57年前の1966年、静岡県の旧清水市(現静岡市清水区)で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」。東京高裁は今月13日、死刑が確定している袴田巖さん(87)の再審=裁判のやり直しを決めた。

【写真を見る】「検察の抗告がえん罪被害者救済遅らせる 主張があるなら再審公判で」“袴田事件”再審開始の元裁判長が語る

東京高裁は2018年、再審請求を棄却。2020年の最高裁からの“差し戻し”を受け、東京高裁は今回、自らの判断を覆す形で再審を決めた。静岡地裁が袴田さんの釈放と再審開始を決めてから9年越しの決定だ。

「まずは、やっぱりほっとしましたね。あとは早く再審公判が始まってほしい」

2014年、再審開始と48年ぶりに袴田さんを釈放した当時の静岡地裁の裁判長・村山浩昭さん(66)が取材に応じた。「当時の他の裁判官は在官中なので話せる範囲で」としつつ、自身が出した2014年の袴田さんへの決定や今回の東京高裁の再審開始決定への思いを語ってくれた。

東京高裁の判断に「やっぱりほっとした」と語る村山さん

Q.今回の東京高裁の決定は村山裁判長時代の静岡地裁の決定を支持する形となったがー

「本当に丁寧かつ迅速に(裁判所が)判断しようと努力された結果だと私は思っています。(裁判官は)袴田さんご本人と会って、やはり、1人の人間としてきちんと接するという対応だったと私は思ってますし、静岡まで(検察側のみそ漬け)実験を見に行くなど、そういう部分でも、やはり誠実だった」

村山さんが静岡地裁に赴任したのは2012年。「袴田事件」の再審請求を担当した当初をこのように振り返った。

「確定死刑囚は、いつ死刑が確定するかわからない。(「袴田事件」は審理に)長く時間がかかっていたので早く結果を出したいという思いだった」

袴田巖さんは1980年に死刑が確定。1981年から現在に至るまで、実に42年間、裁判のやり直しを求めている。長年の拘留と死刑執行の恐怖から不安定な精神状態にある袴田さんに代わり、請求人をつとめているのが姉の袴田ひで子さん(90)だ。

「事件の時にひで子さんとは直接お目にかかったことがありますが、その時も本当に堂々とされていて、力強くて。その後の経過を見ても、即時抗告審で結論が逆転になったというような時でも決してうろたえなかった。励まされてるような、感じすら受ける方ですよね。そういう方に、巡り合えたっていうのも、本当に自分の人生の中ではよかったなと思います」

弟の無実を信じ、半世紀以上、闘ってきた姉のひで子さん。かねてからえん罪が疑われてきた「袴田事件」だが、ここまで多くの支援者や賛同者を得たのは、ひで子さんの存在が大きい。

今月13日の再審開始決定は、ひで子さんの念願。

ところが、検察は決定を不服とし、特別抗告を検討していることがわかった。

本当に特別抗告をすれば、再審の可否が再び最高裁で争われる。審理にさらなる時間がかかるのは必至だ。

「検察官の抗告がえん罪被害者救済を遅らせるということになっている。主張があるならば再審公判で争うことができる」

村山さんは2021年の退官後、弁護士に。日弁連の再審法改正実現本部の委員として検察官抗告の禁止を訴えている。再審法をめぐっては「証拠開示」についても制度上の不備が指摘されている。

「検察官はやっぱり規定がないからそう簡単に(証拠を)出さない。弁護団と検察の間に裁判所が入ってどういう交通整理をして、どういう働きかけをするか」

再審における証拠開示に法的な義務はなく、弁護側が請求しても検察はなかなか応じないのが通例で、年月ばかりが過ぎていく。

袴田事件の場合、村山裁判長時代の静岡地裁が検察に勧告し、約600点の証拠が40年の時を経て、開示された。

「ただ、裁判官も規定がないと、やっぱり動きにくい。証拠開示は(裁判官の)裁量でといいますが、深刻な再審事件の経験が豊富な裁判官はそこまで多くありません。裁量だからと言って、スムーズに行くかというと、本当に色々調べながら、いろんな議論をしながらということになり、どうしても時間がかかるんですよね」

証拠開示の法制化は、有罪を言い渡された人や経験値の浅い裁判官にだけでなく、検察側にもメリットがあるという。

「場合によっては、検察官もこれは出さざるを得ないかなと思っていてもですね、制度がないと、やっぱりいままでの検察庁のやり方とすれば、消極的なわけですよね。『どんどん進んで(証拠を)出せ』なんていう指導はしてないはずなので。そういう意味で法曹三者にとってそう(=証拠開示を法制化)することがいいと思います」

村山さんが再審法は改正すべきと考えるようになったきっかけは、やはり「袴田事件」だったという。

半世紀以上続く事件に関わり、異例の釈放の判断をした裁判長。淡々と再審法の問題点について語るその胸のうちには、熱い思いが秘められているのを感じた。