一般選抜での大学受験経験がない中、ゼロからフランス語を勉強するなどして東大合格をつかんだ芸人のさんきゅう倉田氏。仕事で求められる分野を独学するうちに「学びが楽しくなってきた」という。

少子化が進み大学の募集停止が相次ぐ中、政府は理系強化の方針を打ち出す。大学側はどう対応するのか、実力を発揮する「本当に強い大学」はどこか?

「週刊東洋経済」では臨時増刊『本当に強い大学2023』を5月22日に発売(アマゾンでの購入はこちらから)。今の大学がわかる受験生・親世代必読の1冊だ。誌面にも収録している「さんきゅう倉田氏のインタビュー」記事を紹介する。

理系の大学を卒業後、東京国税局勤務を経て、吉本興業所属の芸人となったさんきゅう倉田氏。税金やお金にまつわる情報を発信してきた倉田氏は38歳となった今春、一般選抜で東京大学文科二類に合格、入学した。なぜ受験を考えたのか、大学で学んだ知識をどう生かすつもりか聞いた。

──そもそも付属校から日本大学理工学部建築学科に進み、東京国税局に就職。その後芸人に転身という異色の経歴ですよね。

何となく建築に興味があったので建築学科を選んだ。授業はほぼ全部出ていて、成績だけ見るとまじめな学生だった。 


デザインが得意な学生にとっては得るものが多い環境だったと思うが、僕はそうではなかった。大学生活で得られたのは生涯の友達ができたことくらいだ。

大学1年生でだいぶ単位を取ったので暇ができて、公務員試験の勉強を始めた。公務員試験は基本的に併願するので、5つぐらい受けた。受かった中で話を聞いていちばん興味を持てたのが国税専門官だった。

内部事務をやった後に、法人の税務調査を担当した。仕事で会う経営者や税理士だけでなく、上司や先輩の言動から学ぶことも多かった。仕事から得られたものは膨大で、組織にはとても感謝している。退職後、東京国税局から「YouTubeの動画を作って」と頼まれ、受けた。

国税の仕事より面白い仕事は何か考えたときに、それが芸人だった。芸歴14年目になるが、10年目まではネタをやっていて、並行してお金にまつわる情報を発信する仕事もするようになった。

独学するうちに「学びが楽しくなってきた」

──なぜ再び大学に通うことを考えたのか、志望先が東大文二だったのか教えていただけますか。

元国税職員の芸人ということで税金やお金の話をSNSやテレビで発信したり、講演会や税金教室をやったりしていた。そこで使う知識は、ほぼ国税を辞めてから自分で勉強したこと。仕事が増える中で「こういう分野どうですか?」と、どんどん広い射程を求められるようになった。広げるとともに、より深く勉強していて、学び自体が楽しくなってきた。

元国税職員という肩書だけではなく、より説得力を持たせたり、知識の確度自体を高めたりしたいと思い、大学受験を考えた。文科二類は主に経済学部に進む科類なので、いちばん自分に合うと思った。

──経済学を学べる大学は多いですが、なぜ東京大学を目指したのでしょうか。

早稲田大学や慶應義塾大学出身の芸人はすでにいっぱいいるので、僕がそれらの大学に入ってもとくに面白くない。東大卒の芸人は比較的少ないし、芸人になってから東大に入るのは面白い。入ることも面白いが、授業やそこで出会える同級生や先生方と共有する時間も圧倒的に面白い。

ゼロから学んだフランス語で受験

──(付属校出身で)一般選抜での受験経験がない中、どのように勉強したのですか。

基本的には東大受験専門塾の指導に従った。こういうテキストを買って、このように勉強しましょう、というところから指導を受けた。東大専門塾なので、ある程度学力がある生徒が入ってくるが、中学の勉強の復習や共通テスト対策など僕用のアドバイスに従った。

共通テストは、国語、仏語、数学、日本史、地理、化学と物理の基礎。2次試験は国語、日本史、地理、数学、フランス語。外国語については、目標とする3年間で英語を東大受験レベルに持っていくのは大変だというアドバイスを塾からもらった。ゼロからやるなら違う言語にしようとフランス語を選んだ。

──3年計画の受験はどのような進捗だったのでしょうか。

2020年の3月から3年間勉強した。共通テストの足切り(第1段階選抜)は3年とも突破。ただ2次試験は、1年目は合格最低点に120点足りず、2年目は50点及ばなかった。3年目は0・9889点最低点を上回った。

1年目は10時間、2年目は13時間、3年目は15時間ぐらい勉強した。基本的には塾の授業時間より予習、復習に時間をかけていた。受験の直前期以外は、メディア出演、講演会、執筆などいただいた仕事はやっていた。

勉強したこと自体は自分の糧になると思うが、結果が出ない限り芸人としては何も生かせない。東大合格という結果があって、例えば日本史の番組に呼ばれるということがあるだろう。

精神的にも肉体的にも限界だったので、3年目はラストイヤーという気持ちでやっていた。

──難関大学の受験に挑む有名人はほかにもいましたが、合格の決め手は何だったと思いますか。

やはり勉強量だろう。2次試験の最後、フランス語が終わった瞬間に「受かった」と思った。それから結果発表までの間に「この単語の訳し方を間違えていたな」などと気づき、ダメかもと考えたりもした。

合格発表はインターネットの合格番号一覧のページを渋谷駅の書店の前で見た。それだけだと心配だったので、自分の生年月日と受験番号を入れて、名前と合格という画面が出てきたのを確認した。それを見て、「ああ、本当に受かっている」「よかった、うれしい!」という思いが湧いた。

──すでに通学していると思いますが、大学では何を学び、卒業後どう生かしますか。

4月の段階で、自分の想定より興味深い授業がたくさんある。例えば、どこの大学にも存在する数学やフランス語の授業がある一方で、東大の持つ多様な技術を用いた事業を考えたり、金融庁の人からファンダメンタル分析やインサイダー取引を学んだりする授業がある。そのような多様な学びの機会が存在すると考えるだけで毎日が楽しい。

いろんな分野をまずは広く学び、後期課程では、行動経済学と税法を深く学びたい。60歳まで芸人を続けるのはなかなか難しいと思うので、卒業後、就職という選択肢もある。

勉強すると将来の選択肢が増える

──進路選択に悩む中高生や保護者に対するアドバイスは。

自分の興味があることを調べたり楽しんだりして、「将来こういうことを学びたい」と考えるといい。僕がそうだったように、何をしていいかわからない人は、とにかく勉強して将来の選択肢を増やすのがいいだろう。


さんきゅう倉田(さんきゅう・くらた)/1985年生まれ。日本大学理工学部建築学科卒業後、2007年東京国税局に入庁。2009年同局を退職、吉本興業の養成所NSCに入学、芸人となる。2023年4月東京大学文科二類に入学。

熱心に勉強する人がいる大学に行くと、違う分野を勉強している多くの学生から話を聞くこともでき、知的好奇心が刺激される。ある程度勉強の素地があると、ほかのことを学ぶときも理解しやすいし、知識があれば根拠のある判断ができるようになる。勉強して悪いことは1つもない。

──「リスキリング」が注目されていますが、大人になって学び直すことの意義をどう考えますか。

大人になると、誰かに勉強させられることはなくなる。ストレスではなく、単純な娯楽として勉強を楽しめると思う。仕事があるから毎日長く勉強できないとか、土日ぐらいは遊びたいから勉強できないとか言うのであれば、やめてもいいのではないか。

自分の好きなものをどんどん学ぶのは大人ならではの自由。自分の能力が伸びていくのがわかると達成感や満足感が得られる。

(常盤 有未 : 東洋経済 記者)