鎌倉・長谷にて予約制で営業するジュエリーブランド「アルビジア」。天然石の色味や光を生かして、創業者でデザイナーのネムさんが一点一点、心をこめて調達からデザインをしています。一方SNSでは、2.1万フォロワーをもつブランドの公式アカウントながら、日本社会に対する政治的な発信が並びます。

選挙に関連して割引キャンペーンも実施するなど、ブランドの運営がアクティビズム的な側面ももつアルビジア。 今回、石の魅力からアルビジアの取り組みついて、またジュエリー屋として声をあげつづける意義などをネムさんにお伺いしました。

「アルビジア」

2013年7月生まれのジュエリーブランド。 JR鎌倉駅から江ノ電を使って3駅の長谷駅から徒歩3分のところに位置します。日本国内や世界各国から調達した天然石を使った、ハンドメイドの一点ものを扱う。種類の異なる石を2つ重ねるダブレットストーンづかいのものを大きく取り扱っているのも特徴。不定期で国内の百貨店などでポップアップも開催する。

「買ってもらう」ジュエリーから、「買いたい」ものへ

ーーアルビジアを立ち上げたきっかけは?

アルビジアをスタートする前は、建設業界で設計や施行、現場監督などをしていました。しかしこれがなかなか激務で、いわゆる“週10日”のような働き方でした。しかも、かなりの男性社会。

その環境でかなり闘ってきた方ですが、「産休・育休をもらうこと」もすごくハードルが高く感じ、出産を周囲に迫られ一度業界を離れることに。出産後ひとり親になったこともあり、現場に戻るのは難しく、新しい挑戦を始めました。

最初は定期の販売会を催し、セレクトのジュエリーを扱っていました。その後、元々作るのが好きなのもあり、大学時代や建築業界で培った素材や設計、生産の知識からジュエリーへの興味を広げ自分でデザインをするように。

それが友人に好評だったので、より多くの人に届けてみたいと思いました。2018年に業者向けの展示会に出展し、そこをきっかけに百貨店のポップアップショップをスタートすることに。本格的にオリジナルだけを扱うブランドとしてスタートしたのは、このタイミングです。

ーーもともとジュエリーに興味があったのでしょうか?

私自身は立ち上げるまで、ジュエリーをそんなに身に着けてきませんでした。ジュエリー業界の打ち出し方は、プレゼント前提のものだったり、人に見せるための“トロフィー”的な性質をもっていることが多い印象があり、自分には合っていないと感じていました。

私は自分が身に着けるなら、“ステータスを匂わせる”ような、象徴ではないものがいいなと思って。 プライベートでは離婚を経験して結婚指輪をはずしたタイミングだったということもあって、「他の誰かのためでなく自分のためだけのもの」を追求したいと思いました。

ーー扱っているジュエリーの種類はどのようなものですか?

アルビジアでは、2種類の石を人工的に重ねるダブレットという手法を使った石を多く扱っています。この技術は長らくオパールのかさ増しに使われることが多いものだったので、業界や石に詳しい方からの印象が特に悪い技術でした。ジュエリーの本などを見ても「ダブレットオパールの見分け方」などが技術の主題に扱われることが(今現在もまだ)多いです。

ただ、私が見つけたダブレットストーンは、あえて重ねているのを見せるつくりで「これは面白い!」と思ったんです。重ねることで背景ができたり、針水晶の針の存在をより引き立たせたり。上石のカットによって陰影がつき、奥行きがでるようになります。マットな石も水晶を上に重ねることで肌にもなじみやすくなるんです。

また、地金にはマット加工を。着けるほど磨かれやわらかく光るので、一緒に重ねた時間が味になるよう仕上げています。

ーーブランドの姿勢として、どんなモノづくりを掲げていますか?

