注目!新感覚のインクルーシブ遊具って何?

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幼稚園や小学校、公園などで子どもたちが楽しく遊ぶ遊具。近頃はD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の観点から、障がいの有無を問わずみんなが遊べるもの、いわゆるインクルーシブ遊具を作ろうという動きが活発になっている。中でも、幼児保育の教材教具などの企画・製造・販売を中心に行うジャクエツが2022年に発売開始した遊具シリーズ「RESILIENCE PLAYGROUND(レジリエンス プレイグラウンド)」は、従来の遊具とは一線を画したものとして注目の的だ。どこがどう違うのか。開発担当者に伺った。

障がいがあるために、遊びの場から排除されている子どもたち

インクルーシブ遊具「RESILIENCE PLAYGROUND」は、地域医療を専門とする医師・紅谷浩之氏の監修のもとに開発された。紅谷氏は、医療ケア児の暮らしや生活をサポートする「オレンジキッズケアラボ」の代表理事も務めており、開発にはその豊富な経験も活かされている。第1弾として発表されたのは、トランポリン遊具“YURAGI(ゆらぎ)”とブランコ遊具“KOMORI(こもり)”、そしてスプリング遊具“UKABI(うかび)”の3種類。以下に、どんなものか紹介しよう。

YURAGIYURAGI/真ん中に穴が空いたドーナッツ型の形状で、ひとりの子どもの揺れが、その隣の子どもに連鎖し、揺れのつながりが生まれる構造になっている。内と外から大人がケアしやすく、高さも低いため、見守る場所としての役割も果たす。バランス感覚を養う起伏とぐるぐる遊び続けられる循環構造により、身体の感覚が養われるKOMORIKOMORI/視界をできるだけ狭めた「こもり空間」をつくることで、ブランコ本来の揺れ感覚を楽しむことができる遊具。球型の形状なので背中がぴったりと座面について安定した姿勢がとれ、身体が自由に動かせない子も遊ぶことができる。誰かに揺らしてもらうことにより親しい関係性が生まれるといった効果も期待できる。球体の中で、音の反響も楽しめる
UKABIUKABI/前後の大きさが違う浮き輪形状で、身体の個性にあわせてちょうどいい乗り方ができる。体勢を変えたり、手を動かしたり、ちょっとした身体の動きで揺れが生まれるため、身体を自由に動かせない子でも、自分で揺れを生み出し、遊ぶことができる。座面の外側は大きく丸みがついていて、揺れている時に当たってしまっても、角がなくケガにつながりにくい

これらの遊具の動き、遊び方を見て、どんなことを感じるだろうか。ヒントはシリーズ名のRESILIENCEにある。RESILIENCEとは「自然に戻ろうとする力」のこと。障がいがあろうがなかろうが、子どもたちは良い方向に落ち着こうとする力を持っている。大人の目線で障がいがあることを不便とか可哀想などと思うのではなく、持って生まれたRESILIENCEをみんなが一緒に発揮できるようにする。そのための遊具が、「RESILIENCE PLAYGROUND」なのだ。これは、どのようにして生み出されたのだろうか。株式会社ジャクエツ スペースデザイン開発課の田嶋宏行氏は次のように語る。

「きっかけは2020年頃、社外のデザインプロジェクトに参加して“医療×遊具”というテーマで研究を行ったことです。フィールドワークを通して“医療的ケア児”と呼ばれる子どもたちと出会ったんですが、彼らが“あそび”からとても遠いところにいるということに気づかされました。私は遊び場や遊具のデザイナーですので、そういう子どもたちの遊び環境を取り戻してあげるにはどうしたらいいんだろうと考え始めることになりました」

障がいのある子どもが“あそび”から遠いとはどういうことだろうか。たとえば、障がいによって自力で姿勢を安定させるのが難しい子には、既存のブランコやジャングルジムは「遊べない」遊具ということになる。その結果、遊び場から「排除」され、家から出る機会が失われて孤立してしまう。

「さらに、家から出られない子どもたちは同世代の子たちの遊んでいる様子を見る機会が減るため、発達が遅れてしまったり、遊びやチャレンジする機会を奪われて笑顔が減ってしまったりするそうです。そこで、公園などの遊びのコミュニティにインクルーシブ遊具が設置されれば、遊具を媒介としてみんなが一緒に遊ぶことができるようになり、彼らの発達や表情の豊かさに大きな影響を与えるのではないかと考えました」

医療的ケア児が、“あそび”から遠ざかることは、こういったさまざまな社会課題をはらむのだ。田嶋氏は、インクルーシブな遊び環境を作ること、そして、障がいの有無にかかわらず誰もが自分らしく個性を伸ばすことができる遊具を開発しようと思い立つ。

