「バフムト攻防戦」はウクライナ軍の抵抗でワグネルが苦戦 専門家は「ロシア軍総崩れの可能性も」

共同通信は3月12日、「ウクライナ陸軍『反攻遠くない』 バフムト防衛で時間稼ぎ」との記事を配信した。東部ドネツク州バフムトではウクライナ軍とロシア軍が激戦を続けているが、ウクライナ陸軍の司令官が《近く反転攻勢を目指す考えを示唆した》と伝えている。
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この記事はYAHOO!ニュースでも配信され、ウクライナ研究会会長で神戸学院大学経済学部教授の岡部芳彦氏がコメント欄に投稿した。
《日本の高校世界史のほとんどの教科書に載っている「スターリングラードの戦い」ですが、ドイツ軍の攻撃にはじまり8か月あまりの攻防の末、ソ連軍が逆包囲して勝利し、独ソ戦の転機とも評されます》
《ウクライナにとっては反攻の時間稼ぎ、ロシアにとっては「ドネツク州の解放」という政治的目的と異なった意味合いを持つ「バフムトの戦い」ですが、宇露どちらにとっての「スターリングラード」となるかは、まだ予断を許しません》
Twitterを見ても岡部氏と同じ視点でバフムトの攻防戦を見ている人は多く、《バフムトは現代のスターリングラードの再来だ》といったツイートが目立つ。

ここで簡単に「スターリングラード攻防戦」について説明しておこう。軍事ジャーナリストが言う。
「独ソ戦は第二次世界大戦中の1941年6月に始まりましたが、スターリングラード攻防戦は歴史に残る激戦として知られています。42年8月から43年2月にかけ現在のヴォルゴグラードで激しい市街戦が繰り広げられました。ドイツ軍は同盟国のハンガリー軍、ルーマニア軍、イタリア軍と共に攻撃し、一説によると死傷者は約85万人、ソ連軍に至っては120万人とされています。桁違いの数であることは言うまでもありません」
激戦は必然
ドイツ軍は当初、圧倒的な火力でスターリングラードを包囲。42年9月、市内に突入し、凄惨な市街戦の果てに約9割を制圧した。ところが、11月にソ連軍が逆包囲に成功。現地司令部は脱出を試みたが、アドルフ・ヒトラー(1889〜1945)は死守を厳命した。
「司令部はヒトラーの命令に従いましたが、43年1月、弾薬と食料が尽き、翌2月に降伏しました。この大敗北で枢軸国は劣勢に転じ、同年9月にはイタリアが無条件降伏、45年5月にベルリンも陥落したのです」(同・軍事ジャーナリスト)
ロイター(電子版)が3月15日、バフムトの最新情勢を伝えている。それによると《バフムトでは約8カ月にわたり激しい戦闘が続いており、ウクライナ軍は現在、3方をロシア軍に包囲されている》という(註1)。
「バフムトで激戦が繰り広げられているのは必然と言えます。2014年2月、ロシア軍はクリミア半島に侵攻して占拠、翌3月に“クリミア共和国”の独立を一方的に宣言しました。ウクライナはロシアとの対決姿勢を強め、NATO(北大西洋条約機構)の専門家に指導を仰ぎ、東部の都市の要塞化を進めたのです。その中の一つがバフムトでした」(同・軍事ジャーナリスト)
バフムトの重要性
要塞化された都市はいずれも、市街地が小高い丘に広がっているという共通点があった。
「ウクライナ東部は広大な平野が広がっているため、ロシア軍は戦車で一気に進行することが可能です。それを防ごうと、ウクライナは視界の開けた小高い街を要塞化し、砲撃などで戦車を撃退する戦略を立てたのです。さらに、要塞化を終えると、物資の備蓄を進めました。充分な備蓄があるからこそ、バフムトはロシア軍の猛攻に耐えられているのです」(同・軍事ジャーナリスト)
丘陵地では激戦が起きやすい。西南戦争では田原坂と吉次峠の戦い、日露戦争では203高地の争奪戦、太平洋戦争における沖縄戦ではシュガーローフの戦いが有名だ。
「バフムトは両軍にとって戦略的に極めて重要な都市です。首都のキーフから東部に延びる幹線道路は、ハルキウからバフムトを経て黒海に向かって南下し、港湾都市のマリウポリにつながります。ウクライナ内陸部からクリミア半島に至る“回廊”上に位置するバフムトは、まさに交通の要衝と言えます」(同・軍事ジャーナリスト)
クリミア半島の重要性
ウクライナもロシアも、クリミア半島の領有こそが戦争の帰趨を決すると考えている。バフムトの戦略的価値が跳ね上がる理由だ。
「ウクライナはクリミア半島をロシアから奪還し、2014年3月以前の国境線に戻すことを“戦争の勝利”と公言しています。一方のロシアは、今回の軍事侵攻でウクライナ全土を手中に収めるつもりが、激しい抵抗に遭い頓挫しました。さらにクリミア半島も手放すとなると、積み重ねてきた“ウクライナのロシア化”が白紙に戻ってしまいます」(同・軍事ジャーナリスト)
クリミア半島にはロシア軍の重要拠点もある。セバストポリには海軍の基地があり、黒海艦隊の本部が置かれているのだ。
クリミア半島をウクライナ軍に奪還されると、黒海艦隊は“本拠地”を失ってしまう。ロシアにとって最悪のシナリオであることは論を俟たない。
