AIデマンドタクシー実施に向けた発表会(写真:秩父市)

「最大2万円分のマイナポイントがもらえる」という、マイナポイント第2弾事業の手続きが締め切りとなる2023年2月末、全国各地の市町村役場の窓口にはマイナンバーカード申請を求める人が長い列をつくった。

DX(デジタルトランスフォーメーション)という大きな時代変化を庶民が「私事」として捉えられるのは、こうした機会なのかもしれない。

同じころ、埼玉県の秩父市と隣接する横瀬町(よこぜまち)を訪問し、「住民生活に直結するDXの現実」について、両自治体のDX関連実証実験の担当者や事業者に話を聞いた。

そこから見えてきたのは、「人中心のデータプラットフォーム」だった――。

ドローン物流を実用化した秩父市

秩父市の中心市街地から、国道140号線を西に約20km。かなりくねくねした山道を走り、道の駅「大滝温泉」に着いた。その敷地内には、秩父市大滝振興会館、大滝温泉(遊湯館)、お食事処 郷路館、ファミリーマート、そして大滝歴史民族資料館がある。


道の駅「大滝温泉」(筆者撮影)

大滝歴史民族資料館を見学すると、この周辺はいわゆる奥秩父と呼ばれる中山間地域で、大滝地区はかなり広い面積を持つものの、人口は約550人にとどまることがわかる。なお、秩父市全体の人口は、約6万人だ。

館内にはドローン輸送をする物資も置かれており、「コープやファミリーマート、また(ドラッグストアの)ウエルシアなどからの品物を、毎週木曜日に担当者がここに取りにくる」と、資料館関係者が説明する。

このドローン輸送は、2022年9月に秩父市中津川沿いの県道が崖崩れにより通行止めとなり、2つの地区への陸上輸送がかなり大回りの経路を取る必要が出てきたことから、状況を少しでも改善しようと秩父市が始めたもの。

2023年1月から3月にかけて週1回実施している、まさに災害時におけるドローン物流の実例だ。輸送重量は最大約5kgで、片道約3kmを7分程度で飛行する。


ドローン物流実証の様子(写真:ゼンリン)

秩父市では、スマートシティの取り組みとして、大滝地区のような中山間地域における人とモノの移動の最適化のための事業を大きく2つ行っており、それらがドローン物流に関係している。

1つめの事業は、地方創生推進交付金による『Society5.0タイプ』事業だ。

期間は、2020年度(令和2年度)から2024年度(令和6年度)までの5年間で、災害時と平時のドローン物流のほか、遠隔医療、共同配送や貨客混載による物流MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)、そしてEVなどを活用したエネルギーマネージメント関連である。対象は、秩父市の中で大滝地域を主体している。

これと並行する形で2022年度(令和4年度)に実施しているのが、デジタル田園都市国家構想推進交付金(デジタル実装タイプType2)事業だ。

この中では、災害時ドローン物流のほか、ベンチャー企業の未来シェアがシステム開発したAI(人工知能)を活用するオンマンドタクシーの社会実装と、西武鉄道や地域交通事業者と連携する観光MaaSの社会実装がある。


データ連携基盤を用いたエコタウン構想のグランドデザイン(画像:秩父市)

これらは、秩父市と隣接する横瀬町とが広域連携することで、人の移動について、それぞれの地域特性を考慮して実施している。事業規模は単年度で1億4000万円とし、そのうち5割を国が補助する形だ。

「データ連携基盤」とは何か?

地域社会での課題解決を目指すDX事業は、国の交付金によるものだけではなく、全国各地にさまざまな事例が存在する。そのうえで、秩父市と横瀬町の事業における最大の特徴は、「データ連携基盤」に対する考え方にある。

秩父市と横瀬町が示す図表によると、データ連携基盤には行政保有データや地域保有データ、さらにドローン配送やAIオンデマンド交通から得たデータが集積される。これらのデータをもとに、地図情報大手のゼンリンが、事業運営管理とシステム管理統括を行う仕組みだ。


ドローン物流もすべてデータ管理される(写真:ゼンリン)

ゼンリンの担当者は「データ連携基盤は、国が全国の自治体で運用するためのアーキテクチャーを構築しつつあるものの、サーバーのようなデータをため込む基盤ではなく、あくまでもデータを連携させる基盤である」と説明する。

つまり、行政によるオープンデータなどの静的データと各種サービス事業から生まれるビッグデータとしての動的データを、データ連携基盤でフォーマットを合わせて使いやすくするものである。

