量子コンピュータが使える「量子計算クラウドサービス」を理研が無償提供開始 国産超伝導量子コンピュータ初号機を公開 大阪大学や富士通、NTTなどと協力

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理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターは、大阪大学や富士通、NTTなどと協力して、量子コンピュータをクラウド利用できるサービスの提供を開始した。量子計算などの研究開発の推進・発展を目的とし、「非商用利用」であれば、いずれの研究・技術者でも無償で利用できる。ただし、当面は「理研との共同研究契約を通じて利用手続きを行った上」での利用に限定し、今後、研究開発を進めた上で利用可能なユーザー範囲を拡大していく考えだ。

64量子ビット超伝導量子コンピュータの中身と配線。実際には希釈冷凍機内に納められる。サービス提供に伴い、2023年3月27日に報道関係者向けに説明会を開催した。

使用する量子コンピュータは、超伝導方式によるもので、国産量子コンピュータ初号機となる。インターネットを介して外部利用できるクラウドサービスとして「研究開発段階における国内の量子情報の研究に関わる人材育成だけでなく、人材の受け皿となる、情報技術分野を基幹とした国内産業の発展ももたらすことが期待できる」としている。

量子コンピュータの活用が期待されている分野開発チームは、理化学研究所、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、大阪大学、富士通、日本電信電話(NTT)で、連盟での発表となる。今回のクラウドサービス提供には大阪大学と理研が中心となり、量子コンピュータのハードウェアは主に理研と富士通、ソフトウェアはNTTと開発連携した。

●「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」
今回公開した超伝導量子コンピュータは、量子ビットを64個並べた64量子ビットの集積回路が用いられる。コヒーレンス時間はT1で10〜20μs。本装置には「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」という二つの特徴がある。

理研で開発している超伝導量子コンピュータ、右は量子コンピュータを入れて、ほぼ絶対零度で稼働させるための希釈冷凍機
●2次元集積回路
2次元集積回路の上では、正方形に並べられた4個の量子ビットが、それぞれ隣り合う量子ビットをつなぐ「量子ビット間結合」で接続される。また、正方形の中に「読み出し共振器」、「多重読み出し用フィルタ回路」などが配置されている。

64量子ビットチップの外観写真
ユニットセルの構造この4量子ビットからなる基本ユニットを2次元に並べることにより、量子ビット集積回路を作ることができる。今回の64量子ビット集積回路は、16個の機能単位から構成され、2cm角のシリコンチップ上に形成されている(下の写真)。

量子計算を行う64量子ビット2次元集積回路チップ。4量子ビットからなる基本ユニットを16個並べた設計で、超伝導体である窒化チタン膜により金色に輝く。
4つの量子ビットからなる基本ユニット
4つの量子ビットからなる基本ユニットの模式図(上)。正方形四隅に量子ビットが並び、中央に読み出し回路を配置している。下は量子ビットを構成する「ジョセフソン接合部分」の電子顕微鏡写真。
●垂直配線パッケージ
研究の過程で、個々の量子ビットに対する制御や読み出し用の配線の取り回しにも工夫が必要となった。量子ビットと同じ平面上で配線を行う場合、チップ内に並ぶ量子ビットの数に対して、配線を外部へ取り出すための辺の長さが不足してしまうためだ。そこで、2次元平面に配置された量子ビットへの配線をチップに対して垂直に結合させる「垂直配線パッケージ方式」を採用した。さらに量子ビット集積回路チップへの配線を一括で接続できる配線パッケージも開発した。

垂直配線パッケージ、垂直配線の概念図。量子ビットに対する制御・読み出し用配線が「信号用コンタクトプローブ」を介してチップに対して垂直に接続される(イラストの下から上に接続される)。この配線を通してマイクロ波信号の送受信が行われる。
上部に乗っているチップに対して制御・読み出し用配線が下から垂直に接続されている図
量子ビット集積回路チップが装着された配線パッケージ。チップの上に蓋を被せて完成
これらの特徴的な「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」は、容易に量子ビット数を増やすことを可能にする高い拡張性を備えたシステム構成となっている。これにより、今後の大規模化に際しても基本設計を変えることなく対応することが期待できる。現時点では性能的には海外勢の量子コンピュータに肩を並べたスタート地点だが、今後、精度を高め、容易な拡張性を活かして、性能を大幅に向上することも期待できる。