どんな子どもたちの間にも分断のない環境を作る

ジャクエツは、1916年創業の歴史ある遊具・教材メーカーだ。幼稚園の経営から始まった事業は、遊具・教材の企画・製造にとどまらず、幼児教育のノウハウを活かした魅力的な街づくりやコンサルティングまで幅広い。田嶋氏のインクルーシブな遊具を作りたいという声に対して、会社はどのような対応をしたのだろうか。

「社内では、社会的な意義のあるインクルーシブ遊具にとても共感してくれる人がいる一方で、諸手を挙げて賛成とは言えないという意見もありました。たとえば、チューブをつけているような障がいの重い子どもの場合、遊具を使ったらチューブが外れてしまう可能性もあるのではないかと。それほど重度の障がいではない子を対象に、たとえば遊びに集中できない子でも遊べる遊具とか、そのぐらいにとどめておいた方が良いのではないかという人もいました」

田嶋さんほか3名のインクルーシブ遊具の開発チームは、そんなネガティブな意見にも怯むことなく、仮説を立てて検証し、実際に医療的ケア児はもちろん、健常者の子どもたちにも試してもらうことを繰り返していく。

「“インクルーシブ遊具”という単語で検索すると、“車いすの子用のブランコ”“気持ちが高ぶりやすい子のためのハウス遊具”などさまざまな遊具がでてきます。障がいの種類もいろいろで、軽度・重度と幅が広い。当初は車いすに特化したアプローチを検討していたんですが、そうすると他の障がいが漏れてしまう。リサーチを重ねた結果、“障がいの一番重い子”を研究することですべての障がいにアプローチできる遊具が生まれ、インクルーシブが実現できるのではないかという仮説に至りました」

障がいの種類・程度により、遊べる子遊べない子がいることがないようにといった配慮も重要だが、障がいのある子どもと、障がいのないいわゆる健常者の子どもの間で分断が起きないようにすることも、田嶋さんチームの課題だった。

「健常の子にとってもインクルーシブ遊具のある環境は非常に重要なんです。自分とは違う子どもから様々な刺激を受け、多様な人と関わりを持つ機会ですから。また、一口に健常と言っても発達や感覚は様々で、ブランコの大きな揺れが怖くて乗れない子どももいます。でも、KOMORIのように身体を安定できる場所で小さな揺れ感覚を楽しめる遊具と出会えれば、苦手だったブランコを少しずつ克服できていくような未来が見えてくるのではないでしょうか」

子どもたちの可能性を狭めているのは大人の先入観

インクルーシブ遊具を作ろうとして集まったプロジェクトチームは、医療ケア児のサポート施設に日参し、さまざまな障がいのある子どもと接しながら試行錯誤を重ねていくのだが、みんなにとって楽しい、誰ひとり排除しない遊具の開発は簡単ではなかった。

「今、手がけている遊具は3種類ですが、それぞれ開発の進め方、アプローチは異なります。遊具メーカーとしては、いろいろな機能が複数集まっている方が子どもたちは楽しいだろうと考えますよね。僕も、このプロジェクトを始める以前はそう思っていたんですが、実際には違いました。感覚が過敏な子どもにとってブランコは、揺れる感覚、景色の大きな変化、手に持つ鎖の冷たさが排除のきっかけになってしまうんです。ブランコでは遊べない。ですから、ブランコ遊具“KOMORI”の場合は、感覚を過度に刺激しないようなブランコ、素材は何かと考え、発泡スチロールで型を作って、子どもたちを乗せて揺らしてみたらどうなるか。検証してプロトタイプを作り……と試行錯誤の日々でした」

トランポリン遊具YURAGIは、寝たきりの子どもが健常の子どもと遊びの場を共有するにはどうしたらいいのだろうかと考えた末に生まれた。ドーナッツ型の輪に乗った健常の子どもがそこで跳ねると、傍にいる寝たきりの子どもにその振動が伝わって遊び環境が交わるのだ。

浮き輪の形状のUKABIは、またぐことのできない子どもを排除しがちなスプリング型遊具をインクルーシブにする目的で生まれた。ヒントになったのは、“いつかこの子と海で遊ぶのが夢だ”と語ったある母親の言葉だったのだそう。仮説にたどり着いてから、ケアの現場をリサーチし、遊具はどんなサイズ感、素材が良いのか、自らの感覚で体験してみたり、紙のモデルを作って子どもたちに試してもらったり。その中で気づかされることも多かったと語る。

「KOMORIの発泡スチロールモデルを持って施設に行き、子どもたちを乗せて大人二人がかりで揺らしていると、あるお子さんがゲラゲラ笑っていたんです。自分が揺らされているのが本当に楽しいらしくて。“こんなに喜んでくれるなんて”と周囲の人が驚くほどでした」

