コースの中にパスタが5皿も! ナポリの星付き店で研鑽を積んだ若きシェフによる、パスタが主役のイタリアン

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話題の新店が次々と誕生している美食タウン・新富町に、注目の店「PRIMO PASSO」が新たに登場。パスタを愛するシェフによる、パスタが主役のコースの魅力を、フードライターの森脇慶子がレポート。

美食の街・新富町に誕生した、パスタを楽しむためのイタリアン「PRIMO PASSO」

「京味」出身の和食店「味幸」や活け蟹と寿司のハイブリッドで話題の「新富 きた福」など。おいしい新店のオープン相次ぐ美食エリア“新富町”。食べ慣れた大人達が人知れず通う店も多い、今、注目の街だ。その一角、ビルの狭間にひっそりとした店構えをみせるのが「PRIMO PASSO」。今年5月1日にオープンしたばかりのリストランテだ。

目立った看板もなく、目印といえば店名を記した小さな指標があるのみ。だが、地下に下りれば、思いのほか間取りは広く個室も用意。フルオープンのキッチンを間近に臨むメインダイニングのカウンター席もゆったりとして、落ち着いて食事ができる設えになっている。キッチンの床が少しだけ高くつくられてあり、カウンター席からは見上げる形となる劇場型。自然木と土壁で構成された空間は、どこかしっとりとした和の趣を漂わせている。

厨房で一人腕を振るうのは、若き俊英、藤岡智之シェフ30歳。石川県は金沢の寿司屋の息子として生まれたものの、子供の頃からのパスタ好きが高じ、寿司職人ではなくイタリアンへの道を選択。辻調理師専門学校に進み、卒業後は「リストランテASO」に入社。同店が思いのほかフレンチ寄りのイタリアンだった反動からか郷土料理に興味を持ち、オープン早々のシチリア料理店「シチリア屋」の門戸を叩く。その後「ピッツェリア恭子」を経て、25歳で渡伊。イタリア全土を見て回るつもりが、気がつけば、最初に訪ねたカンパニア州・ナポリだけで約4年間、修業の日々を過ごすこととなった。

藤岡智之シェフ

「南の料理が好きだったんですね。オリーブオイルとトマトを多用する軽やかさが、性に合っていたんだと思います」。そう微笑みながら語る藤岡シェフ。ナポリでは、語学学校に通いながら魚介が人気の料理店「Mimi alla ferrovia」で働いた後、それぞれミシュランの星を持つ「Oasis Sapori Antichi」「Quattro Passi」等で研鑽を積む。しかも、両店ともパスタ場を担当していたそうだから、藤岡シェフのパスタに対する思い入れの深さがうかがいしれよう。

「イタリアに行って、今更ながらにパスタのバラエティの豊かさに驚かされました。ショート、詰め物、ロング、そして手打ちに乾麺と、麺だけでも多彩なのに、ソースや具材との組み合わせを考えれば、それこそ無限大。その多様性が、なんといってもパスタの魅力ですね」。その感動を、どうにかコース仕立てにして、日本で再現したい--。藤岡シェフのそんな願いから生まれたのが、同店のパスタを主役としたコースだ。

ある日のメニューはこうだ。

リコッタ スカモルツァ パルミジャーノ 生ハムカッペリーニ 甘エビアスパラガス 空豆 グリーンピース 八朔太刀魚 パプリカスパゲッティ トマト スパゲットーニ アオリイカ アーモンドななつぼし 蛍烏賊サラダ十勝ハーブ牛 葉山葵 加賀蓮根カプチーノピスタチオ 木次牛乳 越後姫

上記コース(16,500円)の中にはパスタ系の皿が5品もラインアップされている。メニュー名の“ななつぼし”は、ご想像通りお米の銘柄で、北海道産ななつぼしを使ったリゾットのこと。その時々の旬の食材を具材に用い、月々で違った味わいを楽しませてくれる。

