「ものすごくガッカリしています。言葉ではうまく言い表せないですね」

 モナコGP決勝を終えて、角田裕毅は言った。憮然とした表情にも、戸惑いの表情にも見える。

 レース途中まではマクラーレン勢を寄せつけず、雨が降ってきたところで絶妙のタイヤ交換を済ませて、後方の彼らには16秒差。9位でフィニッシュするのは、もう確実な展開だった。

「レース途中まではクルマのフィーリングはよかったですし、とてもいいペースで走れていてすべてがうまくいっていたので、間違いなくポイント獲得が可能でしたから、この結果というのは簡単には受け入れがたいです」


角田裕毅はモナコの予選で9番手のタイムを叩き出した

 自分ではやれる限りのことをやり、マシンのすべてを引き出して得たポジション。ほぼ確実だったそのポジションが、為す術なく急に指の間からすり抜けていってしまったのだから、言葉で言い表せない感情というのもよくわかる。

 前週のイモラが中止となり、ヨーロッパラウンドの開幕となったこのモナコGPに、アルファタウリは完全新型フロアやサイドポッドなどのアップデートを投入してきた。

 それでもAT04のパフォーマンスは厳しく、金曜から土曜にかけてセットアップを大幅に変えて改善し、Q1から3セットのソフトタイヤを投入するアルファタウリお得意の"捨て身戦法"で、見事に2番手タイムでQ1突破を決めた。逆に言えば、アルファタウリ自身がそれだけ「Q1突破すら厳しい」と思っていたということだ。

 そのなかで3セットを投入してセッション終了間際にアタックすることで、路面の向上を味方につけて2番手タイムを記録。そしてQ2ではブレーキの温まりに問題が出たことに対し、ブレーキを温めるためのビルドラップを挟んでからアタックをするという対処で9番手タイムを記録してQ3進出を果たした。チームの予選戦略もばっちりとハマった、というわけだ。

【タイヤマネージメントも完璧】

 そして、ドライバーの腕がモノを言うこの市街地サーキットで、角田は完璧なアタックを続け、マシンのすべてを出しきった。その結果が、今季2回目のQ3進出だった。

「驚きもありながら、モナコでQ3に進出できたのも初めてですし、予選全体をものすごく楽しむことができました。フリー走行ではかなり苦しんでいただけに、この結果はとてもうれしいですし、チームのみんなもとてもいい仕事をしてくれたと思います。

 Q1で3セット投入したことで自分の自信とクルマへの自信とペースがうまく噛み合いました。そのおかげでQ2ではもう一段、ギアを上げてさらにプッシュすることができました」

 そして決勝はセオリーどおり、ミディアムタイヤでスタートして真っ向勝負。狭く曲がりくねったモナコではコース上での追い抜きがほぼ不可能であるため、ピットストップだけがポジションアップのチャンスになる。逆に言えば、ライバルよりうまくタイヤを保たせることができれば、後方の相手に逆転のチャンスすら与えることはない。

 スタートで9位を守った角田は、前のジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)とほぼ同等のペースで走行。後方のマクラーレン勢にはつけ入る隙を与えず、ミディアムタイヤを長々と保たせた。

 途中でリアタイヤ、そして続いて左フロントタイヤにグレイニング(表面のささくれ)が発生し、グリップが低下して苦しい戦いを強いられる場面もあった。だが、ホイールスピンや高速コーナーでのドライビングをアジャストすることで、10周ほどでこのグレイニングをクリーンアップしてペースを取り戻した。

 毎晩のコースオープンで路面のラバーがリセットされるうえに、土曜の夜に雨が降った今年のモナコでは、グレイニングは誰にでも発生していた。その影響を最小限にとどめてタイヤを50周以上保たせて好ペースを維持したのは、すばらしいタイヤマネージメントだった。

 というのも、50周目すぎに雨が降ってくることが予想され、そのタイミングでピットインをしてしまいたかったからだ。

【なぜ急激にペースが落ちた?】

 雨を待てなかった何台かはピットストップを行ない、角田の後方を走っていたランド・ノリス(マクラーレン)も降水量が少ないと読んで、50周目にハードへ交換。しかしその2周後に雨が降り始め、1周、また1周と雨脚が強まってラップタイムは一気に5秒、14秒、27秒と大きく低下していった。