ただし、現状では住民基本台帳をそのまま使うことはせず、プライバシー保護の観点から、一定のデータ処理を施したものを対象としている。また、GPS等による位置情報データについても、自宅の位置や移動経路がわかるなど、プライバシー保護の観点が必要となる。

そのため、ゼンリンでは独自にロケーションデータセキュリティプラットフォームを策定し、その中でプライバシー保護のためのデータの補正などを行ったうえ、データ連携基盤にデータをわたす仕組みとしている。

このような、データ連携基盤をはじめとしたデジタル基盤の活用・運用方法について、デジタル庁は2023年3月1日、第6回デジタル社会構造会議で『令和4年度重点計画策定以降の状況と取組について』を公開。その中で、『デジ田(デジタル田園都市国家構想)における生活サービスの全国的な横展開のイメージ』を示している。


デジ田(デジタル田園国家構想)における生活サービスの展開のイメージ(画像:デジタル庁

それによると、「エリア軸」で「鍵となる特定分野の取組を軸に、徐々にサービスを拡大」すると同時に、「サービス軸」として「好事例の横展開」を目指すとしている。

今回、取材した事例の場合では、秩父市が単年度のデジタル田園都市国家構想推進交付金事業をきっかけとして、残り2年度の実証が続く地方創生交付金『Society5.0タイプ』事業とうまく融合することで、蓄積した知見を全国各地で横展開できる可能性が高まったと言えるだろう。

住民負担の少ない「地域幸福度」データのあり方

もう1つ、データを集約し分析する仕組みとしてゼンリンが策定したのが、ダッシュボードシステムだ。

これは、デジタル庁が進めている『地方公共団体における地域幸福度(Well-Being)指標』を使って、グラフ等によって“データの見える化”する仕組みの1つである。

デジタル庁が現在考案しているWell-Being指標は、主観的指標(心の因子・行動の因子)と客観指標(環境の因子)など合計56因子ある。

この中から、デジタル田園都市国家構想推進交付金事業では、自治体から国側へ住民を対象とした聞き取り調査やアンケートを報告する。ただし、秩父市と横瀬町によると、住民にとって回答する内容が多岐にわたるため、今回の事業については、必要十分な一定の因子に限定して回答を求める形となる可能性があるようだ。

国や自治体としては、住民に対して良かれと思ってデータを集めようと思っても、データを提供する住民が負担に感じてしまっては、元も子もない。

そのため、地域幸福度(Well-Being)データの基本的なフォーマットは国が示すにしても、それぞれの地域特性に合ったデータ収集と、それを用いた“データ見える化”が必要になってくる。

つまり、それぞれの自治体にとって、また住民にとって、これからの地域づくり・まちづくりという出口戦略に対して、向き合いやすい形の“見える化”が大前提となる。


今回、取材で訪れた秩父市の街並み(筆者撮影)

アナログ体験の積み重ねこそ

秩父市と横瀬町の事例のようなデータ連携基盤やダッシュボードシステムから、いわゆる『データのプラットフォーム』という表現をイメージする人は少なくないだろう。

スマートフォンやインターネットサービスによる実体験から、GAFAM(グーグル、アップル、ファイスブック〈現メタ〉、アマゾン、マイクロソフト)に代表されるような、IT超大手が牛耳る世界を思い浮かべるかもしれない。

たしかに、国が現在進めているガバメントクラウドなど、大きな枠組みについては、経済安全保障における十分な検討と配慮をしたうえで、IT超大手との連携も考えられるだろう。

また、IT超大手による『データ ドリブン』という、さまざまなデータを集積・解析したデータのシステムがユーザーに直接影響を及ぼし、そこから生まれる需要に対して、メーカーやサービス事業者がビジネスを進める、といった考え方もある。さらに『データ ドリブン』は、車載OS(オペレーティングシステム)でも、IT超大手の影響力が強まる動きも出ている。


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これらのことから言えるのは、世の中のDX化が加速している中でさまざまなデータプラットフォームが生まれ、協調領域についての再認識と新たなる競争の始まりが予測されることだ。

しかし、最も大事なことは、「データとは“人そのもの”である」という意識を、データを扱う者が常に持ち続けることだろう。

なぜデータを集めるのか、そしてそれをどう活用するのか。こうした意識を重んじ、現実社会でアナログな体験をしながらデータを丁寧に積み重ねていくことが、「人中心のデータプラットフォーム」構築に向けた道であるべきだと思う。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)