6月3日、横浜。J1サガン鳥栖は、敵地で横浜FCを1−2と下している。リーグ戦の直近5試合は3勝2分け。負け知らずで、じわじわと順位も上げてきた。

「選手が自信を持ってプレーをできるようになっていますね」

 試合後、GK朴一圭は明るい声で語っている。ボールプレーを重んじる鳥栖の戦術の軸で(1試合平均プレー数はJリーグのGKのなかでは突出してトップ)、この日も適切な指示も含めてバックラインを操っていた。セーブ率もJ1トップで、唯一、替えのきかない存在だ。

「たとえば、センターバックのふたりは、つなぎのところが(開幕から)やっていくなかでよくなってきています。それに、(昨シーズンまで絶対的レギュラーだったファン・ソッコがケガから復帰したことで)競争力も上がっていて、誰が出てもレベルの高いプレーが見せられつつあります。自分も今日のような試合でも、もっとつなげるところはあったし、高い意識で挑んでいけるようにしたい」

 朴だけではない。他の選手の著しい台頭も見られる。湧き上がる「熱」の正体とは――。


横浜FC戦で2ゴールを決めた長沼洋一(サガン鳥栖)

 横浜FC戦、後半10分の先制点は、「鳥栖らしさ」が横溢していた。

 左サイドを奥深く崩してマイナスのクロスを折り返すが、跳ね返される。セカンドボールを回収してアーリークロス。これもクリアされるが、こぼれ球を拾うと果敢に縦パスを差し込み、突き返されても再び拾って、間髪入れずに手塚康平が左足クロスをファーへ。センターバックの背後を取った長沼洋一がヘディングで合わせ、ゴールに流し込んだ。

 まるでショットガンをぶっ放しながら、バリケードを粉々に打ち砕くような激しい攻撃だった。これは号令だけでは実現できない。

 鳥栖の川井健太監督は就任2年目になるが、「仕組み」を整えてきた。なぜ、そこにいて、原則としてその動きをしなければならないのか。仮説を立て、実証する論理的なアプローチで再現性を高めてきた。一方、その意識を植え込むプロセスで、「余白」も重視。選手がどこまで主体的に動いて、監督のリクエストをも越えられるか。そこに向かう勇敢さを鍛え上げてきた。

【サンフレッチェ広島から再発掘】

 長沼のゴールまでの流れは、その成果だった。

「(長沼は)入らないといけないゾーンに入り続けられるようになってきましたし、そのために走り続けられるようになって、変わってきました」

 川井監督は長沼の得点をそう振り返っているが、そのよさを最大限に引き出したと言えるだろう。

 長沼は、川井監督の秘蔵っ子と言える。J2愛媛時代はその指導で才覚を伸ばしたが、J1サンフレッチェ広島では鳴かず飛ばず。昨シーズン途中に川井監督に再発掘された。監督には「自分と一番つき合いは長いし、大枠は自分の考えを理解している」と信頼を寄せられている。右ウィングバックが定位置だったが、サイドバック、サイドアタッカー、トップの一角などポジションの幅も広げ、今や"隠れたストライカー"で、ユース年代にFWだった感覚をプロの経験で化学反応させている。

「見た目よりも体が強く、左右で鞭がしなるような足の振りでシュートを打て、ヘディングのジャンプも当て勘が鋭い」と、チームメイトたちも絶賛する。

 もっとも、川井監督はひとりに役割を限定せず、全員の力を引き出そうとしている。トータルフットボールの理論だ。

「極論すれば、(クロスには)GKも含めて10人が突っ込める。つまり、10回シュートチャンスがあるってことです。ゴールを横切るクロスには、最後の最後まで選択肢があるんですよ」
 
 川井監督が言うロジックのなかで、誰が覚醒するのか。

 決勝点になった2点目。ボールを巡った攻防を繰り返すなか、敵陣でこぼれた球への「リアクション」で、誰よりも素早く反応したのは堀米勇輝だった。

 堀米は、左サイドから中央へ一気にドリブルで持ち上がる。シュートを狙いながら、右を走った長沼へのパスを天秤に懸けつつ、どちらのコースも一瞬で消えた時、プレーキャンセル。左後ろから駆け上がった河田篤秀を感じ、ほぼ本能的に左足パス。意外性のある選択だったからこそ、鮮やかに敵ラインを崩した。そして左からのクロスにフリーで駆け込んだ長沼がゴールに押し込んだ。

【ダメなのは回線をつなげられない指導者たち】

 堀米も一昨シーズンまでJ2モンテディオ山形に所属し、コーチだった川井監督と"師弟関係"を結んでいる。アイデアが豊富で、天才的な左足の技術も持つが、体の小ささやスピードのなさなど否定的側面が見られがちで、不遇を囲っていた。しかし、この日は勝利を決定づける破格のプレーだった。この水準を出せるアタッカーは、J1でも数えられるほどだ。

 昨年のインタビューで、川井監督に訊いたことがある。

――J1、あるいはJ2でも定位置を掴んでない選手で、何を変えたのでしょう?

「いいところをリスペクトし、出してもらうことですが、順番は大事にしますね。まず、このチームでやることを決めた選手を認める。そのあとに特徴や武器を出してもらうんですが、足りないところを補うというよりも、そこを伸ばすのが自分たち指導者の腕の見せどころ。『ダメ』ではなくて、特徴のひとつと捉えて、スタッフには、『できないことは頭の回線がつながっていないだけで、そこがつながると勝手に電流が届く』と言っています。ダメではなくて、ダメなのは回線をつなげられない自分たちの責任です」

 回線はつながりつつある。朴、河原創、小野裕二という縦のラインは堅固になってきたし、あちこちで選手が躍動し始めている。失点シーンは判断の甘さが出たし、改善すべきだが、チーム内には湧き起こる熱がある。代表戦中断明けにはFW富樫敬真が復帰予定で、ケガ人がフィットすることで、「最大の戦力補強」も見込めるだろう。

 鳥栖に熱風が吹き始めた。