「なぜ宇宙には物質が存在しているのか?」実は現代の物理学でも説明できない究極の謎だった…素粒子実験の第一人者が語る「ニュートリノがなければ人類も誕生できなかった」という不思議

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「『サイエンスZERO』20周年スペシャル」取材班             サイエンス激動の時代を捉えるため、日本のサイエンス各分野の著名な研究者に「サイエンスZERO」の20周年(3月26日(日)夜11:30〜 NHK Eテレ)を記念し、この20年の研究を振り返ってもらうインタビューを行いました。そこでどの研究者からも飛び出してくる驚きの言葉や知見、未来への警鐘とは―。

「なぜ私たちが存在しているのか?」

これは実は、現代の物理学で説明できない究極の謎です。

私たちの体、地球、そして太陽や銀河。これらは全て「物質」でできていますが、宇宙が誕生したときには「物質」とともに、“物質を鏡に写したような”真逆の性質を持つ「反物質」が同じ数だけ生まれたとされています。この「物質」と「反物質」は互いにぶつかると、光になって「消滅」してしまう性質があるため、本来なら現在の宇宙には何も残っていないはずなのです。ところが、宇宙には物質でできた私たちは確かに存在する一方、反物質の存在はほとんど観測できていません。

この究極の謎に挑むため、「CP対称性の破れ」、つまり物質と反物質の違いを実証しようという大規模な実験が、日本で行われています。物質と反物質の性質の違いを発見できれば、「物質が宇宙に存在できること」を説明できるかもしれない。そう考えて実験の対象とされたのは素粒子「ニュートリノ」です。加速器で人工的に作り出した「ニュートリノ」と「反ニュートリノ」を、300km離れたスーパーカミオカンデで詳しく観測し、物質と反物質の性質の違いを見いだそうとしているのです。

「T2K実験」と名付けられたこの実験は、「95%の確からしさ」で物質と反物質の違いを捉えたことを発表し、世界的に大きなインパクトを与えました。国内外500人以上の研究者が参加するこのビッグプロジェクトを束ねるのが、東北大学大学院理学研究科教授の市川温子さんです。

東北大学大学院理学研究科教授の市川温子さん:NHK提供

市川さんたちは、目に見えない素粒子を捉えるために次々と新しい実験装置を開発し、そのデータ解析を積み重ね、あと少しで「究極の謎」が解明できるところまでたどり着いたといいます。市川さんに、ニュートリノ研究の20年を振り返っていただき、「驚くほど進展した」という研究の現在地について伺いました。

「私たちの存在の謎」を解くカギに手が届くところまで来た20年

―どのように「物質」と「反物質」の違いを観測しているのですか?

「ニュートリノ」と、反物質である「反ニュートリノ」が異なる性質を持つかどうかを観測しています。

ニュートリノというのは、私たちの周りの空間にも飛び交っているものすごく小さい粒子で、たとえば手のひらの表面を毎秒数兆個のニュートリノが通り過ぎています。実は、このニュートリノは「ニュートリノ振動」(※1)といって3種類の状態を変化させながら飛んでいるということが分かっています。

そこで具体的には、茨城県東海村にある加速器で「ミューニュートリノ」という状態のニュートリノと、その反物質である「反ミューニュートリノ」を作り出して、岐阜県の神岡町にある「スーパーカミオカンデ」というニュートリノ検出装置で観測しています。ニュートリノ振動によって、それぞれ「電子ニュートリノ」「反電子ニュートリノ」に変化するのですが、その割合を比較しています。これが東海(Tokai)と神岡(Kamioka)からとって「T2K実験」と呼ばれる実験です。

(※1)ニュートリノ振動:ニュートリノには、「電子ニュートリノ」「ミューニュートリノ」「タウニュートリノ」の3種類がある。「ニュートリノ振動」は、ニュートリノが空間を飛ぶ間にその種類が移り変わる現象で、1998年にスーパーカミオカンデで発見された。また、ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノがわずかながら質量を持つことが証明された。この業績で2015年に梶田隆章さんがノーベル物理学賞を受賞している。

ニュートリノが「人類の誕生には不可欠だった」

―「物質と反物質の違い」は見えてきていますか?
差が微妙にあったんです。実験データを蓄積して2017年には、ニュートリノにおいて95%の確からしさで「物質と反物質の違いがあること」を示せました。でもまだ単なる偶然なのかもしれない。