 2周ステイアウトしたところで、このタイム推移を見たチームからピットインの指示が出され、角田は迷わずインターミディエイト(浅溝)タイヤを選んだ。

 このピットストップのタイミングも、タイヤ選択も見事に「正解」を導き出し、ピットストップを終えたところでマクラーレン勢には16秒もの大差をつけたのだった。

「引っ張っていって、僕の判断でインターミディエイトに交換することを決めました。交換のタイミングはパーフェクトだったと思いますし、チームはすばらしい仕事をしてくれたと思います」


マクラーレンを抑えて前を走る角田裕毅

 アストンマーティンのフェルナンド・アロンソは同じタイミングでミディアムを選択するミスで、マックス・フェルスタッペンを逆転するチャンスを逃した。ハードに履き替えたノリスも、角田の1周後にはたまらずピットインし、インターミディエイトに履きかえた。

 スタートから雨が降り出すまでタイヤを保たせ、雨がひどくなる55周目よりも前にピットインし、ここでインターミディエイトに交換する──。

 これが今回のモナコGPの「席空き」であり、これができたのは全20台のうち6人だけ。そしてミディアムタイヤでここまで引っ張れたのは、優勝したフェルスタッペンとアルファタウリの2台だけだった。

 つまり、角田とアルファタウリは完璧な仕事をやってのけたことになる。その結果が、9位フィニッシュ確実というレース展開だった。

 だが、雨が降りだしたことで角田のブレーキ温度が下がり、熱が入らなくなった。インターミディエイトに交換する前からこの症状が出始め、同僚のニック・デ・フリースよりもペースの低下が顕著に表われていた。そしてインターミディエイトで走り始めて各車がブレーキの制動距離を探りながら走るなか、そのブレーキングでは角田のブレーキには熱が入らず、制動力を失った。

【僕をクラッシュさせる気か!?】

 さらに間の悪いことに、後方のノリスがインターミディエイトに履きかえてから、フェルスタッペンを上回るハイペースで追いかけてきた。

「君が苦しいなかで最大限やっているのはわかるけど、ブレーキングでペースを見つける必要がある」

 レースエンジニアのマッティア・スピニは、角田のブレーキ温度が失われているのをテレメトリーでリアルタイムに見て取り、フリー走行や予選でも同等の問題を抱えていたこともわかっていたからこそ、ハードブレーキングしか熱を入れる方法がないという意味でそう伝えた。

「このブレーキは最悪だ。これ以上プッシュしろって、僕をクラッシュさせる気か!?」

 フラストレーションを高まらせる角田に対して、スピニはブレーキバランスを大きく前に寄せてブレーキングをプッシュできるようアドバイスもした。だが、ノリスとオスカー・ピアストリ(マクラーレン)にメインストレートで並ばれるとターン1に向けてブレーキ競争を挑める状況にはなく、あっさりとポジションを明け渡すしかなかった。

 そしてブレーキングをトライした結果、ターン5で止まりきれずランオフエリアに飛び出し、角田は大きく順位を落として挽回の望みも失われた。

「雨自体は問題なかったんですけど、とにかくブレーキです。問題はそれだけです。ただ単に温度が上がっていかなくて、まったく効かなかったですね。

 今週末ずっと同じ問題に悩まされ続けてきたんですけど、それが雨によって悪化してしまったような感じです。プッシュすることで結果的にああやって、あわやウォールにクラッシュという状態になって......」

 完璧な仕事でほぼ手中に収めたはずの殊勲の9位は、ほんのわずかな綻(ほころ)びからこぼれ落ちてしまった。

 しかし、伝統のモナコで角田が見せた走りは本物だった。トラブルの原因をしっかりと究明すれば、自ずと次へとつながっていく。このモナコで見せた走りを自信に前を向けば、これから先も続くであろう厳しい戦いを十分に勝ち抜いていけるはずだ。