終処分場に直接埋めていた。写真は1992年。次から次に搬入されるごみと、ガス抜き管からメタンガスが出ている様子(東京都提供)

皆さんは、自ら排出したごみが行き着く最終処分場について、どこまで詳細を知っているだろうか。ほとんどの人は最終処分場が身近にあるわけではないため、「ごみを清掃工場で燃やした後、灰を大きな穴に埋め立てている」くらいのイメージではないだろうか。

実際には環境対策が施された清掃事業の基幹的な役割を担う施設だ。本稿では東京23区の最終処分場を例に、日々ごみを出している人が知っておきたい最終処分場の知識をお届けする。

前回:『ごみを平気で出す人が知らない埋立地の残り年数

東京23区のごみの最終処分場の歴史

東京のごみの埋立ての歴史は江戸時代に遡り、1655年(明暦元年)に幕府がごみの投棄場所を永代浦(現在の江東区富岡、冬木、木場付近)に指定したのに始まる。

その後も永代浦周辺地区の埋め立てが進められていき、昭和に入ってからは8号地(江東区潮見)、14号地(江東区夢の島)、15号地(江東区若洲)中央防波堤内側埋立地、中央防波堤外側埋立処分場、羽田沖、新海面処分場と埋め立てられてきた。

現在は、中央防波堤外側埋立処分場と新海面処分場のBブロックで最終処分が行われている。


埋立時期と埋立量(出所)東京二十三区清掃一部事務組合「ごみれぽ23 2023」、2022年、31頁

このように最終処分場について述べられても、どのような場所にあるかはイメージしにくいだろう。

しかし、2020オリンピック・パラリンピックでは、内側埋立地と外側処分場の間の水路(「海の森水上競技場」)でボート・カヌーの競技が開催された。また、埋め立てが終了した内側埋立地の「海の森クロスカントリーコース」では、馬術のクロスカントリーが行われていたので、どのような周辺環境の中に最終処分場があるか多少は想像がつくと思う。


写真上の中央防波堤内側埋立地と写真中央の中央防波堤外側埋立処分場の間の水路でボート・カヌー競技が行われた(出所)東京都環境局発行パンフレット「東京都廃棄物埋立処分場 中央防波堤外側埋立処分場・新海面処分場」、2022年


埋立処分場配置図(出所)東京都港湾局発行パンフレット「新海面処分場」、2022年

今後も埋め立てが進んでいく新海面処分場の全体の面積は480haであるが、廃棄物の埋め立てに利用するのはA〜Eブロックの約319ha(東京ドーム約68個に相当)である。

F・Gブロックは都内の河川や東京港内から発生する浚渫土や、都内の公共工事から発生する建設発生土等の土砂用となっているため、新海面処分場の全部を廃棄物系で使うのではない。なお、現在埋め立てられているB・C・Dブロックのタテの距離はそれぞれ500m、Eブロックは911mである。

新海面処分場(B・C・D・E)は東京港を約2.4卆茲泙破笋疥てるような広大な埋立地であるが、いつまでも埋め立てられないのだ。

新海面処分場の残余年数は50年以上とされているものの、東京港で最後の処分場であり、その後に埋め立てる場所はない。荒川の流れや船の航路があるため埋め立てられないからである。よって、可能な限り最終処分場を延命化させていくしか策がない状況にある。


中央防波堤外側埋立処分場の展望台から新海面処分場を臨む。手前のBブロックが埋め立てられ、次のCブロックも埋立て準備が進む状況が確認できる。埋め立てられている地面の位置から30mの高さまで埋立てが行われていく。奥に見えるのは房総半島(筆者撮影)

ごみの中間処理ができなかった頃の様子

現在、東京23区においては、可燃ごみの全量焼却や不燃ごみの全量破砕が行われているが、以前は施設周辺の住民の合意が得られず、焼却・粉砕などを行う中間処理施設の建設が追いつかなかった。ごみの全量の中間処理ができるようになったのは、不燃ごみは1996年、可燃ごみは1997年であった。

中間処理ができないならば、最終処分場に降ろしにいくしかない。よって、収集車がそのまま埋立地に入り込み、そこでタンクを開けてごみを降ろしていた。ごみが3m積みあがると50僂療擇鯣錣擦討いサンドイッチ工法により、埋立地の高さが30mになるまで繰り返して埋め立てていた。


1992年の中央防波堤外側埋立処分場の様子。清掃車が処分場に乗り入れ、収集したごみを直接排出している。3m積みあがると50cmの土をかぶせて埋め立てていた(東京都提供)

また、生ごみもそのまま埋められていたため、地中で発酵しメタンガスが発生し、それに起因する火事も頻発していた。その対策としてメタンガスをごみの中から抜くためのパイプを打ち込み、ガスを抜いていた。なお、現在もガス抜きは続いている。


1992年。ガス抜き管からメタンガスが出ている様子。次から次に搬入されるごみと、ごみの発酵により生じたメタンガスがパイプから噴き出ている。ガス抜き管は60mぐらいの間隔で160本程度差し込まれている(東京都提供)

