現在、私は都内に仕事場を構えています。

 ここに引っ越す前は、10年近く大学の寮に暮らしていました。あまりに長く住み過ぎたせいで、一緒に入学した同期の子達はすでに元気に巣立っており、ひとり残された古株の私はほとんど「寮のヌシ」みたいな、沼の底から引き揚げられたバカでかいカミツキガメみたいな感じになっていた気がします。

 あの頃、私の部屋はどんなに整理整頓したつもりでも、そもそも容量に対してあまりに荷物が多いせいで、常に雑然としていました。退去前に確認にきた管理会社の人が「ここまでくると何故かレトロな味わいがありますね……」と呆れたように呟いたほどです。

 引っ越してからは大いに反省し、なるべく荷物は少なく、せめてラジオ体操と寝っ転がってのストレッチが出来るようにしようと(逆に言うと前の部屋ではそれすら出来なかったわけですが)心に決めました。

 結果、新しい仕事部屋はそこそこ綺麗に保たれており、アクセスの良さや買い物のしやすさなども含めて、大変気に入っております。

 ――が、一点だけ、どうしても許せないことがあります。

 鳩です。

 鳩が、この部屋を狙っているのです。

 いや、勘違いしないで下さい!

 八咫烏シリーズなんてものを書いているくらいだし、私はどちらかと言えば鳥が好きなほうだと思います。公園にいる鳩などを見ても可愛いなあと思いますし、虐めようなどと思ったことは一度たりともありません。

 しかし、何事にも例外はあります。 

 話がやや変わりますが、私は期日通りに〆切を消化出来ない悪い作家です。

 日程がやばくなってくると、丁寧な生活とは程遠い、「腹が減ったら物を食い、眠くなったら寝て、書ける時はとにかく書く」みたいな、やくざな生活になってしまう時期がしばしばあります。

 コロナ禍前は文春の執筆室でそれを行い、編集さんによってほぼ強制的に(ある意味)規則正しい生活をしていたわけですが、今の仕事部屋に引っ越し、ZOOMによる打ち合わせが主流になってからは缶詰されることもなくなりました。

 そんなこんなで、徹夜してへろへろになりながら、編集さんが出社するタイミングに間に合うように原稿を送り、「よっしゃ電話で叩き起こされるまで仮眠じゃ!」とベッドに倒れ込むことになるわけです。

 そしてようよう意識の薄くなりゆく夢際に「ぽっぽー、ぽろっぽー、ぽっぽー、ぽろっぽー♪」という、なんともご機嫌な鳩ちゃんのさえずりが響くわけでございます。

 公園で首を振って歩きながら鳴いている時は可愛いのに、安眠を妨害されると少なからず「お前ェ……!」と頭を掻きむしりながら叫びたくなります。

 鳩よ、あなたには翼があります。空は広く、自由を謳歌すべきです。それなのになんでわざわざ鉄格子に囲まれたベランダに来て愚かな作家の眠りを妨害するのでしょうか。私には理解出来ない。


鳩VS阿部さん!

 しかし、「理解出来ない」で終わらせてしまうのは賢い行為とは言えません。理解出来ないのは相手の事情を知らないからであり、一度事情を知れば感情的な問題はあらかた解決し、理性的に問題解決に当たれる例がこの世には数多く存在します。

 私は理性ある人間として、鳩の朝のご機嫌な挙動とベランダを好む理由を知るために、ちょちょっとネットで検索をかけました。そしてその理由に、「こいつぁ絶対に許しちゃならねえ……」となりました。

 何故か。軽い気持ちで検索した結果が、以下のようなものだったからです。

 

 鳩は烏や猫などの天敵から身を守れるベランダが大好き!
 一回気に入ったらしつこく巣を作り続けるよ!
 糞は自分で綺麗にしてくれないので衛生的にヤバイことになるよ!
 賃貸の場合、引き払う時に問題になった例もあるくらい!
 でも鳥獣保護法によって守られているから、巣を作られちゃったら人間は手を出せないよ!
 それどころか威嚇しただけでも罰せられる場合があるから気を付けてね!
 しかも鳩の巣作りってめちゃくちゃ雑だから枝を一本おいて「これは巣です」という顔して卵産んじゃう猛者もいるんだよ!
 だからベランダが気に入られそうになったら、巣を作られるまでが勝負なんだ!
 でもこれを読んでいるってことは、あなたのおうちはもう手遅れかもしれないね(笑)
 グッドラック!

 文面は違いますが、複数のサイトをまとめると大体こんな感じでした。

 おいおいおいおい待ってくれ。

 思い当たる節に私は青くなりました。

 なぜなら、我が家のベランダにやってくる鳩は2羽いたからです。彼らはつがいで、文字通りの愛の巣を求めて、内覧を目的として私の寝室のベランダにやってきているに違いありません。

 しかも私の仕事部屋は賃貸です。

 役満になりかけていますが、幸いなことに、まだ枝は持ち込まれておりません。

 巣が作られるまでが勝負だとしたら、私はまだ間に合う!

 ――戦うしかない。

 私はそう決意しました。

☆次回へ続く――!


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc