任天堂創業家と東洋建設による株式攻防戦は武力衝突に発展している(上写真:記者撮影、下画像:ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィスのHP)

中堅ゼネコンの株式を巡る攻防が、一段と激しくなってきた。

海洋土木(マリコン)大手の東洋建設は5月24日、任天堂創業家の資産運用会社「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)が東洋建設に対して行っていたTOB(株式公開買い付け)提案に反対することを発表した。取締役会の全員一致で反対することを決めた。

同時に、社内取締役2人、社外取締役7人の計9人の選任を求めるYFOによる株主提案に反対することも決定した。

東洋建設はどちらの提案を受けるよりも、今年3月に策定した2027年度を最終年度とする新中期経営計画を遂行することこそが、「当社の企業価値や株主の共同利益の最大化につながる」とした。また、YFOが提示している公開買い付け価格1000円についても、「プレミアムはわずか1.5〜3.8%に過ぎず、当社の本源的価値を反映した価格とは言えない(1000円の価格は安すぎる)」とした。

YFO「完全な二枚舌だ」

東洋建設の時田学執行役員は、「YFOの企業価値向上策を遂行しても当社の企業価値は向上しない。経営の基盤が崩壊し、受注活動に悪影響を与える」と語る。

一方、YFOの関係者は、東洋建設の決定に不満を漏らす。「完全な二枚舌だ。当初は『1000円という価格の根拠がわからない。そこまでの株価にはいかない』(1000円の価格は高い)と言っていたはず」。「協議の当初から、経営基盤の崩壊論を展開していた。あたまからそれ(反対)ありきで動いていた」。

東洋建設の株価については、1年前の2022年5月31日時点では833円(終値)だったが、今年5月31日は985円(同)をつけている。洋上風力発電事業に本格参入するなど骨太の方針を打ち出した新中期経営計画の内容や、2023年度から2025年度の配当性向を100%(下限50円)とする株主還元策を掲げたことが、市場から評価された。

YFOによる東洋建設の保有株式が27%を超過し、YFOが東洋建設に対してTOBを提案した2022年4月以降、YFOと東洋建設は荒々しいやりとりを繰り広げてきた。どちらかというと、東洋建設はYFO側の話を聞くことに終始する、受け身一辺倒だったと言える。

ところが、今年3月の新中期経営計画発表時に「(経営の姿勢を)守りから攻めへ転換する」(時田執行役員)と宣言すると同時に、YFOへ反撃の姿勢をみせるようになった。


反対表明を冷静に受け止めるYFO

YFOも受けて立つ。「東洋建設の現取締役会のガバナンスが機能していないことを顕著に示すもの」。YFOは5月25日付のリリースで、攻めに転じた東洋建設の反対表明を批判した。

しかし、攻撃的な言葉とは裏腹に、YFO側は東洋建設の反対表明については、冷静に受け止めている。「反対表明は想定の範囲内。賛同表明を出すとは、まったく考えていなかった」(YFO関係者)。

むしろ、YFO側が驚いたのは、東洋建設が反対表明と同じ5月24日に発表した新しい経営体制への移行だ。東洋建設は新役員候補案として社内取締役の5人、社外取締役6人を掲げた。土木畑の長い大林東壽氏(はるひさ、取締役・専務執行役員)と、建築分野を歩んできた平田浩美氏(取締役・執行役員副社長)を新任の代表取締役にするとした。

加えて、現任の武澤恭司社長と藪下貴弘専務執行役員の代表取締役2人が退任することも発表した(それぞれ相談役、顧問に就任予定)。武澤社長と藪下専務は東洋建設のツートップであり、YFOとの協議も両者が前面に出て対応してきた。

「この人事案には意外性があった。東洋建設は現体制のままで中期戦略を進めるのか、新体制で望むのか、どちらを選択するのか注視していたが、後者を選択した。特に、代表取締役2人が同時交代することは異例で、意外だった」と、YFO関係者は語る。