ジュエリーを手掛けるときの基本は、他人から「見られる」ことより、自分が「見る」ときの気持ちや高揚感などを大事にすること。自分でつけてみたときに、「この石はいいな」って思える出合いを増やしたい。自分が楽しい気持ちになったり元気になったりするかどうか、で選べるジュエリーを提供することを大切にしています。

特に、自分で本格的にデザインなどをするようになった2018年ごろ、(ジュエリーの価格帯で)リングはまだ自分で買うアイテムとして手に取ってもらえませんでした。「誰かに買ってもらうものだから」と言って、お客さまの選択肢に入らないんです。自ら買うのが敬遠されているアイテムでしたね。

なので、年齢に合わせてあれをつけるべきとか、品を良くするためにこれを選ぶべきといった価値観はいったん置いておいて。ただ自分で自分のために好きなものを選んで、それと一緒に時間を重ねる楽しさを提案しているつもりです。

ーーお客さまにとっても、思い出深いお買い物になりそうですね。

SNSでこの価値観に共感した方が、自分のお金で自分のために購入して「楽しかった!」と写真などを続々アップしてくださったのはうれしかったです。アルビジアでは理由があって公式の着用画像を出していないので、 「#アルビジアさんのジュエリー着けてみた」のタグでお客さま一人ひとりの物語が見られます。そうして自分のためのジュエリーを自分で選ぶ楽しさが口コミで広まって、店頭に来てくださる方が増えてきていると感じます。

また、性別を問わないデザインを心がけていますし、ジュエリーの既存イメージからずいぶん外れた石をセットしているので、「その人らしく似合う」場合がとても多いです。「ジュエリーは女性にプレゼントするものだと思っていた」と言う男性の方が自分が着けたいと思うジュエリーに出合ったというケースもあります。

一般的にジュエリー売場周辺では、シスジェンダー(性自認と生まれたときに振り分けられた性が一致している人のこと)に見られる男性のお客さまは、「ギフト目的」だと思われしまうこともまだまだ多いのが現状です。 しかし、アルビジアではそういった価値観に基づく売り方はしたくありません。スタッフには、「贈り物ですか?」という声かけをしないように伝えています。

もちろんお客さまの中にはプレゼント用でお求めになる人もいますし、大歓迎です。アルビジアはSNS発信の小さな予約制のジュエリーブランドなので、事前に2人で「こういうジュエリー屋があって…」と会話してくれたのかなと想像して、うれしくなります。

ジュエリー屋にとっても「個人的なことは政治的なこと」

ーーツイッターや公式ブログで政治的な発信をする背景は?

ものを作って販売しているだけでも、情勢不安や戦争が起こると金の価格が高騰したり、コロナ禍で石の調達ルートが変更になって輸送費が上がったり、工業製品の進出や少子化高齢化等などで職人の数が減ったり、本当にいろんなところに直接社会の影響がありますよね。

なにをしていても政治は生活に直結するものだと思っているので、きっと八百屋さんをしても食堂をしても絵を描いていても写真を撮っていても、今みたいな発信はしていたのではないでしょうか。ただ、(生活に直結する)“生活必需品”からは遠い存在である嗜好品を対象にしているからこそ、よりひしひしと発信の必要性を感じます。ジュエリー業は、社会に(金銭的・精神的)余裕がないと、簡単に立ちいかなくなります。

本や映画、旅行、音楽、舞台など、これらも“生活必需品”ではないと判断されてしまうと近しい存在かもしれませんが、その中でもジュエリーは非常に高価なもの。私はずっと瀬戸際であると感じてます。似た境遇にある業界や仕事はたくさんあるはずなのに、むしろ「なんでみんなはしないの?」とずっと疑問です。

経済的に10年前と比べて、「(30万円ほどのジュエリーを)奮発して買っちゃおうかな」と思える人の数だって減っています。すごくほしくても買えない状況にある場合、それは絶対にその人の努力が足りないっていう話ではないんです。

特に嗜好品であるジュエリーを扱っている以上、そもそもジュエリーを買える人が増えて、できるだけ多くの人が楽しくお買い物できる社会になったほうがいいと思って声をあげつづけています。

ーーアルビジアの選挙割について教えてください。選挙割をはじめたきっかけは?

