全日本オープンパラ卓球・七野一輝が初優勝! 立位から車いすに転向してパリパラを目指す

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3月25日、26日の2日間、グリーンアリーナ神戸で行われた「全日本オープンパラ卓球選手権大会(肢体の部)」。個人戦・車いす使用の部で新たなチャンピオンとなった七野一輝は、1年前は立位の部で戦う選手だった。新たなカテゴリーで挑戦する七野の奮闘ぶりをレポートする。

パリを目指して車いすで再始動

「立位のときは動きに制限が多かったけれど、車いすになってできることが増えました」

充実した表情でこう語る七野は、今大会の直前に日本代表選手として挑んだスペインオープン、イタリアオープンで優勝。今、最も波に乗るパラ卓球の選手だ。

中2から本格的に卓球を始め、2016年からパラ卓球の国際大会に出場。昨年5月、車いす転向を表明した
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パラリンピックのクラス分けを越え、立位と車いすに分けて“真の日本一”を決める、今回の全日本オープンパラで初優勝を飾り、試合後「ほっとしました」と笑顔をこぼした。

もともと立位(クラス6)の選手だったが、2022年5月から車いすに転向。この3月、転向後初めて国際大会に出場し、国際クラス分けの結果、車いすカテゴリーの中で2番目に障がいが軽い「クラス4」になった。

七野は転向を決めた理由をこう語る。
「以前から右股関節は亜脱臼している状態でしたが、昨年の4月、練習中に転倒した影響で右太ももの肉離れを起こしてしまいました。それ以降、関節がますます外れやすくなってしまい、これから先も立位で戦うのは転倒のリスクもあって厳しいと感じました。いつか車いすに転向することは考えていましたが、このタイミングで気持ちを切り替え、立位ではなく車いすでパラリンピックを目指そうと決意したんです」

かくして七野の新たな挑戦が始まった。

準決勝、決勝は、何度も拳を握って自らを奮い立たせた
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初優勝のかかる今大会では「自分より重いクラスの人には負けてはいけない」と自身を鼓舞し、クラス2〜3の選手と対戦した予選リーグ3戦をすべてストレート勝ち。決勝トーナメントは2勝したあと、同じクラス4の全日本王者・齊藤元希と対戦した。

体格がよく、立位時代と比べて左右の球が拾えるようになった七野に対し、齊藤は「仕掛けられないように、シンプルに突いたり、打ったりして」自分の流れを作り、第1ゲームを奪う。

今大会で初めてゲームを奪われ、七野は動揺しているように見えた。だが、車いすではまだ新人だ。国際大会での連勝は忘れて、目の前の一つひとつの試合と向き合い、戦術を練っていく。

「車いすになって目線が下がり、しばらくの間、やりづらさはありました。プレースタイルは変えておらず、それが正しいのかまだわかりませんが、ベンチのコーチから意見をもらいながらプレーしています」

ゲーム間に中学2年のときから練習を共にしている山岸護トレーナーと話し合い、球を徹底的にバックに集める作戦で第2ゲームを取ると、その勢いを駆って決勝に進出した。

コーチも務める山岸トレーナーとパチリ
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迎えた決勝の相手・土井健太郎は昨年11月、パラリンピック同様のクラス別で戦う「国際クラス別パラ卓球選手権大会」決勝で日本一を争ったライバルだ(編集注:七野は車いす転向後の国内大会はクラス5で出場していたが、今年3月の国際クラス分けでクラス4の判定を受けたため、現在はクラス4で戦う)。

全日本では七野が勝利している。だが、鮮烈な優勝を飾った全日本で「『勝ったのはまぐれだよね』と言われないためにも、今大会で優勝することが目標だった」。この試合でも自らにプレッシャーを課して戦った七野は、3-1で勝利。両手でガッツポーズをして喜びを表した。

2位の土井(左)、3位の齊藤(右から2人目)、吉田(右)と写真に納まる
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弱点のない卓球選手に

立位時代は、左手に持ったクラッチ(杖)で体を支えながらプレーしていた。立位の中でもっとも障がいの重いクラス6の選手の中で、二分脊椎症による両下肢機能障がいがある七野は、フットワークが思うようにできない葛藤があった。障がい故、フォア側やネット際を狙われた。当時は、弱みを突かれない戦い方を研究して磨くしか勝つ術がなかった。

車いすになり、これまで届かなかった右側の球も体を倒して取ることができるようになり、卓球台から少し離れて打つこともできるようになった。サーブにしても、これまではラケットを持つ手でトスを上げていたが、クラッチを持っていた左手が空いたことで左手でのトスが可能になり、サーブのパターンを増やすことも可能になった。

競技用車いすも足の高さを調整するなどして試行錯誤している段階で「できることを少しずつ増やしていけたら」と本人も前向きだ。

元卓球選手で4月から車いす監督に就任する山本恒安氏は、七野のプレーを見て「フォアハンドとバックハンドの使い方、ボディワークも含めてすごくバランスがいい。今日の試合では、サーブが豊富にあると感じた。今後楽しみな選手のひとり」と語っており、パリ2024パラリンピック出場に向けて期待がかかる。

今大会では団体戦も制し、2冠を達成した
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目標とするパリパラリンピックに向けて「弱点のない選手になりたい」と七野は言う。それは、2021年6月、東京パラリンピック最終予選の決勝で敗れて、夢だった自国開催への出場切符を逃した悔しさからくるものだ。「突出して強いところを作ることも大事だけれど、あの試合では障がいの弱みを突かれた。他を完璧にしても穴があると負けてしまうので、どこを突かれてもいい球を返せるような選手を目指し、オリジナルのスタイルを追求していきたいです」

不可能を可能にする「車いす」に乗りかえ、再びラケットを握った七野。一輝というその名の通り、パリで一番輝く選手になるに違いない。

text by Asuka Senaga
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