石川雅規、和田毅…アラフォーでも現役バリバリ 長く活躍できるベテランの“ある共通点”

“限界説”を覆してリーグ連覇に貢献
毎年多くのルーキーが入団する一方で、夢破れてユニフォームを脱ぐ選手がいるプロ野球。一昨年に公表された「日本プロ野球選手会」の調査によれば、現役選手の平均在籍年数は「7.3年」と決して長くはない。その一方で、厳しいプロの世界を生き残り、長きにわたって一線で活躍し続けている選手がいることもまた事実だ。【西尾典文/野球ライター】
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今シーズン、年齢とプロ在籍年数(NPBとMLB含む)ともにトップとなったのが、43歳でプロ22年目となるヤクルトの石川雅規。1年目から5年連続で二桁勝利をマークするなど、先発の柱として活躍。2020年には2勝8敗と大きく負け越して“限界説”が囁かれたが、その後の2年間は4勝、6勝と持ち直して、ヤクルトのリーグ連覇に貢献している。

積み重ねた通算勝利数は183勝。年齢と過去数年の成績を考えると、200勝への道程は平坦ではないが、本人も大記録に向けて強い意欲を示しており、今年も順調な調整を見せている。身長167cmの“小さな大投手”の挑戦はまだまだ続きそうだ。
41歳で自己最速を記録
石川に次ぐ年齢となっているのが、同じサウスポー、ソフトバンク・和田毅だ。今年で42歳、日米通算21年目となる。入団から5年連続で二桁勝利をマークし、2011年オフには海外FA権を行使して、カブスに移籍した。渡米早々に肘を痛めてトミー・ジョン手術を受け、メジャーでは通算5勝にとどまったが、16年に日本球界に復帰すると、いきなり15勝を挙げて、最多勝のタイトルを獲得した。
18年には肩を痛めて一軍登板なしに終わったものの、その後も層の厚いチームの中で貴重な先発左腕として存在感を示し続けている。
驚くべきは、年齢を重ねてもボールが進化しているという点で、昨年は自己最速となる149キロをマークして話題となった。石川と比べて、故障で投げられなかった時期は長いものの、日米通算155勝は見事という他ない。ちなみに、石川と和田は、1997年の「夏の甲子園」で投げ合ったというつながりもある(※試合は石川が所属する秋田商が勝利)。
不惑を前に「250セーブ達成」が視野に
投手で石川、和田より先に大記録達成が近づいているのが、オリックスの守護神、平野佳寿だ。今年で39歳、日米通算18年目となる。
プロ入り4年目にリリーフに転向すると、2011年には最優秀中継ぎ投手、14年には最多セーブのタイトルを獲得し、リーグを代表するリリーフ投手に成長した。
18年から3年間はメジャーでプレーしている。21年に古巣・オリックスに復帰してからも、抑えとして見事な成績を残し、リーグ連覇に貢献した。ここまで積み上げてきた日米通算セーブ数は221。一昨年は29セーブ、昨年は28セーブを挙げたことを考えると、今年中に名球会入りの基準となる「250セーブ達成」が視野に入っている。
一方、野手では、ヤクルトの青木宣親が今年最年長となる。41歳、日米通算20年目の大ベテランだ。早稲田大時代は、同学年の鳥谷敬(元阪神、ロッテ)に比べると地味な存在だったが、プロ入り後は2年目に当時史上2人目となるシーズン200安打を達成。3度の首位打者、2度の最多安打に輝き、活躍した。
12年からはメジャーに移籍し、6年間で7球団を渡り歩いて通算774安打を記録した。18年からヤクルトに復帰した後も、チームを牽引し続けている。日米通算安打数は2648本。順調にヒットを積み重ねれば、今年中に松井稼頭央(元西武など)の2705安打を上回る可能性は高い。イチロー(元オリックスなど)、張本勲(元東映など)に次ぐ史上3人目となる“3000本安打達成”も決して夢物語ではないだろう。
「自分なりの“軸”を持っている選手は強い」
今回、取り上げた4人に共通している点は、決して早くから騒がれていた選手ではないという点だ。石川と和田は、甲子園に出場して勝ち星をあげているが、当時は、スカウト陣から特段、注目されるような選手ではなかった。
筆者は昨年、石川を高校時代に指導した小野平氏(元秋田商監督)に話を聞く機会があったが、当時はプロ入りするとは夢にも思わなかったと語っている。
「入部してきた時の“選手としての印象”は全くありません。かわいい顔して、(体も)小さいから、私は石川のことを『ぼく』って呼んでいたんですよ。当時は、こんな選手になるとは夢にも思わないどころか、チームのエースになるとも考えていませんでした。(ここまで成功したのは)内に秘めた負けん気と本人の努力に尽きますね。私も指導者として、石川にいろんなことを教わりました」(小野平氏)
平野は鳥羽高時代、3度甲子園に出場しているとはいえ、自身は控え投手。リリーフで1試合に登板したのみという記録が残っている。青木に至っては、高校時代は野手ではなく、投手だった。早稲田大への進学もスポーツ推薦ではなく指定校推薦で、野球部入部当時は全く期待された選手ではなかった。
では、彼らはなぜここまで長くプロの第一線で活躍することができているのだろうか。
「やっぱり大きな理由は、体が強いことですね。怪我をしないというのはもちろんですし、怪我をしても、その経験を生かしてプラスにできるような選手というのは、第一条件だと思います。あとは自分を強く持っているということではないでしょうか。監督やコーチからいろんなことを言われても、自分なりの“軸”を持っている選手は強いですよね。大学で大きく伸びるような選手の方が自分で考えて成長してきたという自負も強いと思うので、そういう選手が多いのかもしれません」(パ・リーグ球団スカウト)
進化する選手でないと生き残れない時代
一方、セ・リーグ球団のスカウトは、以下のように指摘する。
「昔はベテランになると調整を任されて、だんだん練習しなくなるという選手も多かったですが、今は実績のある選手でも本当によく練習します。(スイングのスピードや投げたボールの質など)プレーに関するあらゆる数字が明らかになって、それを維持するためにはしっかりトレーニングする必要があります。昔は、技術や読みなどで勝負していたのが、今はより“アスリート”としての部分が求められる時代ということではないでしょうか。和田毅のストレートが速くなっているというのは、まさにそういう部分だと思います。新しいものをどんどん取り入れて、進化する選手ではないと、(プロの世界で)生き残れない時代になっていますね」
前述したように、和田はトミー・ジョン手術を経験しており、石川も大学4年時に肘を痛めて秋のシーズンを棒に振った。だが、二人は、それを乗り越えて結果を残している。
それどころか、年齢を重ねても劣化するどころか、和田の球速がアップしたように、パフォーマンスを上げているケースもある。時代の変化に合わせて対応する力が重要だということがよく分かるだろう。
彼らのように、高校時代に無名だった選手の活躍は、多くの現役アマチュア選手に勇気を与えているという点でも貴重である。今年も“アラフォー”である彼らが多くの人に希望を与えるような活躍を見せてくれることを期待したい。
西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。
デイリー新潮編集部