プロ18年目を迎えた「浪速の轟砲」T-岡田

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「あの若者をよく見ておけよ」

 チャンピオンフラッグが、メーングラウンドのバックスクリーン上部のポールで、風に乗って、はためいている。

 オリックスの宮崎・清武キャンプは、2023年で9年目を迎えた。隣接する2球場で主力中心のA組と、若手・育成が大半のB組が同時に練習を行うことができ、ブルペンでは同時に10人が投げることが可能な一大施設こそが、一昨年、昨年のリーグ連覇、さらに26年ぶりとなる昨年の日本一奪回という「強さの基礎」を築いたともいえる。

 その“王者の拠点”を訪れたのは、気になるベテランに会いたかったからだ。

「あ、久しぶりですね」

 お目当ての人、T-岡田は、ジャージ姿だった。練習メニュー表を見ると「トレーナー指示」と記されていた。それは、つまり「故障中」ということだ。

プロ18年目を迎えた「浪速の轟砲」T-岡田

「背中です。自主トレのときに、ちょっとやっちゃったんです。バットを振れないことはないんです。無理したら、やれないこともないんですけど……」

 ちょっぴり、ばつが悪そうな表情で、現状を明かしてくれた。
               
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「浪速のゴジラ」と呼ばれ、まだ「岡田貴弘」の本名でプレーしていた2009年のことだった。プロとしての実績はほとんどない、若手選手の一人に過ぎない頃だ。

「あの若者をよく見ておけよ。間違いなくすごい打者になるから」

 私にそう力説したのは、当時のオリックスの主砲で、近鉄時代の2001年には当時の日本タイ記録となるシーズン55本塁打を放ったタフィー・ローズだった。

 その予言通りというべきか、ローズがいなくなった2010年、登録名が「T-岡田」と変わったその年、22歳で本塁打王を獲得した。

 しかしそれ以降、その「33本塁打」を上回ったシーズンは一度もない。結果が伴わずに苦しみ、球団のポスターや看板から、その姿が消えた頃の苦悩ぶりも見てきた。

「吉田正尚」の穴を誰が埋めるのか

 キャンプ中に誕生日を迎えたT-岡田は、35歳になった。オリックスにおける最大の課題は、主砲・吉田正尚がメジャーへ移籍した今季、その穴をいかにして埋めるのか。その「力と実績」を兼ね備えた男の一人が、T-岡田だろう。

 吉田が務めていた「左翼」と「DH」を、一体誰が務めるのか。

 西武から、捕手の森友哉がFA移籍してきた。ただ、もう一人、オリックスが本気で狙っていた前日本ハム・近藤健介は、FAでソフトバンク移籍を選択した。

「一塁」を含め「打」が優先される3ポジションは、現時点では流動的でもある。プロ18年目のT-岡田にも、チーム事情はよく見えている。

「開幕は、若い選手とか外国人を使うでしょうからね。でも、彼らが調子を落としたりしてきたとき……ですね。その時に、自分が結果を出し続けておかないと」
 
新外国人のシュウィンデルは、メジャー通算22本塁打。昨季はカブスで鈴木誠也のチームメートだった右打者。同じくゴンザレスはメジャー通算107本塁打のスイッチヒッターで、内外野を守れるのもセールスポイントだ。

 この2人は「左翼」「DH」「一塁」のいずれにもあてはまる有力候補だろう。
 
 3年目の20歳・来田涼斗と元謙太、2年目の19歳・池田陵真、33歳の小田裕也、2年目の23歳・渡部遼人らの外野手が「左翼」のレギュラー争いで名前は挙がるが、いずれも現時点では“帯に短し、タスキに長し”で、決め手がない状況でもある。

 内外野を器用にこなすマルチプレーヤーの中川圭太と、捕手登録ながら強打が自慢の頓宮裕真は「一塁」の有力候補だ。森がマスクをかぶらない日は「DH」での起用もあり得る。

 まさしく群雄割拠。ゆえにいつか必ず、自分にもチャンスが巡ってくる。その時が訪れるのを信じて、復調へ向けて、焦らず、着実に歩を進めている。

球団史に残る、起死回生の逆転3ラン

「もう、18年ですよ。人生半分、プロ野球です」

 ホームラン王に輝いたのは、5年目の2010年。以来、打撃タイトルには手が届いていない。いつの間にか、吉田正尚に「主砲」の座を奪われていたのも確かだ。

 それでも、この男と本塁打は、やはり切っても切れない関係にある。球団の歴史を振り返る名シーンの映像には、必ずといっていいほど挿入されている2014年のクライマックスシリーズでの1本は、日本ハムとの第2戦。その8回に放った起死回生となる逆転の3ランは、その瞬間、満員のスタンドが総立ちになった。

 その劇的なシーンは、時がたっても色あせない。つい、そんな懐かしい話を出してしまった。

「それだけ長いことやっていますから、1本や2本、そういう劇的なホームランもありますよ」

 数々のドラマを生んできたベテランだが、昨季の日本シリーズでは、その中心に座ることはできなかった。1戦目に代打でタイムリーを放ち、2戦目ではスタメンに座ったが、3戦目以降はベンチ外だった。

不本意な成績に終わった昨季、今年こそ…

 ビジターの神宮球場では「練習した後は、宿舎に戻っていたんです」。あの熱き戦いの場に、いられなかったのだ。
 
 日本一がかかった第7戦は、神宮球場横のクラブハウスで待機し、歓喜の瞬間はブルペン後方にある関係者入口から走って来て、胴上げに参加したのだという。

「それは、しょうがないことですから……」

 その輪の中に、入り切れなかった悔しさがある。

 昨季は、わずか36試合出場、本塁打も1本にとどまり、打率は1割4分9厘。調子が戻らないまま、不本意な一年を終えることになった。

 今年こそ、もう一度。

 まさしく捲土重来。それは自分のためだけでなく、2年連続日本一、リーグ3連覇を目指すチームにとって、必要不可欠な要素でもある。

「頑張りますから。また球場にも来て下さいよ」
 
 コロナ禍で、制限のかかっていた対面取材も、徐々に容認されてきた。リモートではなく直接顔を見て、その表情や声色で、心の“張り”を感じることができる。

 ベテランは、やる気だ。2月の宮崎で、その意気込みを感じることができた。

喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ〜産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」(光文社新書)。

デイリー新潮編集部