▲作家の島田明宏さん

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【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】

 節目の競馬の祭典、第90回日本ダービーを制したのは、ダミアン・レーン騎手が手綱をとった4番人気のタスティエーラ(父サトノクラウン、美浦・堀宣行厩舎)だった。レーン騎手は4度目の参戦でダービー初勝利。テン乗りの騎手がダービーを勝ったのは69年ぶり4度目、堀厩舎にとっては2015年ドゥラメンテ以来8年ぶり2度目のダービー制覇となった。

 圧倒的1番人気に支持された皐月賞馬ソールオリエンスは首差の2着。そこから鼻差の3着はハーツコンチェルト、さらに鼻差の4着はベラジオオペラ。これら上位4頭が同タイムという大接戦だった。

 なお、スタート直後にドゥラエレーデの坂井瑠星騎手が落馬して競走を中止。また、ゴール後、最下位で入線したスキルヴィングが急性心不全のため死亡するという残念な出来事があった。

 ゲートが開いて、各馬が1完歩目を踏み出したとき、17番枠から出たドゥラエレーデが鼻先を地面に付けるように前のめりになった。坂井騎手は投げ出されるように落馬。スタンドから悲鳴が上がった。

 どの馬が競走から離脱しても影響はあるものだが、ドゥラエレーデはある程度前に行って、なおかつ、それなりに後ろからマークされると思われていた。それだけに、展開に与えた影響は大きかった。

 16番のパクスオトマニカがじわっと前に出てハナに立ち、1、2コーナーを回りながら単騎逃げの形に持ち込んだ。

 タスティエーラは好位の4、5番手。レーン騎手が出して行ったというより、馬の前進気勢が強かったので、無理に抑えずに走らせた結果、好位置を取ることができた、という感じだった。

 その1馬身から1馬身半ほど後ろに横山武史騎手のソールオリエンスがいた。出たなりの競馬をした結果のポジションというのはタスティエーラと同じだったが、こちらのほうがより行きたがる素振りを見せ、横山武史騎手が重心を後ろにかけて手綱を引きながらの道中となった。

 ほかの有力馬はというと、向正面入口で、武豊騎手が乗る3番人気のファントムシーフは先頭から10馬身ほど、ソールオリエンスからは4馬身ほど遅れた中団の後ろ、クリストフ・ルメール騎手が騎乗する2番人気のスキルヴィングはさらに1馬身ほど後ろに控えている。

 1000m通過は1分0秒4。数字だけ見ると平均ペースだが、パンパンの良馬場のGIにしては遅い。しかも、これは、2番手を4馬身ほど、3番手を6馬身ほど離して逃げているパクスオトマニカのラップなので、後続集団は超スローの流れのなかにいたわけだ。

 そこから1ハロン12秒4、12秒8、12秒4と、3コーナー出口付近までパクスオトマニカがマイペースで走っていたのだが、2番手との差は詰まらなかった。2番手のホウオウビスケッツの丸田恭介騎手も、3番手のシーズンリッチの戸崎圭太騎手も、このままで好勝負になると踏んでいたからだろう。それは、前がクリアになった状態の4番手で直線に向いたタスティエーラのレーン騎手にとっても同じだった。レーン騎手はこう振り返った。

「いいスタートでいいポジション。ラスト800mぐらいのところで、ベストのパフォーマンスが出せると思いました。理想のイメージどおりに競馬ができた。珍しいことです」

 逆に、前も外も他馬に塞がれていたソールオリエンスの横山武史騎手だけは、スローで、スペースのないなかでのヨーイドンの展開になってしまったことを苦々しく思いながら乗っていたに違いない。

 横山武史騎手が「思ったよりスローになり、勝ち馬に有利になった」とコメントしているように、タスティエーラの勝因が、そのままソールオリエンスの敗因になった。

 タスティエーラはラスト400m付近でもまだスパートせず、レーン騎手は追い出しのタイミングをはかっていた。ゴーサインを出したのはラスト300mを切ってからだった。

 ソールオリエンスの横山武史騎手としては、もっと早く動き出したかっただろうが、前にはシーズンリッチとタスティエーラがいたため、目一杯追えるようになったのは、ラスト300m地点からだった。ハイペースで前が止まる流れであれば、ここからでも突き抜けることができただろうが、他馬も余力を残しており、みながそれなりに脚を使ったため、ジリジリとしか差は詰まらなかった。

 ラスト200m地点で、ソールオリエンスはタスティエーラに2馬身ほど置かれていた。ラスト100m地点で1馬身半ほどに縮め、そこからの15、6完歩で首差まで詰め寄ったところがゴールだった。

 タスティエーラは皐月賞2着の雪辱を果たしてGI初勝利。キャリアは僅かに5戦目。3勝、2着1回、4着1回と、高いところで安定したパフォーマンスを発揮しつづけているのだから素晴らしい。

 自身の管理したサトノクラウンの産駒で管理馬によるダービー2勝目をマークした堀調教師は、2週間前の5月13日から、自厩舎の出走馬すべての鞍上にレーン騎手を起用していた。ダービーのためだけではなかっただろうが、プラスに作用したことは間違いない。

 キャリア4戦目で、武器の切れ味を削がれる流れのなかで2着に来たソールオリエンスは、やはり強い。陣営が口を揃えるように、まだまだ成長途上なので、今後、さらに素晴らしい走りを見せてくれるだろう。

 スキルヴィングは、離れた最下位で入線し、1コーナー手前でルメール騎手が下馬した直後に倒れ、やがて動かなくなった。レース中に急性心不全を発症し、死亡したとJRAから発表された。私は5階から見ていたので詳細はわからないが、おそらく、目隠しのシートに囲われて馬運車に乗せられたときには亡くなっていたと思われる。木村哲也調教師がコメントしていたように、苦しむ時間は長くなかったはずだ。

 現役の競走馬がレース直後に心不全で死亡した例としては、2001年アルゼンチン共和国杯のダイワカーリアン、2014年にオーストラリアに遠征していたアドマイヤラクティ、2019年京阪杯のファンタジストなどがいる。

 少し前のデータだが、2000年から2009年までの10年間で、レース中に心不全を発症した馬は、年平均4.9頭、調教中は6.5頭とのこと。その資料には「心不全は心臓が機能不全に陥り、心筋の収縮力が減退ないし消失し、全身性の血液循環障害を伴って心臓に還流する血液が完全に心室内から拍出できないために起こります」とある。私が知る限りでは、発症してから動けなくなるまでやや時間がかかるので、鞍上は、どんな異状が発生したのかすぐにはわからないようだ。

 最後まで走り切ったスキルヴィングに敬意を表するとともに、冥福を祈りたい。

 そうした事故があったなかでのウイニングランとなったため、後味の悪さを感じる人も多くなったダービーではあったが、命を削ってゴールを目指したことも、勝つためにリスクを負ったことも、スキルヴィングとほかの17頭に何ら違いはない。

 弔意を示すことも、勝者を讃えることも、敗者の復活を祈ることも、もちろん、してはいけないことではないし、また、人に強要すべきことでもない。

 今回は、スタンド前の衆目の集まる場所での出来事だっただけに、衝撃が大きかった。が、同じようなことは、土曜日の午前中のレースでも、調教中でも、放牧先でも起き得るし、そもそも、寿命に達するまで生きられるサラブレッドはごく一部だけ、というのが現実だ。そうした現実を詳らかにしなければならないのか。だとしたら、どのようにすべての競走馬のその後をフォローしていけばいいのか、といった難しい問題はあるが、それについてはまた機会があれば、稿を改めたい。