【日本ダービー】タスティエーラが皐月賞の雪辱果たす 集中して走ることを覚えた『ハッピーホース』

写真拡大 (全2枚)


2023 日本ダービー(GI)タスティエーラが優勝 写真:日刊スポーツ/アフロ

「健康的な雰囲気なハッピーホース」――ダービーの最終追い切りを終えたダミアン・レーンはタッグを組むタスティエーラをそう評した。

弥生賞を勝ち、皐月賞でも2着に入った世代屈指の実力馬であるタスティエーラだが、彼をよく知る者は「精神面に課題がある」と評することが多かった。彼が生まれたノーザンファームの前島稔久はこう振り返った。

「敏感な気性で、先頭に立つと気を抜いてしまうところがある」

思えば、皐月賞でもタスティエーラはそんな面をのぞかせていた。道悪馬場を見越して早めに動いて、直線では完全に抜け出したが外から迫ってきたソールオリエンスに差されて2着。

切れ味に屈したのは確かだが、先頭に立った瞬間にソラを使ってしまい耳が立ってスピードが緩んだ末に敗北。自身の悪癖で掴みかけたクラシック1冠目を逃してしまった。

そんな馬だからこそ、最後まで集中させて走らせることを念頭に置き、堀宣行調教師もダービーに向けた調教メニューを組み、タスティエーラの集中力を高めることに神経を注いでいた。主戦を務める松山弘平を降ろしてまでレーンを鞍上に迎え入れたのも、タスティエーラの集中力を高めるためだろう。

だが、ダービーでの乗り替わり、ましてやテン乗りはタブーとも言われていた。

物言わぬサラブレッドに対し、ゲートに慣れさせ、調教で潜在能力を引き出し、レースでは折り合いを覚えさせながら走り、仕掛けどころでは騎手の指示に従いスピードを上げ、そしてゴールを目指す――

競走馬としてまだまだ完成しきっていない3歳のサラブレッドを育て、王座を競うダービーは人と馬との信頼関係が最も尊ばれる舞台でもある。

それだけにダービーで初コンビとなる人馬は勝てないと言われていた。最後にテン乗りの馬がダービーを制したのは69年も前の話で、絆を問われるレースならではのジンクスとなっていた。

そもそもレーン自身も4年前のダービーで皐月賞馬サートゥルナーリアと初コンビを組んで臨んだが直線で伸びを欠いて4着に終わり、圧倒的な1番人気を裏切った苦い過去がある。

ただでさえ、集中して走れるかが課題となっている馬に初めてコンビを組む騎手が乗る――いくら名手レーンでも厳しいという声が多く、皐月賞2着馬ながらタスティエーラの人気は伸びず、単勝オッズ8.3倍の4番人気にとどまった。

皐月賞を制したソールオリエンスがダントツの支持を集めた今年のダービーはスタート直後にドゥラエレーデが落馬するというハプニングから始まった。

落馬したドゥラエレーデの隣にいたパクスオトマニカが積極的に先頭に立ってペースを作るとホウオウビスケッツ、シーズンリッチが前に付ける形になり、1コーナーを通過して行った。

この時、タスティエーラの位置取りはと言うと4~5番手。すぐ後ろにはソールオリエンスが付けているという状況は集中せざるを得ないはずで、タスティエーラにとっては適した位置取りになったことだろう。

レース後にレーンも「全てスムーズな競馬ができた」と振り返ったのも頷ける。

1000mの通過タイムは1分00秒4と平均的なタイムで流れたが、パクスオトマニカはその逃げ脚を緩めず、2番手集団を引き離すかのように大逃げを打って第3コーナーへ。タスティエーラの外からは青葉賞馬のスキルヴィングが上昇し、すぐ後ろにいたソールオリエンスが内へと進路を取って最後の直線へと入っていった。

逃げるパクスオトマニカのリードは7~8馬身ほどという中で後ろの各馬は追い出しに入ったが、その中でもスムーズに動いて行ったのがタスティエーラだった。

頭を下げてスピードを上げていき、残り400mを過ぎたところでレーンが追い出しにかかるとそのスピードは一歩、また一歩と増していき、前を行くパクスオトマニカに詰め寄っていった。

残り200m、レーンの左鞭に応えるようにタスティエーラはパクスオトマニカを捕まえて先頭に立った。

ここまでのレース運びはおよそ1か月前の皐月賞とほぼ同じ。あと少し踏ん張ればクラシックの栄冠を掴むというところで前回はソールオリエンスに差された。そして今回も外へと進路を取ったソールオリエンスが迫ってきた。

以前のタスティエーラならば、先頭に立った場面でソラを使ってしまい、再びソールオリエンスに差されていたかもしれない。しかし、今日のタスティエーラは違った。

レーンの左鞭に後押しされながら伸び、ソールオリエンス、さらに外からやってきたハーツコンチェルトの追撃を抑えるように首を伸ばしていった。

あと100m。ソールオリエンスが、ハーツコンチェルトが追ってくる。そして内からベラジオオペラも伸びてきた。

だが、タスティエーラは屈しない。集中力を切らさず、最後まで懸命に首を下げて走り続けた。レーンの後押しがあったのはもちろんだが、その姿は「ダービーを勝つんだ」という心の叫びが表れているようにも見えた。

そしてゴール。懸命な走りが実り、タスティエーラはソールオリエンスの追撃をクビ差凌いで勝利。第90回目のダービー馬となった。

テン乗りの馬は勝てないと言われ続けたダービーで69年ぶりとなる勝利を収め、自身4度目の挑戦でダービージョッキーとなったレーンはインタビューで相棒をこう称えた。

「この馬はプロフェッショナルで、自分の仕事をよくわかっている。今日は先頭に立ってからも最後まで集中していました」

ほんの1ヶ月前まで、集中力が課題とされていた若駒が最後まで集中して走り、ダービー馬となる――関係者の努力やレーンの素晴らしい騎乗はもちろんだが、短期間でここまで変わったタスティエーラの成長力には本当に驚かされる。

今回のレースで最後まで集中して走ることを覚えたタスティエーラ。ひと夏を越えて秋を迎えるころ、果たしてどんな馬になっているのだろうか......。伸びしろしかない"ハッピーホース"のこれからが本当に楽しみだ。


■文/福嶌弘