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ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(享年87)による性加害問題が大きな議論となっている。

藤島ジュリー景子社長は5月14日夜、サイトで謝罪動画とQ&Aを発表。この中でジュリー社長は性加害について「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」と弁明。

その理由として、会社の重要事項はジャニー喜多川氏と姉の藤島メリー氏(故人)が担っており、「取締役会と呼べるようなものも開かれたことはありませんでした」として、ジャニーズ事務所の意思決定の特殊性をあげた。

自らの進退について、辞任は否定しているジュリー社長だが、取締役としての責任、今後の経営体制はどうあるべきなのか。企業会計やコンプライアンスが専門の八田進二・青山学院大学名誉教授に聞いた。

●「知らなかった」に、どんな問題がある?

--「週刊文春」の裁判があった時にはすでにジュリー社長は取締役でした。ジュリー社長の「知らなかった」という姿勢にも問題はあるのではないでしょうか

こういう問題が起きた時に「知らない」というのは、2つの意味があり、いずれの場合も許されないのです。まず1つは、知らなかったという真っ赤な嘘を言う場合です。もう1つは「本当に知らない」場合です。しかし、取締役の立場上、知らないということは、取締役の任務懈怠という点で看過できません。

古くから雑誌や書籍、1999年の「週刊文春」報道や、2003年には高裁で性加害の事実が認定されたこと(対文藝春秋の名誉毀損裁判)などで知るきっかけはこれだけあったのに、知ろうともしなかった。非常に長期にわたって会社の信頼を失墜させることを代表者がやったことに対して忠告もしなかったし、防止もしていない。つまり何もしてないわけです。

これは重過失であり、組織の責任者でいること自体が不適格だと考えています。

取締役というのは、ほかの代表取締役や取締役らを監督する義務があります(会社法362条2項2号)。代表取締役社長は最終権限を持っているから、代表印でほとんど何でもできてしまう。だからこそ、他の取締役には社長が暴走しないよう監督する義務があるわけです。

それができていないのだとすれば、監督義務違反、忠実義務違反(会社法第355条)と考えられます。

--ジュリー社長は、「積極的に知ろうとしたり、追及しなかったことについて責任があると考えている」とした一方で、辞任を否定しています。また長年にわたって取締役として事務所で大きな役割を果たし、「週刊文春」の裁判でも証人として出廷した白波瀬傑副社長は今年(2023年)1月から代表取締役に就任しています。こうした経営陣の責任はどう考えられますか

ジュリー社長だけでなく、他の取締役も会社を管理統括できていなかったわけですから、組織を再建させるには不向きでしょう。

一般的に上場会社でも、長期にわたって同じような問題がずっとくすぶっていて、ついに発覚したとします。社会の批判を浴びて、どうすればいいか? というときに一番簡単なのは、全身の血液を入れ替えるように人を変えることです。

一過性の小さな傷ならともかく、これだけ長期にわたって、かつ節目節目で問題は指摘されてきたのにもかかわらず、ずっと放置してきた。それを抑制、防止できなかったわけですから、経営陣としては明らかに不適格でしょう。

ただジュリー社長は、同族の創業家一族の株主でもあります。取締役から降りずに意思決定の権限を外部に委ねた上で、ヒラの取締役に残って経営者としての勉強を行うこともいいかも知れません。その代わり、2人か3人、外の人を入れて意思決定を完全に透明に、中立的な経営方針でやっていく。場合によっては、2年、3年して、創業家の関係者が社長に迎えられることがあってもよいかもしれません。

●非上場の会社に求められる社会的責任とは?

--ジャニーズ事務所は上場企業ではありませんが、社会的責任は大きいのではないでしょうか

ジャニーズ事務所はグループを除けば、単体で資本金1000万円の同族の中小零細企業であり、通常はガバナンスについて語るほどの規模ではないかも知れません。しかしジャニーズ事務所が行っている業務は極めて公共性や社会性が高く、とりわけ青少年に及ぼす影響はあまりにも大きいですから、社会的責任を重く感じ取らなければいけません。

日本という国では、こうした問題が露呈するきっかけは2つしかありません。刑事責任を追及されるか、外圧による場合なんですよ。

みんな知っていたのに、「見ざる・言わざる・聞かざる」の暗黙の了解の中で、時が経ってしまったのだろうと思います。男性から男性に対する性被害であったことも、タブー視した理由でしょう。報道をしてこなかったメディアの責任も大変重いですね。

--同族会社ゆえの難しさはあるのでしょうか

同族経営では意思決定の迅速性など、いい面もあるわけです。しかし創業者が暴走しても、周りは忖度をしますので、止める人がいないこと、これが一番の問題です。ジャニーズ事務所の場合も、経営陣ですら問題をずっと放置し、知ろうともしなかった。そうした不適格なメンバー構成になってしまうと、自力での再生は難しいでしょう。

名経営者というのは、立派な後継者を育てる責任があります。長期政権は、裏を返すと後継者を育成していないわけですから、経営者としては失格だと言わざるを得ません。時代とともに環境も変わるし、意識も変わるから、それに適合するような形で組織も変革しなくてはいけない。

昔から、会社の寿命は30年、40年と言われているんですよ。それだけ会社を経営するのは、特にカリスマ経営者頼みだった会社は大変なんですよね。本当に力があるときに、創業者が将来も見据えて、長期的ビジョンを持って後継者を育てていかなくてはならないのです。

せめてもの救いは、性加害に関わったであろう張本人と権限を持っていた2人が鬼籍に入ったことです。会社として、しっかり調査をした上で、時代は変わって、完全に生まれ変わりますと。新生ジャニーズとして再出発しますとの強いメッセージを出していくことが求められていると思います。

【プロフィール】 八田進二(はった・しんじ) 会計学者。青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授、金融庁企業会計審議会委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員など。著書に『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)など多数。