同YFO関係者は、「東洋建設は(6月27日に予定される)定時株主総会で、当方の株主提案に対する票読みが難しいとみて、代表取締役2人の退任を発表したのではないか」といぶかる。

この見方に対して、東洋建設は「(武澤社長らの退任は)既定路線だった」(時田執行役員)と強調する。武澤社長は2014年4月に就任して以降、9年にわたり経営トップを務めてきた。

東洋建設は不動産開発事業に失敗し、債務免除を受け、2003年から前田建設工業の傘下で経営再建を図ってきた。武澤社長はその経営改革のまさに牽引者だった。「中興の祖と言ってもおかしくない」(別の東洋建設関係者)。

5月24日に行われた社長交代の記者会見で、武澤社長は次のように語った。

「9年間、経営基盤の強化に取り組んだ。社長就任当初は存続の危機だった。純資産200億円を上回るかどうか厳しい状況で、信用力が低下し、民間工事の受注も厳しかった。そこから、社員の頑張りもあり、収益を上げ、純資産を積み上げることができた。前2023年3月期末は純資産が700億円を超えた。立派な数字になったなと思う」


5月24日、社長退任を発表する東洋建設の武澤恭司社長(左)。右は新社長に就任予定の大林東壽取締役(記者撮影)

記者は会見を終えたばかりの武澤社長に近づき、「続投は考えなかったのか」と質問した。武澤社長は「いやいや」と首を横に振りながら、こう語った。「私は守りを託された。それを成し遂げたので、(攻めに転じる)いまがいいタイミングだ」。

この人事案にどのような真相があるかは不明だ。だが、昨年12月にトップ会談が決裂して以降、協議の場が持たれていないYFOと東洋建設の冷え切った関係に、何らかの変化を与える可能性はある。「役員が新しいメンバーに変わることもあり、(こちらからYFOに)対話を再開するメッセージを出していくのは大事なこと」と、東洋建設の時田執行役員は話す。

株式を追加取得する可能性も?

1年以上も続いているYFOと東洋建設の株式攻防戦は、今後どういう展開を見せるのか。

YFOは5月24日に、別のリリースも出している。それによると、東洋建設の同意を得ずに東洋建設株式を追加取得しないことを誓約していたが、5月24日までとしていた誓約期限を延長しない、つまり今後は「東洋建設の株式を買い増す可能性もある」という。

ただ、市場の混乱などを避けるために、保有株式が3分の1を超えないようにし、かつ追加の買い付け価格は提示するTOB価格の1000円を超えないようにする、としている。

上記のリリース内容やこれまでの経緯からして、YFOが強引に会社を“乗っ取る”ような行動に出ることは考えにくい。

当面の焦点はやはり、6月27日に予定されている定時株主総会だ。

東洋建設が提案する新役員案について、YFO関係者は次のように明かす。「大林氏や平田氏といった、土木と建築という事業柱のバックグラウンドがある方については、(YFO側は)反対しないだろう。ただ、スキルセットを考慮したうえで、一部の役員候補については反対するかもしれない」。

この関係者のいうスキルセットとは、YFOが株主提案する役員候補との経営上のバランスのことだ。YFOは常勤取締役候補として、元三菱商事の代表取締役である吉田真也氏、元フジタの建築本部理事の登坂章氏、そして社外取締役候補として弁護士で日本ガバナンス研究学会理事の山口利昭氏などを提案する。

役員が混在する「連邦」体制になる可能性

YFOとしては、提案する新役員候補の9人全員が東洋建設の経営に参画することが前提だが、そのうち数名が選任されることも考えられる。つまり、結果としては、今後の東洋建設の経営は、東洋建設側が提案する役員とYFO側が提案する役員が混在する「連邦」体制になる可能性はある。

YFO側の株式保有比率は合計で27%超。一方、前田建設(20%超保有)と、ほかの親密な政策保有先が東洋建設を支持するとみられる。海外投資家がどう動くのかが、定時株主総会の行方を決定づける。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)