わたしが作るジュエリーをほしいと思っても、その中で明らかに『今買える・今買えない』という分断が生まれてしまうものだと理解しています。私が扱っているものは気軽に買えるものではないので、ジュエリーそのものが分断を生む存在だと自覚的です。

それに対してただセールとかをするのではなく、なにか社会に働きかけるアクションをその中に導入することでお買い物していただける可能性ある未来を設定したいなと思ったんです。アルビジアでは『今買える・買えない』の二択ではなくて、『いつか買える』という選択肢も提示できれば、と。

今買える人だけじゃなくて、「いいな」と思った方全員をお客さまだと思っているので、その方々が来てくださる未来に向けなにかアクションをしなくてはと思い、『選挙割』を導入しました。

アルビジアの選挙割


いつもの選挙割

どの自治体のどの選挙でも利用できる割引です。投票日から12ヶ月以内の投票済証明書をアルビジア実店舗で提示すると、選挙一回につきジュエリー1点が5%割引に。


いっしょに選挙割

大きい選挙用のスペシャル選挙割。直近では、4月に行われた全国統一地方選挙で実施されました。約2年間選挙に行っていない人を誘い、それぞれが投票を済ませ期間内にいっしょに投票済証などを添えて手順通り申請するとジュエリー1点につき20%割引になる割引チケットがもらえます。割引チケットの引き換えには期限がありますが、割引チケットの使用期限は無期限です。


投票したいけれどできない市民のための選挙割

選挙で一票を投じたいけれど、国籍や年齢等の都合により投票にいけない人のための市民割。住んでいる地域で行われた、投票したかった選挙を指定したうえで、在留カード(特別永住者証明書)や年齢の証明できるものを見せると、ジュエリー1点につき5%の割引。

※その他詳しい条件や申し込み方法については公式サイトからご確認ください

選挙割を実施してみて、「いっしょに選挙割」を申し込んでくださった人の中には、「選挙にいってほしい人に、選挙についてもう一歩踏み込んで話す糸口がなかなか見つからなかった」「選挙に行ってほしい理由の説明が難しかった」という意見もありました。なぜ選挙は大事なのか、選挙割はどんな制度なのか、ということがうまく説明できないということがあったそう。

確かに、政治について発信している人の言葉に共感はしても、それをほかの人に自分の言葉で説明するのは難しいことですよね。一票を動かすのもほんとうにすごく大変なこと。そこで、選挙の前にそういう人の背中を押して、一緒に眺めるとなんとなく政治や選挙の話ができるような何かが必要だと思って、同じく政治的発信を日々する反骨装身具屋のnichinichiさんといっしょに「反骨装身具通信」というチラシを作りました。

ーー「投票したくてもできない人」も含んでいるのが印象的です。

選挙割の企画をSNSで話してすぐ、フォロワーさんから「選挙に行けない事情があるので、いけない人に向けた割引も検討してほしい」という意見がありました。プライベートでも選挙の話題になったとき友人に、「私の分も投票してきて」と言われたことがあり、ハッとして。

私としては一般的なセールの代わりに、選挙のときに割引できたらいいなと思っていましたが、その割引を受けられない人がいるのは絶対にフェアじゃない。なので市民割の企画を考え、どのように確認をしたら失礼に当たらないかなどを当事者の友人に協力してもらいながら進めました。たとえ使う方が少なくても、市民割があることで初めて選挙割がまっとうなサービスになると思いました。

結果、年齢で選挙にまだいけない人について問い合わせがあったりもしたので、市民割の申請には在留カードや身分証を見せていただく形にしました。

またわたしも想像もできていなかったのが、投票に行く習慣をもてない環境におかれ、今更投票のやり方を聞けないといった事情などが理由で、選挙に行きそびれている方の存在。チラシ作りなどを通して選挙を身近にする動きも進めつつ、今は「選挙権があるのに投票に行っていない人」だけが割引の対象外になっています。おかげで、「割引したいので投票に行って下さい!」と言いやすくなりました。