64ビット超電導量子コンピュータの構成。これを大型の希釈冷凍機の中に収納する
運用時にはチップ周辺を約10mK(約-273℃)まで冷却する必要があるため、全体を真空断熱容器の内部に収め、希釈冷凍機で冷却する。

(参考)現在は64ビット中、53ビットで動作:
説明会では、検査した結果、64量子ビット中、11ビットがなんらかの理由で動作していないことが確認されていて、実質的には53ビットで動作しているという。今後は、この課題を解決していく予定。

●理研とNTT共同でソフトウェアを開発
量子ビットを制御するための信号には、マイクロ波の周波数(8〜9GHz)で振動する電圧パルスが用いられる。しかし、量子ビットごとに異なる周波数のマイクロ波が必要となるため、共同研究グループは高精度で位相の安定したマイクロ波パルス生成が可能な制御装置と、これを用いて量子ビットを制御するソフトウェアを開発した。これを量子コンピュータと接続することで性能を発揮する。

マイクロ波信号の発振器や受信機で構成された「量子ビット制御装置」。今回の64量子ビット量子コンピュータでは、制御と読み出しのために入力配線96本(下図)・出力配線16本を用いて量子計算を行う。
●理研からクラウドサービスで提供
今回、理研はこの超伝導量子コンピュータをどこからでも利用できるよう「量子計算クラウドサービス」として提供する。量子計算などの研究開発の推進・発展を目的とした非商用利用であれば、いずれの研究・技術者でも利用申請が可能だ。ただし当面は、理研との共同研究契約を通じて利用手続きを行った上での利用に限定する。ユーザは理研外のクラウドサーバーに接続することで、超伝導量子コンピュータへのジョブ送信や計算結果の受信を行うことが可能となり、共同研究の目的に合致した用途であれば、超伝導量子コンピュータを利用することができる。

●今後の展開
サービス提供をローンチした後も、この量子コンピュータの精度や性能の向上に関する研究を続け、運用の利便性も向上して、更に活用範囲を広げるサービス提供をめざす。社会実装に向けては令和5年度にRQC-富士通連携センターにおいても実機を公開する予定だ。また、「富岳」などのスーパーコンピュータやHPCと、量子コンピュータの得意分野を連携させることで、より高度な演算領域に拡大させたい考えだ。

【共同研究グループ】:
(敬称略)理化学研究所 量子コンピュータ研究センターセンター長       中村泰信 (ナカムラ・ヤスノブ)(超伝導量子エレクトロニクス研究チーム チームリーダー)副センター長      萬 伸一 (ヨロズ・シンイチ)超伝導量子エレクトロニクス研究チーム 研究員         玉手修平 (タマテ・シュウヘイ) 上級テクニカルスタッフ 楠山幸一 (クスヤマ・コウイチ)超伝導量子エレクトロニクス連携研究ユニット ユニットリーダー    阿部英介 (アベ・エイスケ)超伝導量子計算システム研究ユニット ユニットリーダー    田渕 豊 (タブチ・ユタカ)

左から阿部英介氏、中村泰信氏、田渕豊氏


産業技術総合研究所 デバイス技術研究部門 3D集積システムグループ 研究グループ長     菊地克弥 (キクチ・カツヤ)
情報通信研究機構 未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター超伝導ICT研究室室長          寺井弘高 (テライ・ヒロタカ)研究技術員       菱田有二 (ヒシダ・ユウジ)
大阪大学 量子情報・量子生命研究センターセンター長・教授    北川勝浩(キタガワ・マサヒロ)(大学院基礎工学研究科 教授)副センター長・教授   藤井啓祐 (フジイ・ケイスケ)(大学院基礎工学研究科 教授、理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 量子計算理論研究チーム チームリーダー)副センター長・准教授  根来 誠 (ネゴロ・マコト)特任准教授       三好健文 (ミヨシ・タケフミ)(株式会社イーツリーズ・ジャパン 取締役)准教授         猿渡俊介 (サルワタリ・シュンスケ)(大学院情報科学研究科 准教授)特任研究員(常勤)   桝本尚之 (マスモト・ナオユキ)
富士通株式会社 富士通研究所 量子研究所所長          佐藤信太郎 (サトウ・シンタロウ)
日本電信電話株式会社 コンピュータ&データサイエンス研究所特別研究員       徳永裕己 (トクナガ・ユウキ)研究員         鈴木泰成 (スズキ・ヤスナリ)