政治家の「遺憾の意」にモヤっとしてしまう理由
岸田文雄首相と岸田翔太郎氏(写真:時事)
岸田文雄首相の長男で首相秘書官を務めていた翔太郎氏が辞職しました。事実上の更迭となりますが、岸田首相、与党関係者からは「大変遺憾である」とのコメントが相次ぎます。政治家はなぜ「遺憾の意」を使いたがるのでしょうか、また政治家言葉はなぜわかりにくいのでしょうか。元議員秘書でコラムニストの筆者が解説します。
政治状況を端的にあらわす遺憾
「遺憾」は政治家特有の表現として認識している人も多いでしょう。「心残りであること」「残念に思うこと」が本来の意味です。「遺憾ながら欠席します」(残念ながら欠席します)、「遺憾なく実力を発揮してください」(心残りがないほど十分に発揮してください)などと使用します。
ところが、本来の使い方とは関係ないものが見受けられます。釈明、抗議や非難をする意味にも使われるようになったからです。第211回通常国会(2023年1月23日〜6月21日)の国会議事録を調べるとよくわかります。一部を紹介してみましょう。
衆議院 決算行政監視委員会 第3号 令和5年5月15日
斉藤鉄夫(公明党・国土交通大臣)
まず、現役職員の異動情報が、内示後ではあるものの、公表前に外部の者に共有されていたことは遺憾であり、国民の目から見ても疑惑を招きかねず、国土交通大臣として大変重く受け止めております。
衆議院 外務委員会 第10号 令和5年5月10日
林芳正(自民党・外務大臣)
今回の事案は、供与した機材等の適正利用を規定した国際約束に反するものと認識しておりまして、極めて遺憾であります。
参議院 文教科学委員会 第10号 令和5年4月27日
永岡桂子(自民党・文部科学大臣)
結果として、東京書籍の地図について、これ適正な訂正が行われなかったことは誠に遺憾でございます。教科書に対します一層の信頼確保に向けまして、適切な検定審査、これに努めてまいりたいと考えております。
国立国会図書館の「国会会議録検索システム」 は、昭和22年の特別会から検索することが可能です。あくまでも個人的な感覚ですが、2000年以降は釈明、抗議や非難を含む使い方が増えたように感じます。興味のある方は調べてみてください。
現在、「遺憾」は政治家の決まり文句に近く、誰もが使用しています。「そのように言っていれば間違いない」という趣旨で使われているようにも思います。「遺憾」の言葉は真意を隠しているように相手に伝わります。そのため一般的には好感をもたれません。わかりやすい言葉に置き換えることも必要ではないかと思われます。
政治では何らかの問題が発生すると「こうした事態を引き起こしたことは極めて遺憾である」「国民の皆様にご迷惑をおかけしたことは甚だ遺憾」という言葉を耳にすることがあります。まるでテンプレートに貼り付けた定型文のようにも聞こえます。
この場合の「遺憾」は国民(有権者)に対して「残念に思うこと」を表明していますが、事態を引き起こしたことに対する責任は曖昧になったままです。「遺憾」という言葉は非常に使い勝手のいい便利な言葉で、政治家が責任を放棄しているように見えるのは私だけでしょうか。
「遺憾」以外にも責任を曖昧にする言葉にはある特徴がありますので紹介します。
例:なんらかの疑惑がスクープされ追及を受けている。
1.関係各所と検討し見直して参りたいと考えております
2.本件につきましては前向きに検討して参ります
3.ご批判を踏まえ、一旦立ち止まります
4.ご意見は真摯に受け止めたいと思います
5.批判につきましては厳粛に受け止めます
1〜5に関しては、国会答弁などでもおなじみです。すべてゼロ回答で結局は何もしない場合に便利です。使用される局面は「ほとぼりが冷めるのを待つ」状況です。政治の場面では許されるかもしれませんが、取引先や上司に使ったら大変なことになりそうです。
つぎは、政治家言葉で物議を醸した事例を紹介します。
ほかにもたくさんある政治家言葉
2019年、汚染水受け入れ可能性について「東京電力福島第一原発の処理済みの汚染水対策の所管は環境省でない」との小泉進次郎環境相(当時)の発言が物議を醸したことがありました。これに対して、日本維新の会の松井一郎代表(当時)は、「将来、総理を期待されている人が『所管外だ』とか、そういうことで難しい問題から批判をそらすようなのは非常に残念だ。真正面から受け止めてもらいたい」と指摘します。
「所管」には「権限をもって管理すること。また、その範囲」とする意味がありますから、「管轄外、担当外」であることを示唆したものと考えます。その後、小泉氏は「軽々に所管外の者が発言することで、福島のみなさんを傷つけることはあってはならない」との発言もされますが、「所管外の者が発言する」ことと「福島のみなさんを傷つけることはあってはならない」は異なる文脈ですからつなげるには無理がありました。
「所管外」は誤解を与えやすい言葉です。社長が同じ言葉を口にしたらどうなるでしょうか。それこそ誰も発言ができなくなります。所管外なのですから。
別のケースを紹介します。前横浜市長の林文子氏がカジノなどを含むIR=統合型リゾートの誘致を表明し市民が強く反発したことがあります。公約の「白紙」から一転、誘致表明に転じたからです。記者会見で次のようなやりとりがありました。
記者:「市長選で『白紙』だと言ったのは間違った判断だと思わないか?」
林市長:「思わないですね。事実『白紙』でしたから」
記者はこれ以上、突っ込まなかったのですが、これでは失当です。少なくとも次のように切り込んだら状況が変化したと思います。
記者:「市長選で白紙だと言ったのは間違った判断だと思わないか?」
林市長:「思わないですね。事実『白紙』でしたから」
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記者:「林市長は、フォルクスワーゲンジャパン販売の社長、ダイエーの会長兼CEO、東京日産自動車販売の社長を歴任しています。フォルクスワーゲン、ダイエー、日産で『白紙』はどのような意味で使われていますか?」
ビジネスの最前線で活躍されていた林氏の言葉ですから非常に重いものになるはずです。
裏切られたような印象を残す可能性
「白紙」には新しい状態にすること。「まっさらな状態にしてやり直す」という意味があります。これはビジネスに置き換えるとわかりやすいと思います。
「条件が変わらないのであれば取引を白紙にします」
取引先がこのように言ってきたらどうでしょうか? 条件が変更されなければ取引は中止になると考えるのが一般的です。「何もなかった状態に戻る」という意味です。
政治家が言葉を使い分けることは大切なスキルであることは言うまでもありません。しかし、有権者にとって裏切られたような印象を残すことは好ましくありません。信頼感が揺らいで政治不信につながる危険性があるからです。言葉の解釈で押し切っても有権者は納得しません。政治家の説明は具体的でなければ説得力がありません。
(尾藤 克之 : コラムニスト、作家、著述家)