これまで、憲法9条擁護を強調する「平和の党」の顔を強調していた共産党が自衛隊活用論を強調したのはなぜなのか。元外務省主任分析官である佐藤優さんは「ウクライナ戦争勃発後の日本世論を考慮して、自衛隊活用論を強調するようになった。この党の戦争観が機会主義的であることの証左だ」という――。

※本稿は、佐藤優『日本共産党の100年』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■共産党における「対米従属論」

2022年4月15日、日本共産党の志位和夫委員長は、党の歩みを知ることができる党綱領を解説した『新・綱領教室 2020年改訂綱領を踏まえて』という上下巻の本を出版した。『新・綱領教室』の下巻、17ページには「綱領第一二節――『現在、日本社会が必要としている変革』の規定を読む」という項目がある。

そこでは、「1、現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破――日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である」という『綱領』第12節を引用し、「第1の文章は、日本が必要としている変革が、『異常な対米従属』と『大企業・財界の横暴な支配』――私たちが『二つの異常』と呼んでいる支配を打ち破る、民主主義革命だと規定しています」と解説する。

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■日本の独立を勝ち取るべきという姿勢

ここから、共産党における「対米従属論」がいっそう強まっていることがわかる。対米従属論とは、「61年綱領」において日本の地位について「高度に発達した資本主義国でありながら半ば占領された従属国」と位置づけ、日本独占資本の支配と共にこれに反対して日本の独立を勝ち取る「反帝・反独占の人民の民主主義革命」を掲げたものだ。

2003年の第二十三回党大会・第七回中央委員会総会(七中総)では当時の不破議長が「対米従属の根幹」として、「一九五一年に結ばれ、六〇年に改定された日米安保条約――この軍事同盟条約にあります。そして、この従属国家の状態から真の主権独立国家に転換するということが、今日、日本が直面する最大の国民的課題となっています」と報告した。

■当時の日本社会党の左派や新左翼諸党派の批判

共産党のこの認識は、用語を変えながらも基本的に変化していない。これに対して、当時の日本社会党の左派や新左翼諸党派からは、「米国から自立した日本帝国主義の存在を無視する論である」とか、「社会主義革命を永遠の未来へ押しやるための口実である」といった批判がなされてきた。この“社会主義は遠い”という認識は、下巻22ページにはっきり出ている。

民主主義革命から社会主義的変革への移行は、国民多数の意思を決定的な条件とし、そのことを抜きにした自動的過程ではないと表明されました。しかし、こうした「二段階連続革命」論が、当面する民主主義的変革の課題に国民多数を結集するうえで、一つの問題点をはらんでいたことも、事実でした。

2004年の綱領改定では、連続革命的にとられる規定は、すべて削除しました。誤解の余地なく、段階的発展の立場を明瞭にしました。(中略)

「共闘にとりくんだら、いつの間にか、日米安保条約の廃棄や社会主義にまで連れていかれた」ということには、決してしてはならないし、そうしたことには絶対にならない、というのが、わが党の確固たる立場です。
(『新・綱領教室 下』)

最初の一文、「民主主義革命から社会主義的変革への移行は、国民多数の意思を決定的な条件とし、そのことを抜きにした自動的過程ではない」とは裏返せば、「国民多数の意思」がないうちは社会主義革命には連続していかないということだろう。その意味で、社会主義をはるか彼方に置いているのだ。

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■革命政党に生じたねじれ

志位氏のこの見解は、1899年に発表されたドイツの社会主義者ベルンシュタインの論文「社会主義の諸前提と社会民主主義の任務」を想起させる。ベルンシュタインはドイツ社会民主党および第二インターナショナル右派の理論的指導者として活躍した人物だ。この論文はマルクス主義の修正を唱え、議会主義に基づく漸進的な社会主義を主張したことから激しく批判された、修正主義や改良主義の典型になったものである。

ベルンシュタインは「運動がすべてであり、究極目標は無」と述べた。対して、志位氏の解説をごく簡略化して言えば、運動がすべてであり究極目標ははるか彼方にあると言っているに等しいのではないだろうか。無とは言わないまでも、究極目標をはるか彼方に持っていき、改良主義に転換したいと考えているのだろう。そのために、共産主義革命を目的とするはずの革命政党にねじれが生じてしまっている。社会主義革命は資本主義からの断絶であるのに、志位氏は連続性のほうが強いと考えているようだ。これはかつて日本共産党が断罪した構造改革論の立場だ。