半島を絶対に死守したいロシア軍は、バフムト陥落を目指す必要性があるのだという。
「『戦略的価値のないバフムトにこだわるロシア軍の戦術は理解できない』と報じたメディアもありましたが、事実と異なります。バフムトを陥落すれば、制圧しているマリウポリと兵站がつながるのです。ロシア国内からバフムトを経由して黒海に出るルートが確保できるわけで、クリミア半島の防御が強固になります」(同・軍事ジャーナリスト)
レオパルト2の準備
一方、クリミア半島を奪回したいウクライナ軍にとってバフムト陥落は絶対に避けたい。
「クリミア半島のロシア軍を攻撃するには、まず南部のヘルソンが拠点の候補となります。ところが、ヘルソンの前には広大なドニエプル川が流れています。戦車や榴弾砲といった大型兵器を渡河させようとすると、ロシア軍の返り討ちに遭う可能性が高いのです。一方、ウクライナ東部はクリミア半島と陸路でつながっています」(同・軍事ジャーナリスト)
NATO諸国は戦車レオパルト2のウクライナへの供与と訓練を開始した。ウクライナ軍にとっては、バフムトなど東部の要衝からレオパルト2が出撃し、黒海沿いに進撃を続けてマリウポリなどを解放し、クリミア半島に総攻撃をかけるのが理想のシナリオだ。
「ウクライナの戦車兵はロシア製の戦車しか知りません。そのためレオパルト2を動かすには研修が必要で、簡単には習得できません。というのも、ロシアの主力戦車T-72は乗組員が3人ですが、レオパルト2は4人が必要で、設計思想から異なるからです。レオパルト2の実戦投入は、早くても夏くらいだと見られています」(同・軍事ジャーナリスト)
ワグネルの暗躍
ウクライナ軍がレオパルト2を運用できるようになるためにも、バフムトを死守し、貴重な時間を稼ぐ必要があるというわけだ。
そのバフムトだが、欧米メディアはロシア側に夥しい死傷者が出ていると報じている。ロイター(電子版)は3月14日、「バフムト周辺でロシア兵1100人超殺害か、『取り返しのつかない損失』とウ大統領」との記事を配信した。
「バフムトの激戦が欧米メディアにクローズアップされるのは、戦争の帰趨を決定しかねない重要な戦いだからです。また、もう一つの要素として、民間軍事会社ワグネルが攻撃の主体を担っていることも挙げられます。ワグネルに多大な損害が出ているとなると、ロシア政界にも影響を及ぼしかねません」(同・軍事ジャーナリスト)
ワグネルの創始者であるエフゲニー・プリゴジン氏(61)は、ウラジーミル・プーチン大統領(70)に近い人物とされている。そのプリコジン氏だが、ロイターの記事では自ら激戦の様子を語っている。
《敵は1メートル単位で戦っている。街の中心部に近づけば近づくほど、戦闘は激しくなり、大砲が砲撃し、戦車が出現する。ウクライナ軍は無限の予備役を投入してくる。しかし我々はこれからも前進していくだろう》
「ワグネルはバフムトに最精鋭の部隊を投入しました。難攻不落の要塞都市を陥落させてロシア軍の鼻を明かし、プーチン大統領からさらに強い信頼を勝ち取ろうとしたと見られています。春が近づいたためバフムトの大地は泥濘と化しており、戦車などは移動できません。そのため激しい砲弾戦が行われています」(同・軍事ジャーナリスト)
疲弊するロシア軍
ワグネルはバフムトに火力を集中させ、力で押し切る作戦を採っているようだ。対するウクライナ軍は、都市の要塞化で守り抜き、ワグネルを必死に押し返していると見られる。
「ワグネルは一貫して自分たちの戦果だけを宣伝してきました。半ばバカにされた格好となったロシア軍は、特に幹部が苦々しい思いでワグネルを見つめていました。そこに起きたのがバフムトの激戦です。CNNは14日、ロシア軍が意図的にワグネルを支援せず、ウクライナ軍に撃破されることで弱体化を図っていると報じました(註2)。情報の真偽は分かりませんが、ワグネルもロシア軍も共に疲弊しているのは事実でしょう」(同・軍事ジャーナリスト)
やはりバフムトにおける激戦は、スターリングラード攻防戦と共通点が見出せるようだ。
「バフムトのウクライナ軍は、持ちこたえているだけでロシアに勝利していると言えます。ワグネルやロシア軍を全滅させる必要はありません。自分たちの戦力保持を最優先にしながら、敵に出血を強いることが求められています。ロシア軍は緒戦で将軍クラスを相次いで失い、今では連隊長クラスの死傷者が増加しています。指揮官が払底した軍隊は弱体化が避けられません。バフムトの陥落に失敗したワグネルとロシア軍は、スターリングラードで敗れたドイツ軍のように、後は総崩れという可能性も否定できないのです」(同・軍事ジャーナリスト)
註1:ウクライナ、東部の要衝バフムト防衛継続へ 「戦略的に最重要」(ロイター電子版:2023年3月15日)
註2:ロシア国防省、ワグネルの影響力を削ぐためバフムートを利用か ISW(CNN日本語電子版:2023年3月14日
デイリー新潮編集部