【安田記念】美しすぎる漆黒のナイフ ソングラインが史上3頭目の連覇
2023安田記念をソングラインが連覇 写真:日刊スポーツ/アフロ
「なんて、美しいんだ......」安田記念のパドックで見たソングラインの姿に思わずこうつぶやいてしまった。
思えば前走のヴィクトリアマイルのパドックも彼女は1頭だけ光り輝いていた。
数字の上では自己最高体重となる488キロだったが、調教後の馬体重からはマイナス19キロというシェイプアップを果たし、青鹿毛の馬体はまるでナイフのような鋭さを放ち、雨の府中で光を放ち、そしてレースになっても先に抜け出したソダシを内から差して勝利した。
あれから中2週。ソングラインが再び東京競馬場に帰ってきた。
レース3日前に発表された調教後の馬体重は501キロ。ヴィクトリアマイルの激戦を終えてからも順調に乗り込んでいたとはいえ、馬体は13キロも増えた。
安田記念当日は多少絞れるだろうが、それにしてもちょっと重いのでは?と感じる人もいただろう。
そもそもソングラインは3歳秋以降、連続して好走したことがない。勝ったと思えば大敗し、昨年の安田記念を制した後はアクシデント続きだったとはいえ、2戦連続で大敗するなど本来の実力を出せなかった。
そんな馬がヴィクトリアマイルであれだけの走りをした。となるとたったの中2週で臨む安田記念は少々厳しいのでは?という見方が多数を占めた。
昨年このレースを制し、ヴィクトリアマイルではソダシを下したにもかかわらず、単勝オッズは7.4倍の4番人気。昨年ここで負かしたシュネルマイスター、そして前走で破ったソダシよりも下の人気にとどまったのだ。
だが、安田記念のパドックでソングラインはヴィクトリアマイル以上の輝きを放った。馬体は480キロと調教後の馬体重から21キロも絞り、前走と比較してもマイナス8キロ。
もともと鋭い光を放っていたナイフがより切れ味を増したかのように漆黒の馬体をギラギラと輝かせて闊歩していた。
レース史上最多タイ記録となる10頭のGⅠ馬がエントリーした今年の安田記念。当然、どの馬も馬体を仕上げてここに臨んでいるが、その中でもソングラインはまさに別格と言っていいほどだった。
その輝きはレースに入ってから、より美しさを増した。
ウインカーネリアンが外枠から先頭を奪うと、内のジャックドール、ソダシがそれに続くという形で前に行きたい馬たちがそれぞれ自分の位置を取りに行った結果、前半の3ハロンは過去5年でも最速タイとなる34秒2。1000m通過タイムは57秒6というかなり速い時計になった。
これだけ早くなるとさすがに後ろから動いた方が有利に思われるが、ソングラインの位置は10番手前後というちょうど中団。
ヴィクトリアマイルの時よりもやや後ろだが、昨年の安田記念はほぼ同じ位置という絶好のポジション。不利に思われた大外枠からの発走すら馬群に揉まれずに済むという具合に強みに変えて虎視眈々と脚を溜めていた。
そして、その末脚は直線に入って爆発する。
逃げたウインカーネリアンが残り400mの標識を通過したあたりで失速し、先頭に立ったのはジャックドール。
大阪杯を逃げ切ったばかりの彼は初のマイル戦とは思えないほどスムーズなレース運びを見せて先頭に立って、大阪杯同様に後続から迫る馬たちを振り切ろうと持ち前の粘りを見せて、踏ん張った。
ジャックドールに迫っていったのが、ソダシと内から抜け出してきたセリフォス。
早めに先頭に立って後続馬の追撃を受けて立つという王道のレース運びはソダシの勝ちパターンではあるが、自身初となる中2週の影響か、いつものような伸びがない。むしろダミアン・レーンに導かれたセリフォスが一完歩ずつジャックドールに迫り、先頭に並びかけていく。
このままセリフォスが昨年のマイルCSと併せ、マイルGI秋春制覇を果たすかと思われた瞬間、やってきたのがソングラインだった。
内を突いたヴィクトリアマイルとは異なり、ソングラインと鞍上の戸崎圭太が選んだ進路は大外。
良馬場発表とはいえ、土曜日の午前中まで大雨が降っていた東京競馬場の馬場は決してベストコンディションとは言い難いだけに外を回った方がスピードは出る。そう考えたからこそ距離ロスに目をつぶってでも外に出し、ソングラインの末脚に賭けたのだ。
400mを過ぎたころ、戸崎の鞭が入るとソングラインは素晴らしい伸びを見せた。まるで紙をナイフで切るかのような切れ味で前を行く馬を1頭、また1頭と交わしていき、残り200mを過ぎるころには前で踏ん張っていたソダシを交わした。
ソダシを捕まえた直後、ソングラインの標的は内で競り合うジャックドールとセリフォスに変わった。だが、牡馬同士の争いを尻目に外からスッと差して残り50mの時点では1頭抜け出す形に。
ゴール直前、後ろでじっくりと脚を溜めていたシュネルマイスターが昨年同様に追い込んできてソングラインに迫ったが、それでもソングラインの脚が勝りそのままゴール。ヤマニンゼファー、ウオッカに続き史上3頭目となる安田記念連覇を果たす勝利を収めた。
3歳時には届かなかったソダシ、シュネルマイスターをはじめとしたGⅠ馬9頭を蹴散らして東京のマイルGⅠで3勝を挙げたソングライン。極上の切れ味を備えた漆黒の馬体は曇り空の府中のターフで眩しいばかりの光を放ってみせた。
レース後、戸崎はインタビューでこう答えた。
「しっかりと伸びるところがソングラインの武器。自身はありました」
名手が認めた極上の末脚で牡馬をも斬ったソングライン。偉大なるマイルの女王は今後、どんな道を歩むのだろうか。
■文/福嶌弘