当時の最終処分場での埋立ての様子

当時の最終処分場で働く清掃職員の職場は過酷な現場であった。現在では埋立処分場には人の姿はほとんど見かけられないが、当時は続々と入ってくる清掃車を誘導し、ごみの種類別に決められた「開け場」に降ろすために誘導する清掃職員が立っていた。清掃車の運転手はその指示を受けながら積んできたごみを指定の「開け場」に降ろしていた。


1987年。誘導する清掃職員に指示された「開け場」にごみを降ろす様子(写真:東京都提供)

この誘導の職員の業務は、電気も水道もない場所での勤務なので、激務であったのは言うまでもない。まず強烈なのが「異臭」である。次々入ってくる清掃車を立って誘導していた。

次に夏の暑さと冬の寒さだ。夏はまったく日除けがない場所に立って誘導するため、熱中症になる作業員もいた。冬は海からの風が吹きつけ、凍えそうな中で誘導していた。誘導はそれほど体を動かさないので、温まらず、防寒具を着て耐え忍ぶしかなかった。さらには、ごみから発生する蝿の襲来に悩まされる状況にもあった。

一方、清掃車の運転手にとっても、過酷な現場だった。ごみを降ろす際に詰まって出ない際には、タンクを上下に振って振り落とすのだが、雨が降ってぬかるんでいると、ごみで埋めた地べたにタイヤがはまってしまい、抜け出せなくなり傾いてしまう。その際にはごみの山をならしているブルドーザーで助けてもらって抜け出していた。

また、パンクもしょっちゅう起きていた。不燃ごみの中には鋭利なものがあったため、それを踏んでパンクしていたからである。さらに、ごみを降ろした後の清掃車のタンクに蝿が入りこみ、それをそのまま収集の現場まで持ち帰る状況でもあった。

ごみの全量が中間処理されるようになった今では、このような光景は見られない。しかし、次に示すとおり、この時期にごみを直接埋め立てていた影響は今でも残っている。

環境への対策 ―浸出水対策―

最終処分場が周囲への汚染源とならぬよう、環境対策が緻密に施されている。そのうちの1つが浸出水対策である。

最終処分場に雨が降ると、雨水は埋め立てたごみの層を通過していく。何も対策が施されていなければ、まるで紅茶のティーバッグのようにごみのエキスが混ざった浸出水が地下に浸透していく。そうすると、地下水や飲料水に影響が及ぶ。よって、最終処分場内に降った雨が漏れ出て周辺環境に影響を及ぼさないような設備を設置し、環境対策を施している。

この浸出水対策として、中央防波堤外側埋立処分場および新海面処分場内には16カ所の集水池が作られており、そこにごみの層を通ってきた浸出水が集まる仕組みとなっている。

この浸出水は、埋められたごみによって”風味”が異なる。厨芥を含む可燃ごみが埋められていた層からの浸出水と不燃ごみの層からの浸出水では、汚れ方が相違する。筆者が見学した集水池は黒っぽく汚れ、寒空の中でそこから湯気が勢いよく昇っていた。


16カ所ある集水池の1つ(写真:東京都環境局のHP)

この集水池に集められた浸出水は、ポンプを使って埋立地内にある2つの調整池へと送られる。2つ合わせて15万㎥である。

調整池で浸出水を混合して10日程置いて水質を均一化した後、中央防波堤内側埋立地にある排水処理場で薬剤を多用した生物処理や物理化学処理を施し下水道に放流している。

その後、砂町水再生センターでさらに処理されてから、東京港に放流されている。このように、浸出水が万全に管理されているがゆえ生活環境は汚染されず、私たちが安心して生活できている。


中央防波堤外側埋立処分場にある調整池(写真:東京都環境局のHP)

なお、東京港の最終処分場の中で、浸出水などへの環境への対策が施された「管理型最終処分場」となったのは、中央防波堤内側埋立地が初めてであった。それまでに埋め立てられていた14号地夢の島では浸出水処理施設がなく、浸出水対策は十分ではなかった。

現在埋立てが進む中央防波堤外側埋立処分場や新海面処分場では、ケーソン(砂や鉱滓を詰めたコンクリート製の箱)式護岸や、鋼管矢板を海底地盤まで打ち込んだ二重鋼管矢板式護岸により浸出水の漏れを防いでいる。

最終処分場の見学のススメ

私たちにとって遠いところにある最終処分場だが、そこの管理者が清掃事業やごみ排出への理解を深めてもらうことを意図し、一般人に対して施設見学の機会を提供している。本稿で取り上げた東京港の埋立処分場(中央防波堤外側埋立処分場)については、「清掃工場・埋立処分場見学会」として、大型バスで巡る見学会を東京都環境公社が開催している。

午前中は清掃工場を見学し、午後からは庁舎で環境学習をした後、バスの車窓から不燃ごみ処理センターや粗大ごみ破砕処理施設を見て、中央防波堤外側埋立処分場を見学するコースとなっている。まさに「インフラツーリズム」、「大人の社会見学」であり、大変充実した内容となっている。

抽選であるため応募者全員が参加できるわけではないが、一人でも多くの人が見学し、自ら排出したごみの行き場の現状を見て、その歴史や仕組みを学ぶことで、最終処分場には限りがある点を強く意識することになるだろう。そしてごみ減量を真剣に考えるきっかけを持ってほしく思う。


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(藤井 誠一郎 : 立教大学コミュニティ福祉学部准教授)