デスクの上がごちゃごちゃの人は、頭の中もごちゃごちゃかもしれません(写真:UpPichaya/PIXTA)

「明日のプレゼンはうまくいくだろうか」「昨日はあんなことを言ってしまった」など、私たちは日々、頭の中で話をしている。

このような「頭の中のひとりごと」(チャッター)はしばしば暴走し、あなたの脳を支配し、さまざまな問題を引き起こしてしまう。

一方、この「チャッター」をコントロールすることができれば、あなたは本来持っている能力を最大限に発揮できるという。

賢い人ほど陥りがちな「考えすぎ」から抜け出す方法とは何か? 今回、2022年11月に日本語版が刊行された、40カ国以上で刊行の世界的ベストセラー、『Chatter(チャッター):「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。

大舞台での奇妙な行動の意味


2018年6月、スペインが生んだテニス界のスーパースター、ラファエル・ナダルは全仏オープンの11回目の優勝をかけた決勝戦に臨み、クレイコートに足を踏み入れた。

その夏の日、パリの会場で1万5000人のファンが世界レベルの試合の開始を固唾をのんで待ち構える中、ナダルとオーストリアのドミニク・ティエム選手が戦闘態勢を整え、ロッカールームから出てきた。

ナダルは試合前にいつもすることをした。まず、片手に1本のラケットを握ってコートを横切り、自分のベンチまで歩く。それから観客のほうを向いてウォームアップ・ジャケットを脱ぎ、両足の母指球を支点にして勢いよく前後にジャンプする。そして、いつものように大会のIDカードを、表を上にしてベンチに置いた。

いよいよ試合が始まった。

ナダルは第1セットに勝ち、たちまち試合をリードする。得点するたびに、髪の毛とシャツを元どおりに整えてから、次のサーブを打つ。

試合中の小休止の際はエナジードリンクと水を少量飲み、どちらのボトルも寸分違わぬ位置に戻す――椅子の前、自分の左側に、1本目のすぐ後ろに2本目を置き、コートに対して斜めになるように並べる。

さらに2セットを戦い、ナダルはティエムを下してまたもや全仏オープンで優勝を飾った。

プロのテニス選手にとって最も重要なのは、世界レベルの選手と戦って肉離れを起こさないことだと考えられがちだが、史上屈指の名選手ナダルは違う。「僕にとって、テニスの試合中の最も激しい闘いは、頭の中の声を鎮めることだ」と彼は言う。

彼のコート上のいっぷう変わった習慣は多くのファンにとって面白いと同時に奇妙にも感じられるが、彼自身にとっては完全に合理的なやり方なのだ。

いつも表を上にしてIDカードを置き、水のボトルをベンチの前にきっちりと並ぶように注意深く配置し、サーブの前に髪の毛を一筋の乱れもなく整えることで、ナダルは「代償的コントロール」と呼ばれるプロセスを実践している。

物理的環境に秩序をつくり出すことにより、内面的な秩序を獲得するのだ。彼が言うように「頭の中で求めている秩序に合わせて周囲を整え、試合の中に自分自身を位置づけるための方法」である。

チャッターの緩衝材として環境の要素を構築するこの傾向は、パフォーマンスの評価とは関わりのない分野にも見られる。人間が関わるあらゆる分野や環境に応用されるのだ。

その結果、人間はさまざまな方法で、自分を取り巻く環境に秩序を持ち込み、その延長で心にも秩序を持ち込む。その中にはラファエル・ナダルと同様の方法もある。

近藤麻理恵と彼女の2014年のベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』が世界的影響力を持つ理由も、それによって説明できるかもしれない。ときめきを与えてくれる物だけを残すという彼女の片づけ哲学は、環境に秩序をもたらすことで感情に影響を与えるという戦略だ。

「コントロール感」が果たす決定的役割

しかし、環境の整理は心の中で起きることにどう影響するのだろうか? この問いに答えるには、「コントロール感」――思いどおりの影響を世界に与える力が自分にあると信じること――が生活の中で果たす決定的役割を理解することが欠かせない。

自分自身をコントロールしたいと望むのは、人間の強い欲求だ。自らの運命をコントロールする力があると信じることは、目標を達成しようとするかどうか、そのためにどのくらい努力できるか、困難にぶつかったときにどれだけ持ちこたえるかに影響する。

それらすべてを考え合わせると、コントロール感の増大が、身体的健康から心の平安、学業や仕事での成績向上、より満足度の高い人間関係に至るまで、あらゆる面において役立っているといえる。

逆に、コントロールを失っているという感覚は、チャッターを急増させ、物理的環境に目を向ける必要が生じるのだ。

真のコントロール感を持つためには、自らの意志で影響を及ぼすことができると信じるだけでなく、周囲の世界が秩序ある場所で、そこでは自分のあらゆる行為が意図どおりの成果を生むと信じなくてはいけない。世界に秩序が見えると安心できるのは、人生がより生きやすく、予測可能に感じられるからだ。

ある実験によれば、外界の秩序の必要性はひじょうに高いため、被験者がチャッターを喚起するような出来事を思い出し、コントロールの喪失感にとらわれると、彼らには錯覚によるパターンが見えたという。秩序をシミュレートする他の方法の代わりに、心がそのパターンを想像させたのだ。

別の実験では、周囲の雑音レベルをコントロールできない被験者たちが、黒い縁取りのあるスイレンの絵葉書と、同じ絵柄で縁取りのない絵葉書のどちらかを選ぶよう求められた。平均すると、彼らが好んだのは縁取りがあるほうで、この縁取りも秩序を示す視覚的表現である。

とはいえ、科学者たちが発見したのは、周囲を整えて物理的環境をコントロール可能な特定の構造に一致させれば、ナダルのように世界に秩序があるという感覚をシミュレートできるし、その延長線上で自分の心にも秩序を感じられるということだ。

誰でも簡単に実践できる不安の軽減法

ある領域(私たちの心)の混沌を埋め合わせるために別の領域(物理的環境)に秩序をつくり出す方法の魅力は、内なる声の原因となる特定の問題にまったく無関係でもいいという点にある。

そのおかげで、環境に秩序を与えるやり方はひじょうに便利で、ほとんどいつも容易にできる。そして、それを実践して得られるものは素晴らしい。

たとえば、ある実験では、世界を秩序ある場所として描く文章を読んだだけでも不安が軽減されることが示された。

あまり暮らしやすくない地域に暮らす人は気分がふさぐことがより多く、その一因は周囲の無秩序が目に入ることだと、ある研究が示唆しているが、それも当然に思える。

(翻訳:鬼澤忍)

(イーサン・クロス : 心理学者/ミシガン大学教授)