また、コース終盤に登場するカプチーノは、食後のコーヒーと思いきや実はパスタ。全卵で打ち込んだ手打ちのタリオリーニが牛乳の泡の下に隠れている(こちらは、各人のお腹具合に合わせ、大盛り、小盛りと量を調節してくれる)。

冷製のカッペリーニ

ハマグリと水出しの昆布だしで下味をつけた歯切れ良い“冷製のカッペリーニ“、太麺パスタのもっちりした食感にアーモンドのナッティなコクと香りがバランスよく拮抗する“スパゲットーニ アオリイカ アーモンド”など意匠に富んだパスタが、少しずついろいろ舌を魅了する中、白眉は、やはり、最もシンプルな“トマトのスパゲッティ”だろう。

スパゲットーニ アオリイカ アーモンド

“パスタはトマトソースに始まりトマトソースに終わる”というのは、持論だが、毎日食べても飽きないパスタは何か?と聞かれたら、迷わず“トマトのスパゲッティ”と答えるパスタラバーは多いのではないだろうか。加えて、同じトマトソースのパスタでも、各人各様、シェフによって少しずつ味わいが異なるのも、心惹かれる理由の一つかもしれない。

さて、その藤岡流トマトのスパゲッティだが、まず、見た目の色からして少し様相が異なっている。赤みがかった橙色とでも言えばいいだろうか、よくある真っ赤なトマトソースではないのだ。バジルの葉をあしらっているものの、具材は一切なし。パスタとソースのおいしさをストレートに味わってほしいという藤岡シェフの熱いメッセージが伝わってくるようだ。

スパゲッティ トマト

まず、このソースが美味。口にすれば、舌に広がるトマトソースのフレッシュな風味に思わず笑みがこぼれる。表裏一体となって口中全体を覆う、その甘みと酸味の均衡が絶妙。藤岡シェフによれば、甘みの強い黄色いトマトと赤いトマトの2種類を合わせて使っているそうで、ナポリで働いていた店では、このスタイルのトマトソースが定番だったとか。

曰く「甘みと酸味のバランスが程よくて。日本に帰ったらこのトマトソースのパスタを出したいと思っていたんです」。ところが、日本の黄色いトマトを試してみたところ、イタリアのような甘みがない。諦めかけたところで出合ったのが、三重県「ポモナファーム」の黄色いトマトだった。

「水や土ではなく湿度で育てる特許技術の膜式栽培農法で育てたトマトは、栄養含有量も通常の倍近くあり、甘みも濃厚でおいしいんです」と藤岡シェフ。そのトマトの風味を損なわぬよう、水は一切加えず、トマトとバジル、オリーブオイルのみで仕込み、作り置きはせず、毎日、作りたてのフレッシュなおいしさを提供している。

十勝ハーブ牛 葉山葵 加賀蓮根

メインの炭火焼きのステーキにはサーロインを選択。「ずっとパスタが続くので、最後はちょっとインパクトのある味にしたくてサーロインにしました。贅沢感もあるでしょう。でも、重くならないようサーロインでもサシの多すぎず、赤身の旨味の強い十勝ハーブ牛にしました」と藤岡シェフ。十勝ハーブ牛とは、黒毛和種とホルスタインとの交雑牛で、長期飼育(約32カ月)によるコクと強い旨味が持ち味。ハーブを与えて健康的に育った牛は、脂に頼らぬ肉本来の味わいが持ち味だ。

一方、意表をつかれるのは付け合わせの蓮根饅頭だ。藤岡シェフの故郷・石川県の地野菜の一つ加賀蓮根を使った一品で、そこには「できる限り日本の旬の食材を用いていきたい」との思いが込められている。日本だからこそできる、日本の風土に根差したイタリアン。それが、藤岡シェフの目指すところであり、流儀でもある。

※価格は税込、サービス料別


<店舗情報>
◆PRIMO PASSO

撮影:大谷次郎

取材:森脇慶子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部