「貯金が増えない→家賃が安い家に住めばいい」と短絡的に考えると、本当の問題にたどりつかない可能性があります(写真:Ushico/PIXTA)

誰でもスマホや人工知能(AI)で簡単に質の高いノウハウを多く得られる時代、生き残るためにはどんなスキルや能力が有用なのか。本稿では、『「仕事ができない」と言われたらマーケターのように考える』著者で、データサイエンティストであり、マーケターの山本大平氏が、問題に対して「なぜ」考える時に必要なアプローチについて解説します。

問題解決が苦手な人は「なぜ」の威力をわかっていない

例えば、あなたが「貯金が増えない」という悩みを抱えていたとしましょう。あなたは「きっと家賃が高いからだ」と決め打ちして、安いアパートに引っ越す。けれども実際は「給料が安くて貯金が貯まらない」という理由が真因だった場合には、いくら家賃を抑えても抜本的な解決策にはなり得ません。

せっかく解決に向かって行動したとしても、そもそもその真因が違っていたら、どんな対策行動も無駄になってしまいます。そこで、問題を引き起こす根本的原因を特定するために「『なぜ』を繰り返し、真因を特定すること」が、問題解決にとって必須となります。

本稿では、そんな「『なぜ』を繰り返す」という作業を行ううえで気をつけるべきポイントを3つに絞って分かり易く紹介します。

まず1つ目のポイントは、今自分がどの思考フェーズにいるのか、つまり何を考えないといけないのか、ということを知ることです。

「なぜ」を繰り返すうえで、陥りがちなパターンとしては、課題の深掘り(Why)をして真因を特定するための思考を行っているにもかかわらず、いつの間にか解決策(How)までを考え出してしまっている場合です。

例えば、先ほどの例でいえば、「貯金が増えない」という要因は大きく2つに分けられます。支出が多いか(out)、あるいは収入が少ないか(in)、この2パターンです。

【支出面】
支出にも、日常生活を行ううえで必要なもの(must)と、そうでないもの(want)があります。
●must 家賃/食費/水道光熱費/通信費 etc.
●want 飲み代/洋服代/動画コンテンツなどのサブスク代 etc.

【収入面】
一方で、収入がなぜ増えないかと考える際も、次のような真因候補(要因たち)が存在します。
●業界全体の賃金が低いから/会社の賃金が低いから/副業できないから etc.

仮にこのケースの場合、「貯金が貯まらない」の真因が、分析や検証の結果、「自分が働いている業界全体の賃金が安いから」という結論に帰着したならば(問題に対する寄与度が最も高ければ)、その段階ではじめて、「ではどうやって別の業界に転職する?」といった解決策、つまりHowの話に思考フェーズが移るわけです。

仕事における複雑な問題解決も同様で、必ずWhyからHowの順に思考フェーズを進める、この順番を守ることが思考整理のベースになります。


思考迷子になりやすい人が陥るワナ

2つ目のポイントは、正しいWhyとHowを選び取るということです。真因特定や解決方法を模索するなかで、こんなことを思ったことはありませんか?

「これってただの正論だよね?」
「常識的に考えて実現不可能だ」

前者は正論を否定して、後者は常識を肯定しているようにもとれます。この2つを考えるうえで必要なことは「どちらが正しいか?」です。根性論や精神論の類いだと誤解されないよう、まずは「常識」と「正論」という言葉の定義についてご説明します。

「常識」というのは、英語では「common sense」、つまり共通の認識です。そこには、正しい、間違っているという意味はなく、いわば数の多さでしかありません。多くの人が黒い犬のことを白い犬だと言ったら、それは白い犬になるのです。これが共通の認識であり、常識という言葉の奥にあるひとつの性質です。

「正論」というのは科学的に証明されていること、ロジックが成立していることを指します。常識を肯定して、ファクトを否定するということは、大勢の人が犬(実際にも犬)を見て、「あの動物は猫です」と言うことを肯定し、犬(実際にも犬)を見て、「あの動物は犬です」という主張を否定するようなものなのです。