私は精度99%ぐらいまで示せればいいなと思っています。まず「T2K実験」で2026年ぐらいまでデータをためて、どこまで精度を高められるか頑張っていくところです。現在、スーパーカミオカンデをさらにパワーアップさせた「ハイパーカミオカンデ」を建設中で、2027年から稼働開始を予定しています。ハイパーカミオカンデになると、スーパーカミオカンデの100年分のデータを10年で観測できる計算なので、期待しています。

岐阜県の神岡町にあるニュートリノを検出する「スーパーカミオカンデ」/提供:東京大学宇宙線研究所

―ニュートリノ研究にとってはどんな20年でしたか?

私がポスドク研究員になったのが2001年で20年ほど前です。実はその直前の2000年頃に「大気ニュートリノ」(※2)の観測と、「太陽ニュートリノ」(※3)の観測から「ニュートリノ振動」はもう確実だと言われていたんですよね。そこからT2K実験も含めて研究が着実に進んで、ついに、物質と反物質の違いの証明に手が届くところに来ています。この流れに立ち会えたことは非常に幸運だったと思っています。

これまで、素粒子クォークでは物質と反物質の違いが示され、小林誠さんと益川敏英さんが2008年にノーベル物理学賞を受賞しました。でも、クォークだけでは現在の宇宙を成り立たせる物質の量を説明できないので、ニュートリノでも両者に違いがあるのではないかと考えられているんです。

この世界はすごく不思議なんですよね。ちゃんと星ができて、40億年ぐらいかけないと多分人間ってここまで進化できないんです。でも40億年ぐらい星を安定にしようと思うと、ニュートリノの存在が不可欠なんですよ。ニュートリノがあるおかげでこの世界ができている、人間もここまで来たって思うとすごいなと思います。ニュートリノに感謝するべきですね。

(※2)大気ニュートリノ:宇宙空間から飛んできた「宇宙線」が原因となって生み出されるニュートリノ。宇宙線が地球の大気の分子にぶつかると、「パイ中間子」と呼ばれる粒子を経て、「ミューニュートリノ」と「電子ニュートリノ」ができる。

(※3)太陽ニュートリノ:太陽中心部で起きている「核融合反応」によって作られるニュートリノ。電子ニュートリノしか作られないことが分かっている。

日本のニュートリノ研究が世界トップレベルになった理由とは

―ニュートリノの研究で日本が世界トップレベルにあるのはなぜだと思いますか?

まず、すごい先人がいたというのが一つです。小柴昌俊さんとか、戸塚洋二さんとか、もちろん梶田隆章さんも、他にもたくさんいらっしゃいます。

かつ、ちょうど日本のサイズがよかったという幸運もあると思います。茨城から岐阜へニュートリノを飛ばして実験するのですが、その距離などいろんな自然条件が研究に適していたというのもあります。幸運があるからいい人材が集まって来て、それでまた研究が活発になっているという。

―チームでトップレベルの研究を進めていくために、大切なことって何だと思いますか?

研究規模はどんどん大きくなっても、人の数とか予算は頭打ちであったり減ったりしています。きっと他の分野もそうだと思いますが、ニュートリノの分野も辛い状態で頑張っています。すごく貪欲な研究者が集まって、歯を食いしばってというか。他の実験グループの人から、「そこまでえげつなくやらんでもいいじゃん」とか言われることもたまにありますが、「頑張ればもう目の前で成果が得られる」という状態でやっているのが大きいのかもしれないですね。

NHK提供

人類究極の謎に向かう並々ならぬ熱気が伝わるインタビューとなりました。

後編『世界500人の研究者で「人類究極の謎」に挑むプロジェクト・リーダーの「意外なストレス解消法」…単身赴任中に「出張」して子育てをしながら感じた「女性研究者の活躍の意義」とは』では、市川さんがこうした世界トップレベルの研究にどのような経緯で挑戦し、子育てを通してそれを継続していったのか、そして女性研究者が力を発揮できるアカデミアのあり方などについて伺いました。

「サイエンスZERO」20周年スペシャル 3月26日(日)夜11:30 NHK Eテレ