これまで『いっしょに選挙割』を利用したお客さまは約80組以上、さらに増えています。二回目の申請をした方も。『いつもの選挙割』の利用者も増えていますし、先日ははじめての市民割の利用者が来てくださいました。

市民割があることをとても喜んでいて、作ってよかったと心から思いました。市民割の方はまだ認知度が低いので、これからアピールしてぜひたくさん使ってもらえたらいいなと思っています。

ーービジネスとして続けるうえで、ときには信念を曲げなければいけないのではないかと悩むことはないのでしょうか?発信を続ける原動力は?

もちろん最初のころは「石だけいじってろ」とか「ジュエリーを嫌いになりたくないから政治の話はしないでほしい」などと言われることもたくさんありました。「選挙に行こう」という呼び掛け自体が政治的であるから控えてほしいと言われたこともあります。「なんで!?」ってびっくりでした。

ほかにも、選挙割をして選挙に行こうと呼びかけているお店が、同時に自分の意見をもった政治の発信をしていることが、「利益誘導の観点から公職選挙法に抵触する恐れがある」という懸念をふっかけられたこともあります。実際私が賛同しているところに票を入れることを割引条件には全くしていないので、問題はないのですが。

ジュエリー屋も一市民で、個人として社会で生きている一員。仕事もお客さまも社会の影響をてきめんに受けながらやっているわけで。この社会に参加して生きているひとりとして、声を上げていくべきだと思っています。それにそもそも「選挙に行こう」という声掛け自体は、広い目で見たときに自分のビジネスも守るのに必要だと思っているので、曲げなければならないと悩むことはありません。

実際最近は、「政治の話をきっかけに知ったのでジュエリーを見に来ました」と、興味をもって来てくださる人の方が多くなってきています。またアルビジアのジュエリーを着けて投票に行ったという写真をSNSにアップする方や、「投票行ったよ」という画像を使って投票したことをアピールしてくださる方もとても増えました。

これまでを振り返ると、私も間違っていたこともありますしこれからも間違えることもあると思います。間違ったら直しながら、それでもここから見えることについて声を上げていかないと、私達のような小さな存在はほんとうにすぐ潰れてしまいます。なので「ジュエリー屋さんも言っているんだから、自分も言ってみよう」と、ほかの視点からもいろんな声がでてくるようになってほしいです。

お客さまの中には「ツイッターを見て、きました」という人や、普段ジュエリーを着けないけど、アルビジアのものなら…という人もいます。アルビジアのオリジナルジュエリー、特にリングはそもそも「誰にも気兼ねせず自分のためだけに存在してくれる物言わぬ友人」がいてくれたらいい、わたしにはそれが必要だと自分で思って初めて形にいきついたもの。

政治的発信をするジュエリー屋の存在が珍しくなくなる日までは「声を上げ続けよう、小石を投げ続けよう」と思っています。

デザイナー/ネムさん

1978年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科修士課程修了。在学中から個人でデザインの仕事をしつつ、設計事務所勤務、設計施工の工務店勤務を経て独立。独立後は建築をバックグラウンドとしたデザイナー、イラストレーターとして活動。

2013年に、もっと《わたしらしさ》のあるジュエリー、をテーマにアルビジアを立ち上げる。2014年石の魅力に惹かれ自らのジュエリーデザインを開始。2018年、現在も各所に記載している『年齢にも性別にも誰かにおしつけられる《らしさ》にもよることなく、身につけることでもっと元気に、そして自分らしく輝けるような。長い旅をともに歩く、気取らないたったひとりの友人のような。そんなジュエリーをつくりたいという想いから、アルビジアは生まれました』という文章を書き上げ、ブランドのテーマと世界観を確定し、今に至る。