なぜ、日本ではここまで100円コーヒーのレベルが高いのでしょうか(写真:kash*/PIXTA)

コンビニやファストフードチェーンで淹れたてのプレミアムコーヒーが100円台の低価格で飲めるのは、日本独自の光景だ。海外ではそれなりのコーヒーは専門店でしか出されないし、プレミアムコーヒーに使われる豆の原価などを考えると、実はそれほど割のいいビジネスモデルでもない。

ではなぜ、日本ではここまで100円コーヒーが浸透しているのか。その裏側を、バリスタ世界チャンピオンでありコーヒーコンサルタントとして活動する井崎英典氏の新刊『世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー』から抜粋して紹介する。ちなみに井崎氏は、マクドナルドのプレミアムローストコーヒー(2023年のリニューアル前)にも関わったことのある、まさに当事者だ。

日本の100円コーヒーは「ありえないレベル」

いまやコンビニでコーヒーを買うのが当たり前の日本。日本全国におよそ5万7000店あるコンビニで、手軽に美味しいコーヒーを買うことができるようになっています。

コンビニコーヒーの流行を牽引したのは業界トップのセブン-イレブンでした。2013年1月、コンビニ業界で初めて、100円のプレミアムコーヒーを提供し始めたのが「セブンカフェ」です。100円でこんなに美味しいコーヒーが飲めるのかと驚いた人も多かったでしょう。

実際、日本のコンビニコーヒーのクオリティは、バリスタの私から見ても素晴らしいです。100円で提供できるなんてありえないレベルです。海外にも安いコーヒーはありますがクオリティが違います。美味しいプレミアムコーヒーがこの安さというのは見たことがありません。

だから海外からコーヒーの関係者が日本に来たときは、私は必ずコンビニに連れていきます。すると、たいてい「勘弁してよ、ヒデ。こんなところでコーヒー飲みたくないよ」と一度は拒否されます。「いいから飲んでみて」。さらにすすめると、しぶしぶ口にして目を見開きます。

「何これ、美味しい! こんなに安く提供する日本ってすごいね!」

そんなふうに必ず驚いてもらえます。これが、井崎流・日本のおもてなしです。

日本ではすっかり当たり前になってしまった100円コーヒーですが、世界からすると全然当たり前ではないのです。

いまではお忘れの方も多いですが、100円プレミアムコーヒーの先駆者は、日本マクドナルドです。2008年に100円で飲める本格コーヒーを提供し始め、大人気になりました。それまでより高品質のコーヒー豆を使用し、全店に専用のコーヒーメーカーを置き、大々的に宣伝したのです。これにより発売初年度は前年比3割増の2億6000万杯を売り上げたといいます。

私もコーヒーのプロたちと一緒に飲みに行きましたが、「これはやばい」と衝撃が走ったのを覚えています。

しかし、その後、日本マクドナルドは期限切れの鶏肉や食品への異物混入などのトラブルがあり、信用は失墜。そこへセブン-イレブンの「100円コーヒー」が登場し、完全に100円プレミアムコーヒーの市場は塗り替えられてしまいました。以降、100円コーヒーといえばセブン、というイメージが根付きます。

マクドナルドのコーヒーは何が違うのか?

危機に陥った日本マクドナルドでしたが、地道に信頼を回復するための手を打ち続け、2016年頃には業績も回復。再びコーヒーの品質改善に取り組みたいということで、ありがたいことに私に声がかかりました。

私がコンサルティングをする際は、まず現場に張りついてこの目で見ることから始めます。お客さんがどういうふうにコーヒーを飲んでいるか観察するところからスタートするのです。

マクドナルドの場合、現場を見る前は、お客さんはコーヒーを単体で飲むか、アップルパイなどの甘いものとペアリングして飲むかの2パターンが多いのではないかと思っていました。

