マーニー・ジョレンビーさんの新刊『こんばんは、太陽の塔』は、傷を抱えた若いアメリカ人女性が慣れない大阪の地で自らの進む道を模索する物語。この春、新しい生活に踏み出したすべての方におすすめしたい、普遍的青春小説です。ご自分の日本での経験を反映したという本作について、著者が語ります。


『こんばんは、太陽の塔』(マーニー・ジョレンビー))

日本語で言う「怖カワイイ」の感覚が大好き

――『こんばんは、太陽の塔』は、大学を出たばかりの若いアメリカ人女性カティアが、陶芸家になる夢に破れ、故郷を捨てて大阪にやってくる場面から始まります。マーニーさんご自身も、南山大学への留学を皮切りに、何度も日本にいらしていて、お住まいだった期間もある。この小説は完全なフィクションですが、マーニーさんが日本で体験された、ある出来事が執筆の発端になっていると言います。

はい、2001年に博士論文の研究で大阪に住んでいたのですが、その際に遭遇したサイコパスのエピソードです。

――衝撃的でした。ホームでカティアが電車で待っていると、突然、陰気な男が駆け寄ってきて彼女のブラウスの襟をつかみながら「電車に乗りなさい!」と命令をする。カティアは彼のことを「サイコパス」だと思います。驚くべきことですが、実際にマーニーさんがこんな被害に遭われたんですね?

かなり大げさには書きました。小説では、カティアは何度もサイコパスに会いますが、私が被害に遭ったのは一度だけです。でも、ブラウスをつかんで私のからだを揺さぶったのは本当の話です。3歳と7歳、二人の息子を保育園に送り迎えする最中だったので、息子たちにも何かされるんじゃないかと思って、非常に怖かったです。そこまで凶悪な人ではないだろうとは思いながらも、「サイコキラー」という言葉がその場で頭に浮かんだんです。
実は、それから2、3年後にまた大阪に行く機会があったのですが、友人といっしょに電車に乗っているときに、隣りの車両に乗っているサイコパスと目が合った。私もですが、彼もとても動揺しているようでした。

――ここで描かれるサイコパスはもちろん恐ろしいのですが、どことなくユーモラスなところもあり、後半にはカティアが彼に救われたと感じる場面もあります。

日本語に「怖カワイイ」という言い方がありますね。その怖カワイイ感じが、私はとても好きなんです。小説にも書きましたが、日本人は何でもかわいくできますね。丸いかたちをつくって、そこに間隔が開いた小さな点の目をつけて、鼻と口をかわいく付ければ、何でもかわいくできてしまう。

「太陽の塔」について、息子たちといつもストーリーを考えていました

――小説の舞台設定を2006年にしたのは、なぜでしょうか。

本当はもっと「いま」の話にしたかったのですが、万博記念公園にあった遊園地〔2009年閉園のエクスポランド〕がなくなる前のお話にする必要がありました。

――万博公園にそびえる「太陽の塔」は、この小説の第二の主人公と呼べるかもしれません。カティアは、陶芸の師匠であり恋人でもあったライダーと、塔を重ね合わせます。ライダーこそ、カティアが夢を断念せねばならなくなった「原因」です。だから当然なのですが、彼女は塔に対して、「傲慢で醜い」などと、手厳しい(笑)。マーニーさんにとっては、どのような印象でしたか。

初めて見た時には、かなり強い印象を受けました。塔がピエロのように見えて、私は小さい頃からピエロが好きでないので、鬱陶しいと思いました。塔についている二つの顔のうち、下のほうの顔は嫌いですが、上の顔は鳥みたいでかわいいので、そこはちょっと好きです。そのときはエキスポ〔1970年の大阪万博〕のことを知らなかったので、あまり人も来ないのに、塔も公園もなぜここにあるのか目的が分からず、不思議でした。こどもたちも興味を持ったので、私たちはいつも塔についていろんなストーリーを考え出して、それについて話し合ったものです。
塔は私にとって、妨害でもありました。当時、研究のために通っていた大阪国際児童文学館は公園の向こう側にあったのですが、公園の敷地を自転車で突っ切ることが許されなかったので、遠回りをしなくてはいけなかったんです。

――カティアを陶芸家志望という設定にしたのは、なぜでしょうか。

どうしてだったかよく覚えていません。ただ、中学の時に陶芸のクラスを取っていて、それが印象的なクラスだったのと、子ども時代に家のすぐ近くに納屋をアトリエにして陶芸を作っている方がいたので、それで思いついたのかもしれません。

――カティアの師ライダーは、バーナード・リーチの孫弟子にあたり、高尚で芸術的な器ばかり作っています。この作風が、師弟の決裂のタネにもなってきます。

インターネットでさまざまな焼き物の窯について調べてみて、いちばんライダーのスタイルに合いそうだと思ったものが朝日焼でした。それで、小説の中でカティアは朝日焼の窯のある宇治を訪ねます。私自身は九谷焼が好きで、いくつか持ってもいます。あの紫と緑と金の色合いが好きなんです。伊万里焼も好きです。そうはいっても、あまり日本の器については知らないので、もっと日本を旅行できるようになったら、いろいろな窯を訪ねてみたいと思っています。
コロナ禍の前は、毎年夏のひと月から6週間くらいは日本で過ごしていました。最後に日本に行ってから3年以上も経っていて、日本が恋しいです。もうすぐ〔23年5月〕日本に行くことがとても楽しみです。いま書いている「物理学者の心」という小説の取材で、スーパーカミオカンデに行ってみたいです。

――『こんばんは、太陽の塔』でも、前作『バイバイ、バッグレディ』でも、マジックリアルの手法が印象的です。影響を受けた作家は?

誰でもそう答えるかもしれませんが、村上春樹。彼が描くマジックの世界に影響されました。
あとは、安部公房。あまり、カタカナの名前は挙げたくないですが、ガルシア・マルケス。大学の頃に吉本ばななを読んで、平易な言葉を使って印象に残るお話が書かれていて、こういう書き方が許されるのなら、私も日本語で小説が書けるかもしれない、と感じました。

過去の痛みから解放されたときに訪れる、驚きや美しい気持ちを伝えたかった

――最後に、読者のみなさんにメッセージを。

漫画『ワンピース』に「ラブーン」というクジラのキャラクターが登場します。ある海賊団に飼われていたのに、あるとき置き去りになり、何十年もひとりにされてします。ラブーンは哀しくて、岩に頭を打ちつけ続けて傷だらけです。そこにルフィが来て、自分が戻ってきて対決する時まで、頭をぶつけないでいると約束させる。ラブーンの気持ちがよくわかって感動しました。
過去に傷を受けたことがある人が大人になって、その痛みから突然解放されたときに訪れる、驚きや美しい気持ちを、この小説では伝えたかったんです。長年抱えていて、それから解放されたときに素晴らしい気持ちになる、そんな問題が誰にでもひとつぐらいはあると思います。私自身も、自分が抱えていた痛みから解放されたことにやっと気づいて、その気持ちでこの小説を書いたんです。

PROFILE
1968年、アメリカ・ミネソタ州生まれ。カールトン大学で日本語を学び、4年生時に南山大学に留学。ウィスコンシン大学で日本文学博士号を取得。日本で英語教師の経験もある。現在、ミネソタ大学講師。本作が『ばいばい、バッグレディ』に次ぐ第2作にあたる。