■自衛隊活用論をめぐって

『新・綱領教室』のポイントになるのが、下巻66ページで展開される「自衛隊活用の方針」だ。今回の出版意図について、志位氏は会見で「綱領を知ってもらうビッグチャンス。野党共闘でもプラスになる」と語り、「『天皇制廃止』『自衛隊解消』を当面棚上げするなどした2004年の全面改定、中国の覇権主義への批判やジェンダー平等の実現を盛り込んだ20年の一部改定を経たいまの綱領を解説した」と話した(朝日新聞デジタル、2022年4月14日)。

なかでも自衛隊については、「『日本が攻められたら竹やりで戦うのか』との批判に十分答えられず、当面存続を容認して段階的に解消する方針に至った経緯などが記されている」と説明した。これは2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受けての発言だ。志位氏は同年4月7日、「急迫不正の主権侵害に際しては自衛隊を活用する」と「綱領の意図に沿った」発言をしたと朝日新聞の記事は続ける。自衛隊の活用について、産経新聞も次のように伝えている。

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■自衛隊と憲法9条は両立しないが…

共産は綱領を改定した約20年前から自衛隊に関して同様の見解を示してきた。小池晃書記局長は11日の会見で、「(党の主張が最近になって変わったと)言われるのは誤解だ」と述べつつ、「国民に私たちの立場が十分に伝わっていなかったことの反映でもあるのかなと思う。努力しなければならない」とも語った。

とはいえ、党の見解を変えるわけではない。志位氏は会見で「自衛隊と憲法9条は両立しないが、急迫不正の時には国民の命を守ることが政治の責任として問われてくる。当然、そういう時には自衛隊の皆さんに頑張っていただく」と従来の主張を繰り返した。

一方、共産は将来的に他党と樹立を目指す連合政権の対応に関しては、自衛隊を合憲視するとの立場だ。解説本では「自衛隊と共存する時期は、『自衛隊=合憲』の立場をとり、国民多数の合意なしに合憲から違憲への憲法解釈の変更はおこなわない」と明記している(産経ニュース、2022年4月13日)

■「自衛隊を国民の安全のために活用する」と説明した志位氏

志位氏は、「過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する」という第二十二回党大会決定(2000年11月)の決議を引用したあと、「Q&A」形式で次のように説明する。

Q「共産党は自衛隊を廃止するというけれども、もし日本が攻められたらどうするのか」

A「国民の多くが、そういう不安をもっている間は自衛隊をなくしません。万一、日本が攻められたら、自衛隊を含めて対応します」

Q「自衛隊を廃止した後で、日本が攻められたらどうするのか」

A「そういう不安があるうちは、国民多数が『自衛隊をなくそう』とはならないでしょう。ですから自衛隊は存在しており、自衛隊を含めて対応します」
(『新・綱領教室 下』)

志位氏のこの回答からも、社会主義・共産主義革命を成し得るのははるか彼方のことだから、その日が来るまで、自衛隊は永続するということになる。イエス・キリストが再臨(再び地上に現れる)まで教会が続くというキリスト教神学の発想に似ている。

■「反戦・非戦」から「防衛戦争」を是認する党へ

これまで共産党は、憲法9条擁護を強調する「平和の党」の顔を強調していた。しかし、綱領上は以前から「国防の党」の顔も併せ持っていた。それが今回のウクライナ侵攻によって明確になった。共産党は「反戦・非戦」の党から「防衛戦争」を是認する党であることを強調するようになった。現時点において、安全保障政策をめぐっては、共産党が他党と変わらない「普通の党」になったことを意味する。

55年体制を経て、反戦、護憲、非武装を主張する絶対的平和主義の社会党の党勢がなくなり弱まってくると、共産党は社会党が持っていた護憲勢力を取り込もうと、例えば「九条の会」で主導権を握るなど、21世紀に入ってからは「護憲の党」としてあらゆる戦争に反対した。憲法9条は交戦権を認めていないのだから、素直に読めば、防衛戦争の可能性まで含めて制定時においては否定していた。

愛知県岡崎市で見かけた日本共産党の選挙カー(写真=Hustvedt/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■共産党の機会主義的な戦争観

佐藤優『日本共産党の100年』(朝日新聞出版)

社会党が「武力を用いての受動的抵抗権も認めない」という立場をとっていたのに対して、共産党は「中立自衛」で抵抗していく。共産党はそのほうが国民の支持を得られると思ったのだろう。絶対平和主義を唱える社会党が退潮するとともにその場所を占めることを共産党は考えた。すなわち、予見できる未来においては「憲法9条堅持」「反戦の党」「平和の党」を旗印に進もうとした。

そして今回、ウクライナ戦争勃発後の日本世論を考慮して、自衛隊活用論を強調するようになった。この党の戦争観が機会主義的であることの証左だ。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)