ところが違いました。一番多いのはセットメニューでコーヒーを選ぶケースだったのです。マックでコーヒーを楽しむ人からすれば当たり前のことかもしれませんが、コーヒーの常識からはなかなか考えられないコンビネーションです。ということは、ハンバーガーやポテトを食べながら同時に楽しめるコーヒーにする必要があります。

次に多いのが、これは予想どおりですが、コーヒー単体でゆっくり過ごすお客さんでした。本を読むなどして比較的長い時間滞在しています。

これはコンビニコーヒーとはまったく違うところです。よって、味の設計はコンビニコーヒーと違うものになるはずです。時間が経っても味の変化が少なく、冷めても美味しいコーヒーであることが重要になります。

何度も言ってきたように、味は主観的なものです。好みによって選択が変わるため、基本的には「どれが一番美味しいか」というのは難しい問題です。

もし私がマクドナルドの100円コーヒーを監修した際、手を抜いて、マクドナルド側の試作品をその場で飲んで「一番美味しいコーヒー」を決めていたらどうなっていたでしょうか。おそらく、その「一番美味しいコーヒー」は「井崎英典にとって一番美味しいコーヒー」でしかなく、「マクドナルドユーザーが求めているコーヒー」ではなかったでしょう。

マクドナルドやコンビニチェーン各社のコーヒーの違いを比較して、優劣をつけているインフルエンサーなどもいますが、私に言わせればナンセンスです。それぞれの客層や企業側の狙いに合わせた、それぞれのバリューがあるのです。

マクドナルドの場合は、ハンバーガーとポテトに合い、冷めても比較的味が落ちないコーヒーが必要でした。詳しくは伏せますが、さらにほかにも重視すべきバリューを洗い出して、開発は進みました。

結果的に、マクドナルドのコーヒーは劇的に変わりました。100円プレミアムコーヒーのシェアを大きく奪い返し、成功したのです。

コンビニコーヒーとマクドナルドのコーヒー、どちらが美味しいかということではなく、それぞれに合ったコーヒーがあり、きちんと価値を出せれば結果がついてくるのです。

もちろん、突き抜けたセンスがヒットを飛ばすこともあるでしょうが、基本的には、あらゆる商品・サービスの開発は、市場研究から入るべき、というのがビジネスの前提となる考え方です。

ヒットには理由があり、その理由を事前に仮説として立てるのがあるべき筋道です。

なぜ100円でプレミアムコーヒーが提供できるのか?

ところで、高品質のプレミアムコーヒーをたった100円ほどで提供できるのはなぜでしょうか。

高品質のコーヒー豆を使えば原価率が上昇し、利益が出ないのが普通です。

しかし、コンビニにとって美味しいコーヒーは(言い方は悪いかもしれませんが)撒き餌のようなもの。身近なコンビニで手軽に美味しいコーヒーが飲めるなら、お客さんはやってきます。そして、コーヒーと一緒にサンドイッチを買う。お弁当を買う。デザートを買う。ついでにいろいろ買うでしょう。コーヒー目当てで足を運んでもらえればいいのです。つまり、コーヒーは「販売促進費」と考えることができます。

撒き餌に徹するなら、下手にコストカットに手を出して味を落としてはいけません。本当に美味しいコーヒーである必要があります。そうでなければお客さんは寄ってきてくれません。ですからコンビニ各社は努力して美味しさを追求しています。パッケージデザインやマシンなど見せ方も含めてブランドを作り、「〇〇のコーヒーは美味しい」というイメージを作り上げています。

ファストフード店もそうです。コーヒー単体で利益が出なくとも、セットでハンバーガーを買ってもらえたらいいのです。「美味しいコーヒーが飲めるから行こう」と思ってもらえるよう、品質を高める努力をしています。

100円プレミアムコーヒーの弊害とは?