こんなのおかしいですよね? 正しさ(真実)に勝る論はないというのはけっして綺麗事ではありません。

3つめのポイントは、適切な疑い方をすることです。ビジネスの世界では、「疑う」ことの大切さについてよく論じられます。「なぜ」を繰り返すことや、解決方法を考え、実行するうえでも疑うことは必要です。

ではここで、皆さんに質問です。
「皆さんは疑うことの本質を適切に理解できていますか?」

「疑う」ということは、他人に対して疑心暗鬼になることではありません。ほかにも可能性がないかを探ることが「疑う」の本質ではないかと考えています。たとえば、新人社員が先輩から、「仕事の効率を考えると、少し今のやり方から変えたほうがいいかもね」と言われ、「そんなはずはない。今の自分のやり方がうまくいっているので変えないでいこう」と考えたとします。
 
これは疑うという行為ではなく、ただの思考停止です。さらなる可能性を探るために、「今の自分の仕事のやり方よりほかにいい方法があるのか?」と疑ってみることがビジネスシーンでは必要です。

考えた結果、気になる部分を変えてみたり、客観的に見てどう思うか周りに聞いてみたり、周囲の人の仕事のやり方を観察してみたりして、これまでの自身のやり方、さらには自身の思考のクセすらも疑ってみることが、自身を成長させてくれます。

「演繹」と「帰納」を使いこなす

では、実際になにかを疑う(ほかの可能性を探す)とき、どう思考すればよいのでしょうか。いきなり「疑え!」と言われても、なにをどうすれば「自分で疑えるようになれるのか」すらわからず、思考迷子になってしまいますよね。

ここで役に立つ思考アプローチに、演繹的思考法と帰納的思考法があります。

演繹法の特徴は、誰がやっても必然的に同じ答えになるところです。否定のしようがない事柄を礎にして、さらに別の否定のしようがない事柄を組み合わせることで、論理を積み上げ、新たな真実を見いだします。

演繹法では、前提が間違っていると結論も間違ってしまいます。そのため、「いかに間違いのない前提を設定するか」がポイントになります。また、論理に飛躍がないかどうかについても注意する必要があります。演繹法を使いこなすためには、ルールや理論を鵜呑みにせず、前提を疑う目が必要です。

帰納法の特徴は複数の事象を観察して、その共通項を捉えて結論を推論することにあります。帰納法では、偏りのないサンプルをできるだけたくさん集められるかどうかもポイントになります。なぜなら、帰納法では「ほかの事象の見落とし」は論理破綻になり得るからです。多角的に情報を集めて論理展開を行うよう心がけましょう。

思考の向きも意識しながら「考える」

まとめると、演繹法は、自明の複数の事実を足し合わせて結論を出す思考法であるのに対して、帰納法は、複数の事象を観察して、その共通項を捉えて法則などを見つけ出す思考法です。


何もない状態からいきなり疑おうとしても、自分の考え方や思考に偏った答えを出しがちですが、この演繹法や帰納法も取り入れ、思考の向きも意識しながら「考える」ことで、偏りの少ない答えが出せるようになってきます。

特に真因を特定するためには、帰納的にも演繹的にも思考を進め、その合致点が見つかれば、それが「真因」となるケースは非常に多いです。

ここまで3つのポイントをご紹介してきました。さて、皆さんに質問です。以上の解説を踏まえ、では今すぐ適切に、「なぜ」を繰り返し、真因を特定し(Whyフェーズ)、そのうえで解決方法を見つけること(Howフェーズ)ができそうですか?

自信がない人もいらっしゃるのではないでしょうか。残念ながら、これらの思考法は身をもって失敗し、訓練しないと身につかないようです。ただ、ひとつのTips(コツ)やきっかけとして、ここで述べたことを参考にしてみてください。闇雲に思考をするよりも、ある程度頭が整理された状態で問題解決を行えるようになるはずです。


(山本 大平 : 経営コンサルタント、F6 Design代表取締役)