1966年、静岡県の旧清水市(現静岡市清水区)で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」の再審=裁判のやり直しを認める決定が出たことを受け、検察は3月20日、最高裁への特別抗告を断念しました。

【写真を見る】「巖の言うとおりになった 真の自由に近づいている」姉ひで子さん喜びの声 “袴田事件”検察が特別抗告断念

57年間にわたって弟の無実を訴え続けてきた姉のひで子さん(90)が報道陣の取材に応じ、「本当にうれしい。検察の断念に敬意を表する。よくぞ、決断してくれた。本当にありがとう。もううれしくて、ありがとうの言葉しかない」と答えました。

報道陣の取材に応じ笑顔を見せる袴田ひで子さん=3月20日午後、浜松市

報道陣との一問一答は以下の通り。

Q抗告断念についての感想を

「ただ、うれしい、ただ、うれしい、ただ、うれしい」

Q誰から連絡がきたか

「小川秀世弁護士から『(検察が)断念と言ってきた』と聞いた。きのうまでの疲れがふっとんだ。なんとなく疲れ残っていたがそれも吹っ飛んだ」

Q巖さんには伝えたか

「ちょうど、ニュースが入ってきたときに、ちょうど帰ってきたので、この際だと思って、思い切りいった。『巖の言うとおりになったよ。安心しな、もう大丈夫だよ』といったが、本人は反応はあまりなかった」

Q再審に向けて

「巖のいっているとおりになっていると思う。裁判は。そのまままっすぐ進んでいってもらいたい」

Q真の自由に近づいたか

「もちろん。近づいている」

Q57年間戦ってきたが

「死んだ兄が30年ぐらい経てば分かってくれるかなと思ったのが、57年間、60年近くなったが本当にうれしいことはない。57年も吹っ飛んだ」

Q戦っていくという気持ちが強かったが

「再審開始になったからって言ったってまだ裁判は終わったわけではない。これから、これからが正念場」

Qそれでもこの知らせは

「うれしい。3月13日の再審開始に続いて、きょうもまたうれしいことがあった。(連絡が入り)何が何だかわからないぐらい大騒ぎをして、家中を走り回った。(我が家は)お祝い続きだ」

Q小川(秀世)弁護士とはどんな話をしたか

「小川先生もうれしかったのか、泣いていた、ちょっと涙声だった」

Q13日は涙を流していたが

「きょうはまだあまり涙が出ない。巖に話すときにちょっとでたかな。なんとなくほろっとした。きょうも落ち着いている。これでも。それでも高揚している」

「(巖さんが釈放された)9年前から戦ってきたが、巖が外にいることで気分が違った。まだ、再審請求中だったが、刑務所にいるのとでもえらい違い。あんなところにいつまでもいられたじゃ、笑顔なんてできないが、釈放されてからはいつもニコニコしている。最終的にこういう結果になって、いい方向に向いていることは本当にうれしい、喜ばしい」