みんなが楽しく遊べるインクルーシブ遊具を開発する過程の試行錯誤で、プロジェクトチームが驚かされたのは、一度や二度ではない。スプリング遊具UKABIの検証では、健常児は脚をバタバタさせてスプリング感を楽しむ一方、重度の障がいがある子どもたちは、UKABIの上をくるくる回って小さな振動を感じてみたり、トントンとたたきながら音を楽しむなど、自分なりの楽しみ方を見つけていた。回ったり、叩いて音を出したりするなどの遊び方は全く想定しておらず、障がいのある子どもたちは自由に遊べないと思っていたのは、単に大人の勝手な先入観であったことを思い知らされたのだそう。

「私たちは、医療的ケア児と健常の子どもたちが混ざり合って遊んでもらうために、こういう風にしたら良いのではないかといろいろ考えて、理想を形にしていくんですが、遊具ですから安全面を考慮しなければいけません。施設に持って行き実際に試してもらうと構造的な課題が出てきたり、理想と現実を上手く折衷していくのに苦労しました」

そう語ってくれたのはUKABIを担当した郄津友美氏。ともに開発に当たった堂脇由香梨氏とは、公園に行って紙の模型を使って試してみるなど、実際に使用する側の目線を重視して試作を繰り返した。

「医療的ケア児については、こんなことはできるけれど、ここまではできないだろう……というようなイメージがあったんですが、実際に施設に行ってみると驚かされることがたくさんありました。大人が思いも寄らないような遊び方をする子どもたちがいて、学ぶことが多かったです。私たちが今まで作ってきた遊具と違って、医療的ケア児が安心して遊べる、ちょっとした自分の動きが体全体で体感できるような遊具を開発するのは大変ではあったのですが、やりがいに繋がりました」(堂脇氏)

みんなが当たり前に一緒に遊べて繋がっていけるような習慣・場所作りを

さまざまな試行錯誤を経て生まれたジャクエツの「RESILIENCE PLAYGROUND」シリーズ。周囲の反応はどうだったのだろうか。

「医療的ケア児のいる幼稚園や保育園では、もちろん子どもたちを楽しく遊ばせたいと考えていたわけですけれども、今まではどうしていいかわからなくて、DIYで遊具を作ったり、人の力で何とかしていたんです。そんな中、我々が新しい提案をしたことによって、こんな形、こんなあり方があったんだとすごく喜んでもらえました」(田嶋氏)

「RESILIENCE PLAYGROUND」シリーズは、障がいがある子どもたちが、たとえば車いすに乗ったまま遊べるようにするなど、大人がサポートして遊べる環境を整えることを目指しているのではない。遊具で遊びたいけれども遊べない子どもを遊び場に取り戻し、すべての子どもたちの遊びの媒介となるような遊具のあり方を着地点としている。

「僕個人としての考え方なのですが、こういう遊具のあり方が広まっていけば、全国に2万人ほどいると言われる医療ケア児が幼稚園や公園に出て行くことができる。排除されていた子どもたちが遊び環境を取り戻すことができれば、多様な子どもたちが地域で自由に遊ぶことになり、その土地の豊かさにつながり、多様な文化が生まれるんじゃないでしょうか」(田嶋氏)

さまざまな試行錯誤を繰り返し、学びも多かったという開発チームの3人。左から田嶋氏、(ひとりおいて)郄津氏、堂脇氏

遊具の置かれた場から多様な文化が生まれる。そのためには、遊具を増やしていくなどといった空間的な課題はもちろんだが、どういう公園や幼稚園のあり方が良いのか。どんな子どもたちも安全に遊べるためのシステム作りも重要だと、田嶋氏は語った。ジャクエツが目指すのは、単なる遊具作りに留まらない。田嶋氏、そして郄津氏、堂脇氏も視線はさらに未来へ向かう。

「医療的ケア児のために作った遊具が、健常の子どもたちにとって楽しくないものではよくないと思っています。みんなが当たり前に一緒に遊べて、遊具を通じて繋がっていけるような習慣作り、場所作りをしていきたいです」(堂脇氏)

「弊社は、外で遊ぶ遊具のほかにも、室内で遊べる遊具、幼稚園などに絵本コーナーなどを作るための備品など、扱っているものは多岐にわたるので、それらにもインクルーシブの考えを取り入れた展開をしていきたいと思っています」(郄津氏)

「RESILIENCE PLAYGROUND」シリーズの第1弾として生まれたYURAGI、KOMORI、UKABIの3つの遊具が拡げる世界はどんなものになるのか。これからも期待して見つめていきたい。

筆者がジャクエツのインクルーシブ遊具を知ったのは、あるTV番組だった。たった10分にも満たない時間だったが、田嶋さんが出演し、どんな風に遊具を開発しているのかを体を使って説明していた。その番組も、社内で遊具開発に対して懐疑的だった人の気持ちを変えることを後押ししてくれたのだそうだ。私たちは、体が動かせない人には自分がサポートすることだけを考えがちだが、“インクルーシブ”とは、みんなが一緒に楽しむこと。今回の取材では、その原点を忘れてはいけないことを教えられた。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:ジャクエツ