セルビア鉄道の車両(2015年筆者撮影)

「西欧の鉄道」と言われると、華やかな高速列車やロマンチックな寝台列車がヨーロッパ大陸を駆け巡る姿を思い浮かべるだろう。一方、「東欧の鉄道」と言われるとピンと来ないかもしれない。しかし、東欧の鉄道もコロナ禍に大きく変わろうとし、日本の鉄道では見られない国際関係が絡む。ここでは旧ユーゴスラビアのセルビアの鉄道を取り上げたい。

バルカン半島の最大都市

セルビアはバルカン半島の中央に位置する内陸国である。北海道と同じ面積に約700万人が住む。首都はベオグラードだ。ひょっとすると、日本では国名よりも首都のほうが知られているかもしれない。ベオグラードは1992年まで存在した旧ユーゴスラビアの首都であった。現在は知名度が下がったものの、バルカン半島の最大都市として君臨している。

セルビアに居住する最大民族はスラヴ系南スラヴ人のセルビア人だ。国内には2つの自治州が存在するが、このうちアルバニア系住民が多数を占めるコソボ自治州は2008年に「コソボ共和国」として一方的に独立した。日本は国家承認しているが、セルビアは国家承認をしていない。

セルビアの外交方針はEU(欧州連合)の加盟を最優先にしているが、コソボ問題もあり、まだ加盟の実現にはいたっていない。また、中国との関係がよく、歴史的背景からロシアとの交流も続いていることも同国の特徴だ。

そんなセルビアには全国ネットワークのセルビア鉄道が存在する。営業キロは約4000km、隣接するハンガリー・クロアチア・モンテネグロ・北マケドニア・ブルガリアからの国際列車が存在する。

筆者は2015年にハンガリー・ブダペストからIC「イヴォ・アンドリッチ」に乗車し、ベオグラードを目指したことがある。

セルビアの鉄道の第一印象はとにかく遅いことだった。なまじっか平原が続き、停車駅が少ない分、時速40kmほどのノロノロ運転はせっかちな人には耐えられないだろう。

当時の時刻表を見ると、第二都市ノヴィ・サドーベオグラード間(約80km)に約1時間30分も要していた。さらに筆者が乗車した際は10分以上の遅延が発生していた。実は旧ユーゴ時代の1981年の時刻表と比較すると約20分も遅く、セルビアの鉄道は進化どころか「退化」していたのだ。

また筆者が降り立った旧ベオグラード中央駅は19世紀末に開設された伝統あるターミナル駅だった。


閉鎖された旧ベオグラード中央駅(筆者撮影)

「伝統あるターミナル駅」といえば聞こえはいいが、実際のところ駅構内は薄暗く、社会主義時代を想起させるものだった。旧ベオグラード中央駅は2018年6月に閉鎖。現在は2016年に開業した新ベオグラード中央駅に移行した。

長年にわたるセルビア鉄道の退化の主な要因は1990年代のユーゴ紛争である。セルビアは1999年にNATOの空爆に遭い、多くの鉄道施設が破壊された。これを契機に鉄道の進化がストップしたのである。

中国の支援を受け、鉄道近代化に着手

2010年代に入り、セルビア鉄道は中国からのサポートを得て、本格的な鉄道近代化に着手した。最初に近代化路線に指定されたのが首都ベオグラードとハンガリーのブダペストを結ぶ路線である。中国にとってベオグラードーブダペスト線は本国と欧州を結ぶ最重要路線のひとつだ。

2022年3月、ベオグラード―ノヴィ・サド間の近代化工事が完了した。同区間には「はやぶさ」を意味するスイス・シュタッドラー社製の新型車両「ソコ」を投入した。営業最高時速200kmを誇る。白地の塗装も相まってセルビアの鉄道車両のイメージを一新した。

「ソコ」導入後、ベオグラード―ノヴィ・サド間の所要時間は36分に。2015年と比較すると、約1時間の短縮となった。列車本数は1日上下各15本、約1時間間隔で運行されている。

一連の鉄道近代化はインパクトが大きく、今年3月にはノヴィ・サド駅にて在セルビア中国大使を招待し、鉄道近代化1周年の式典を開催した。現在は2025年の全面完了を目指し、残りの区間の鉄道近代化工事に邁進している。

このようにセルビアはほかのヨーロッパ諸国と比較すると中国からの支援が目立つ。一方、加盟を目指すEUからの支援も受けている。2月には欧州委員会、欧州投資銀行、欧州復興開発銀行とセルビア政府は共同でオーストリアからバルカン半島を経てギリシャに至る「鉄道回廊10号線」の近代化に向けた20億ユーロの財政パッケージの創設を発表した。外交政策でもセルビアは中国、EUと友好関係を維持している。なかなか、したたかな国と言えそうだ。

次は南に注目してみよう。先ほどの1981年時刻表を見ると、南部の主要都市ニシュを通るルートの他にコソボ自治州を通るルートも主要幹線として描かれている。実際、ドイツ・ミュンヘンとギリシャ・アテネを結ぶ国際列車「アクロポリス」はコソボ自治州経由であった。

しかし、現在は優等列車どころか、セルビア本国とコソボを結ぶ直通列車は存在しない。先述したように、コソボが独立したものの、セルビアが国家承認していないからだ。コソボの鉄道は国際安全保障部隊の運営を経て2005年からコソボ鉄道が運営する。

セルビアとコソボは対立関係にあるが、両国とも2021年9月にベオグラードで開催された「第1回西バルカン鉄道サミット」に参加した。このサミットにはセルビア、コソボの他にアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、北マケドニアの各国の交通大臣が出席した。サミットではバルカン諸国とEU間を結ぶ直通列車の再整備、国境通過をスムーズに実施するためのデジタル技術の促進などが決められた。また資金面についてはEU、欧州復興開発銀行、欧州投資銀行が西バルカン諸国の鉄道近代化に協力することを発表している。

コソボ鉄道は欧州復興開発銀行やEUの支援を受け、2022年にフシェ・コソヴァ―ミトロヴィツァ間にて近代化工事を開始した。この区間は先述したセルビア―コソボ―北マケドニア間の主要ルートであり、近代化工事により最高時速100kmを目指す。日本人の目から見ると「最高時速100km」は遅く感じるかもしれない。しかし、コソボ鉄道もセルビア鉄道と同じく状態が悪く、時速30〜70kmに抑えられている。まずは近代化工事によりスタンダードを目指すという感じだ。

どんどん進むセルビア鉄道の近代化

最後に残りのセルビア鉄道の近代化工事計画を紹介したい。現在、中国やEUなどの援助を受け、ベオグラード―ニシュ間においても近代化工事が進められている。この区間もベオグラード―ブダペスト間と同様に、アジアとヨーロッパを結ぶ重要な路線である。完成後の最高時速は時速200キロとなる。同区間の所要時間は現行の4時間40分から1時間20分に短縮される。また、これとは別に約200kmの鉄道路線の近代化も行われる。


このようにセルビアの鉄道は周辺諸国と足並みをそろえる形で、国際列車が通過する幹線を中心に近代化が進められている。完成の暁には旧ユーゴ時代のように、EU諸国から多数の国際列車が乗り入れることだろう。

本記事では触れなかったが、セルビアには風光明媚な狭軌路線を小型蒸気機関車が走る観光列車「シャルガンエイト鉄道」もある。ぜひ周辺諸国と合わせてセルビアの鉄道旅行を楽しんでほしい。

(新田 浩之 : フリーライター)