ここまで見てきたように、日本はさまざまな企業が努力を続け、驚異的な安さで美味しいコーヒーが飲める国です。

これは消費者にとっては嬉しい話であると同時に、弊害もあると思っています。

日本企業の努力が残した正の遺産は、言うまでもなく、コモディティコーヒー全体の品質が上がったということです。

100円コーヒーがこんなに美味しいのですから、「安かろうまずかろう」では売れません。スタンダードのレベルが高くなったのはいいことでしょう。消費者も本当に美味しいコーヒーの味を覚え、それがスペシャルティコーヒーや家で淹れるドリップコーヒーといった、コーヒーの奥深い世界への懸け橋になっているのも事実です。

一方で、「いいものを安く作る」精神が強く、「いいものが高く売れない」という弊害もあります。

高価格なスペシャルティコーヒーを、安価で出す店もあります。数百円で、1日数百杯販売して売り上げを立てています。スペシャルティコーヒーを身近にするために必要なアプローチだとは理解できますが、私は、真逆のアプローチがあってよいと思います。

「高品質なコーヒーをできる限り安く提供すること」だけが正しいとはどうしても思えません。たとえば、ミシュランの星付きシェフが高級材料で作った料理を、紙皿で食べたいですか? いかに安くとも、それでは台無しだと思う人が多いのではないでしょうか。何かの記念日に三つ星レストランに行くとして、それは料理の味だけを求めているわけではないはずです。空間、雰囲気、食器などを含め総合的な体験として楽しみますよね。

それにミシュラン三つ星レストランが安売りをしていれば利益率は下がっていき、シェフの鍛錬やよりよい素材の探究に充てる資金もなくなってしまいます。結果、前より味は落ちるか、低い利益率で我慢を続けるほかありません。

生きるための飲み食いは別ですが、サービス業としての飲食の本質は体験の提供ではないでしょうか。スペシャルな体験を提供するために、相応の価格をつけるのが本当です。そうでなければ、お客さんも提供者側も豊かになれないのです。

スペシャルティコーヒーとコモディティコーヒーは、別のものです。そもそも、スペシャルティコーヒーは、大量生産・大量消費のカウンターカルチャーとして出てきているのです。コモディティコーヒーのビジネスモデルに追従するのではなく、高付加価値のビジネスモデルから学ぶ必要があると思います。

そう考えると、スペシャルティコーヒーを500円や600円で提供することには、賛同できません。100円コーヒーと同じ土俵に乗ったら、当然、比較されます。スペシャルティコーヒーは確かに品質がいいし、美味しいでしょう。しかし、100円コーヒーがすでに充分美味しいのです。果たして、その5倍や6倍美味しいと言えるでしょうか?

判断が難しいと言わざるをえません。そうではなく、付加価値を設けてスペシャルティコーヒーの土俵でやっていかなければ、薄利多売の相当厳しい世界になるはずです。

100円のものもあれば、1万円のものもあっていい

そもそも、コーヒーを含め嗜好品は価格の幅があってしかるべきです。100円のものもあれば、1万円のものもあっていいのです。ワインだって、1本が数百円のものから数百万円、数千万円の超高級ワインまでありますよね。


日本は、高付加価値の高額商品が浸透しにくいのが難しいところです。消費者が「コスパ」を重視しすぎると、精神的にも物質的にも豊かさから遠のくのではないかと考えます。コーヒーの本質的な価値は「精神の解放」だと思っている私は、コスパというキーワードにせっかくのコーヒーがからめ捕られてしまうことに歯がゆい気持ちになります。

成功しているビジネスは付加価値の創造がうまいのです。ブランド化による単価アップと言ってもいいでしょう。

たとえば、アップルのiPodはソニーのウォークマンに出遅れながらも、魅せ方を工夫してシェアを奪いました。iPhoneは電話器に、思いもかけなかった「インターネット」という付加価値をつけることで、市場の構造そのものを変えました。

コーヒーはもちろん、飲食業を中心に、インバウンドが増えるこれからはますます、日本企業も、もっと値付けに大胆である必要があると思います。

(井崎 英典 : 第15代ワールド・バリスタ・チャンピオン、QAHWA代表取締役社長)