陸上日本選手権に出場した田中佑美【写真:奥井隆史】

写真拡大

陸上・日本選手権

 8月のブダペスト世界陸上などの代表選考会を兼ねた陸上・トラック&フィールド種目の日本選手権第3日が3日、大阪・ヤンマースタジアム長居で行われた。女子100メートル障害決勝では、24歳の田中佑美(富士通)が12秒96(向かい風1.2メートル)で3位。陸上界が盛り上がった史上最もハイレベルの争いで実力を出し、世陸行きに前進した。躍進の裏ではメンタルコントロールの上手さが光っていた。

 重たい緊張感が隅々まで広がった会場。スタートブロックにつく直前、田中はわずかに微笑んでいた。

「音が鳴ったら出る。その後もなるようになる。最後まで落ち着いて走る」

 3つだけ自分と約束した。のびやかにスタートを切り、前半5台を越えて元日本記録保持者・寺田明日香、前保持者・青木益未と横並び。「前半はほとんど記憶がない状態」。後半に入り、並んでいることに気づいた。「落ち着け、落ち着け。ここで落ち着くために練習してきたんやろ」。現保持者で昨年女王の福部真子も追ってくる。フィニッシュラインへ、最後は一斉に飛び込んだ。

「お願い、お願い」

 正式結果を待つ間、ひたすらつぶやいた。寺田、青木に0秒01差の3位。4位の福部までが12秒台だった。長らく13秒00の壁が破れなかった女子100メートル障害。近年は一気に記録が伸び、5位だった清山ちさとを含め、自己ベスト12秒台が5人もそろう史上最もハイレベルな決勝だった。

 決勝8人で最年少24歳の田中。世界ランクでの代表入りに前進し、息を切らしながらレースを振り返った。

「まだ私は年下なので、その分背負っているものが少ないというか、まだ気楽でいられるポジションだと思い直して挑みました。この熾烈な争いの中、しっかり3位以内に入るのが絶対条件。そこを達成できたのは今後の厳しい戦いの中で自信になってくると思います。最後まで落ち着いて走るのがこの混戦で戦える要素。そこが強みだと思っています。ブダペストに行けるのかなと思っていますが、感情が追いついてくるのが遅いタイプなのでまだ実感は湧いてないです(笑)」

 関大一高時代にインターハイを連覇すると、立命大では関西インカレ4連覇、2019年に日本インカレ優勝。21年に名門・富士通に入社し、心も独り立ちするため、関東の筑波大を拠点に移した。世界陸上出場へポイントを稼ぐため、今年1、2月に欧州、オーストラリアに遠征。海外レースを重ね、逞しさを増し、今季は飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進した。

先輩たちと称え合った健闘、次なる大舞台へ「ひょうひょうと生き抜きたい」

 4月の織田記念国際は日本人4人目の12秒台となる12秒97で優勝。5月も木南記念で12秒91(2位)、セイコーゴールデングランプリ(GGP)で12秒89(2位)と立て続けに自己ベストを塗り替えた。右膝痛を抱えた時は思い切って休養。「計画を組んで、それをこなしたことが精神的な安定にも繋がる」。メンタルコントロールの上手さも光る。スタート直前の微笑みもそれだ。

「スタート前は力んでしまうので、ルーティン的なものとして、楽しもうと思いながら微笑むようにしています。競技結果は考えないように。スタートだけにフォーカスして、(ピストル音が)聞こえたら出るだけ。自分の仕事、タスクを減らして、減らして、負担を減らして出場しました。

 メンタルコントロールはやっぱり重要。思わずレースを具体的に想像してしまうと、全身が心臓みたいに『バンバン、バンバン』って鳴って寝れなくなりそうなので、あえて違うことを考えたり、自分の感情をコントロールして、ただ3本(予選、準決勝、決勝)を走れるように。かなり意図的にやっていました」

 レース直後は先輩たちと健闘を称え合った。「30代中盤まで最前線でいてくださる。清山さんもその年代でベストを出されているので励みになります。お姉様方もまだまだ元気ですし、年下も伸びてきている子たちがいる。これからも続々強くなっていくと思います」。近年の女子100メートル障害の盛り上がりを支える一人。代表入りできれば、次の舞台は世界だ。

「やっぱり日本選手権は特別な舞台。みんなが目指してきている舞台、世界が決まる舞台であの勝負をしてミスしなかったのはいい経験になったと思います。世界陸上では今以上にハイレベルな戦いが予想される。やることは変わらず、どこに誰がいようが自分のレースをすることが大事だと思っています。

 私は今シーズン急激に記録が上がってきた。(世界陸上は)もちろん目標にはしていたけど、正直具体的な想像がつくほど近いわけではなかったです。今も具体的な話はできないですが、実際に世界選手権を戦われた方々とこうやって国内で戦えているので、それを自信にして、やることは変わらないと思って挑めるように頑張りたい。何も背負い込まず自分のタスクをできるだけ減らして、ひょうひょうと生き抜きたいですね」

 激戦を駆け抜けた経験は成長の糧。自信を胸に次の壁も越えていく。

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)