最速158キロ 「山下舜平大」も生みだした、オリックス“高卒育成プログラム”

“次世代の戦力”を作り、備える
オリックスは今、高卒投手が着実に育ち、チームの主力として活躍する「育成型」のチームになったと言えるだろう。
3月のWBCに出場する日本代表に選出された24歳の山本由伸(宮崎・都城高)と21歳の左腕・宮城大弥(沖縄・興南高)、球団日本人史上最速の160キロをマークしたセットアッパー右腕で、山本と同期の24歳・山崎颯一郎(福井・敦賀気比高)らが代表的な存在だ。
山本と宮城は、ともに1年目はファームでシーズンの大半を過ごし、シーズン終盤になって1軍で“試運転”。2年目以降に飛躍を遂げている。山崎の場合は、2019年の右肘手術を経て、6年目の昨季後半にリリーバーへ転向、その剛速球で日本シリーズでも活躍、チームの26年ぶりとなる日本一に貢献した。

高卒投手の育成は、各球団にとっては長期的な視座が必要になってくる。
大学へ進学したと仮定して「4年」を育成、つまり5年目で1軍に台頭してくるようにプログラムを組んでいく。それがひいては、今現在の主力投手の力が落ちてくることを見越した上で“次世代の戦力”を作り、備えていくという危機管理でもある。
そのサイクルを、オリックスが巧みに回しているという証左ともいえるシーンが、2月の宮崎・清武キャンプのブルペンで展開されていた。
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【写真】若手の躍進が目覚ましいオリックス、注目株の投球シーン
2月16日、第4クール最終日。
オリックスのブルペンは、10人が一斉に投げられるマウンドが設置されている。練習効率は抜群で、A組、B組が時間差で投球練習をしても、昼過ぎには終わる流れになる。
その“誰もいなくなったブルペン”に、2人のルーキー高校生が姿を見せた。
ドラフト3位ルーキーの右腕・斉藤響介は岩手・盛岡中央高出身。スリークオーター気味の鋭い腕の振りで、キレのあるストレートを投げ込んでくる。同5位の右腕・日高暖己は宮崎・富島高出身で、3年夏の甲子園にも出場。1メートル83の長身から投げ下ろす速球は見応えがある。
この2人がブルペンに入ったのが、まるで合図かのように、中嶋聡監督、小林宏2軍監督の現場ツートップをはじめ、投手コーチ5人に、福良淳一GMをはじめとした球団首脳までも集結してきた。
そこで、2人が投げ始めたのだ。
捕手を立たせたまま、まず20球。続いて、片膝を立てた中腰の捕手に20球。2人の球には、勢いがある。ブルペン内に響き渡る「パン」というミットの音は、主力級とも遜色がない。ボールの回転もいいのだろう。「ナイスボール」という掛け声が飛ぶ。
それでも、2人とも計40球でピタリと止めた。
各クールで投げるのも2日程度に抑えている。ちなみに、キャンプ中で2人が捕手を座らせた本格ピッチを始めたのは、2月24日のことだった。
「年上のピッチャーがいると力が入っちゃう」
この“新人育成法”を福良GMに問うと、狙いは明確で、実にシンプルだった。
「他の年上のピッチャーがいると力が入っちゃう。それは怪我につながるからね」
焦るな、慌てるな、と言っても、そこは投手の本能。主力級の先輩たちの球を見てしまうと、18歳のルーキーだって、つい負けじと力んでしまう。
しかし、最初に怪我をしてつまずくと、それが尾を引くケースは多い。出遅れは、さらなる焦りにも繋がってしまう。
それを避けるため、慎重に慎重を重ねて、育成プログラムをスタートさせるのだ。しかもオリックスには、リーグ連覇と昨季の日本一で証明されたように、質量ともに豊富な投手陣がそろっている。
「だから、焦らさなくてもいいんですよ。今、投手はいますから、そのいる間にじっくりと次を育てていける、その“時間”があるんです」
そう説明してくれたのは、現役時代は捕手だった上村和裕スカウトだった。3年後、5年後を見据えた上で、次代のエースを育てていく。その余裕こそが、素材重視のスカウティングを可能にした上で、腰を据えた育成へと繋がっているのだ。
「間違いなく次のエースになりますね」
その成果は、次第に現れ始めている。
2020年のドラフト1位右腕・山下舜平大(福岡・福岡大大濠高)は、今季が3年目のシーズンになる。昨オフ、両足首の手術を経ているが、今キャンプではブルペンを訪れた評論家、他球団のスコアラーたちに、それこそ目を見開かせるような投球を見せている。
「高卒3年目だから、大学3年生っていうことですよね? もう十分ですよ。間違いなく彼、使いますよね、今シーズン。いい球を投げてますよ。カーブもいいし、西武の高橋光成みたいなタイプです。間違いなく次のエースになりますね」
ブルペンでの投球をこう絶賛した楽天・小池均スコアラーグループマネジャーは、20歳の若き新戦力への警戒感を、早くも高めていた。
その山下がベールを脱いだのは、3月4日のオープン戦・阪神戦(甲子園)だった。7回からマウンドに上がった山下は、自己最速の158キロをマークするなど、1イニングをわずか7球で三者凡退に仕留めた。
しかもその7球中、ストレートが6球で、そのスピードも158キロが2球、157キロが3球、156キロが1球と、それこそ剛球を連発したのだ。
「ヤバいです。バケモンでした。今まで捕った中で一番速い。この先、怖いっす」
仰天の称賛は、マスクをかぶっていた捕手・森友哉だった。西武からFAで移籍してきた森は、昨季まで高橋光成や今井達也、平良海馬と、大阪桐蔭高時代には、現オークランド・アスレチックスの藤浪晋太郎ともバッテリーを組んできた。日本のトップクラスともいえる顔ぶれの剛球をその手で捕ってきた男ですら、その衝撃度は半端ではなかったのだ。
野茂氏からも“合格点”
身長1メートル90、体重89キロの恵まれたサイズから投げ下ろすストレートだけではなく、落差の大きいカーブも魅力だ。さらには2月15日、清武キャンプ視察に訪れていた元メジャーリーガーで、オリックスの前身球団・近鉄OBの野茂英雄氏から「フォーク」を伝授された。
メジャーを席巻したトルネードの指導を受け、山下がフォークを試投した直後の、まさにその1球目だった。ストンと落ちたその落差に、野茂氏が思わず山下に向かって右手の親指を差し出す「サムアップ」。即座に“合格点”を出したほどの器用さも兼ね備えている。
実は、昨年の日本シリーズ初戦で左わき腹を痛めたエースの山本がその後、シリーズ中では登板回避となっていた。そのため、仮に8戦までもつれこむような展開になれば、山下の先発起用が検討されていたといい、実際に山下は日本シリーズにチーム帯同していた。
もし、デビューが日本シリーズだったら、異例中の異例のことだった。そうやって山下も大事に、丁寧に、時間をかけて育て上げてきた。
「舜平大も、ものすごいいい体になってきたでしょ? ホント、まだどんどん大きくなるもんな」
その成長が加速度を増していることには、福良GMも驚くほどだ。
投手陣が充実している今だからこそ、その先を睨む。それが、常勝チームを作っていくために重要な“布石”でもある。
そして、斉藤と日高のブルペン投球時にも見られたように、その育成の進捗状況を、現場の首脳陣とフロントが、きちんと共有している。
オリックスの「強さ」の裏付けが、そこに見えた。
喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ〜産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」(光文社新書)。
デイリー新潮編集部