インフルエンサーマーケティングの需要は、当面減速しそうにない。

インフルエンサーやコンテンツクリエイターにまつわるビジネスは、2022年に推定で164億ドルに達する。当然、インフルエンサーマーケティングの優先度は上がる一方だ。しかしその反面、インフルエンサーの人気高騰に伴って、報酬に関する議論や指標の開発など、長期的な課題も浮上している。

増大し続けるインフルエンサーのニーズ



インフルエンサーへの渇望は、メディアエージェンシーとブランドの双方で、いまも確実に増大しつづけている。インフルエンサーマーケティングプラットフォームのクリエイターIQ(CreatorIQ)が100人以上のマーケターを対象におこなった調査では、回答者の69%が「この1年でインフルエンサーマーケティングへの投資を増やした」と答えている。インフルエンサー企業のオープンインフルエンス(Open Influence)も、2023年を展望する調査報告書で同様の傾向を指摘している。マーケティング担当役員の64%が「2023年にインフルエンサーマーケティング予算を増やす」と答え、ブランドの13%前後が「2023年に最低でも100万ドルの予算をインフルエンサーマーケティングに投じる予定」と回答したという。

「ソーシャルプラットフォームは私たちの生活のあらゆる側面に浸透している」。オープンインフルエンスでマーケティング担当のシニアディレクターを務めるマリア・ロドリゲス氏はそう指摘する。「興味深いことに、クリエイターの影響力が及ぶのはデジタル機器の画面上にとどまらない。最大限の投資効果を得るために、マーケターたちは多様なマーケティングチャネルを活用してクリエイターのコンテンツを拡散している」。

オープンインフルエンスの調査では、大部分のブランド(81%)がインフルエンサーマーケティングの管理をメディアエージェンシーに委託しており、インハウスでの管理運営は19%にとどまることも指摘された。結果として、メディアエージェンシーはインフルエンサーマーケティングのパフォーマンスに関する議論の舵を取り、報酬形態の進展を方向づける立場にある。

ピュブリシス傘下のエージェンシーである米国MSL(MSL U.S.)でデジタル部門のシニアバイスプレジデントを務めるアレクサンドラ・ハント氏は、「インフルエンサー市場が成長を続けるなか、報酬の上げ幅がもっとも大きいのは、どうやらタレントエージェンシーに所属するインフルエンサーやクリエイターのようだ」と述べている。「彼らのようなコミッションベースの報酬モデルでは、交渉プロセスは自ずとアグレッシブになりがちだ」。

変容する報酬モデル



オープンインフルエンスによると、マーケターの20%が「インフルエンサー施策をインハウスで運営すると、交渉、契約、支払の流れに問題が生じる」と回答している。また、調査に参加した人の約17.3%は「効果的なクリエイティブ戦略の策定も高いハードルだ」と述べていた。

ロドリゲス氏は報酬の決定を難しくする要因をほかにもいくつか挙げている。「クリエイターのオーディエンスの規模、扱う業種、コンテンツのフォーマットの要件、独占契約の要件、知的財産権などがネックとなりがちだ。どんなケースにも適用できる万能のアプローチなど存在しない」。

「長期的なパートナーシップは概してメリットが大きい」と同氏は話す。「一過性の取引関係よりも費用対効果が高く、自社の美意識に合う人材を集めた鉄板のクリエイターポートフォリオを低コストで構築できる」。

こうしたパートナーシップと「パフォーマンスベースの契約」はより一般的になるかもしれないと、米国MSLのハント氏も述べる。同氏によると、クリエイターを採用する際、フォロワーの頭数よりも権威や関連性を重視する方向へ、業界全体がシフトしているという。そして、料金を計算したり、結果に対する責任の所在を明確にするうえで、データが大きな役割を果たすともいう。

「料金が上がれば、期待値も上がる」とハント氏は話す。「データドリブンな交渉では、フォロワー数に限らず、多くの指標を見ながら個別の料金を検討する。過去のスポンサードコンテンツの実績やバックエンドの指標をチェックして、期待される成果に基づいて報酬を支払うようにしている」。

いかに金額が決まるのか



インフルエンサーエージェンシーのヴィレッジマーケティング(Village Marketing)は現在WPPのワンダーマントンプソン(Wunderman Thompson)傘下にあるのだが、その創業者として知られるヴィッキー・シーガー氏は、「インフルエンサーの需要が伸びれば、報酬も当然上がるだろう」と以前の取材で述べていた。さらに、大手の企業やエージェンシーがインフルエンサーマーケティングに乗り出せば、コンテンツクリエイターが値上げに走ることも想像に難くない。

「テレビに4億ドル(約540億円)、インフルエンサーに30万ドル(約4000万円)の予算を割くのは無理な話だと考えた大手のブランドが、軌道修正を図りはじめたのだと思う」とシーガー氏は話す。「D2Cから見れば、大手企業の参入で、市場はすっかり混雑している。クリエイターに対する需要が高まり、そのクリエイターたちは値上げをはじめた」。

インフルエンサーマーケティング企業のユビキタス(Ubiquitous)は、支払や交渉でクリエイターを支援するためのプラットフォームを運営している。CEOのジェス・フラック氏は、関係者がデータに依存するのはまさにこの場面で、データを活用しながら料金を決めたり、エンゲージメントに基づく標準的な価格設定モデルを定義したりするという。パフォーマンスデータに基づかないなら、ブランドが支払いたい金額次第、クリエイターが納得する金額次第ですべてが決まる。

フラック氏はこう説明する。「弊社では、ネットワークに参加する全クリエイターの直近の投稿動画9本から、再生回数の中央値を自動的に取得する。このデータをもとに、クリエイター各自の正確なパフォーマンスに基づいて条件を提示できる。もちろん、価格やCPMはチャネルによって大きく変動する」。

たとえば、同氏によると、現在、CPMの変動幅はTikTokで約5ドルから10ドル(約670円〜1340円)、インスタグラムで12ドルから15ドル(約1600円〜2000円)、YouTubeで20ドルから30ドル(約2700円〜4000円)前後だという。

フラック氏はさらにこう続ける。「インフルエンサーマーケティングはまだ誕生間もない業界だ。そのため、どのブランド、どのクリエイターにも通用する、業界共通の価格設定モデルというものが存在しない。少なくとも弊社のモデルでは、もし料金が上がるなら、それはインフルエンサーマーケティングがより効果的になっているからだ」。

成熟するインフルエンサー業界



ソーシャルメディア投資の効果測定は現在進行形の課題だ。問題は、プラットフォームの選択肢が広く、データの取得が難しいというだけではない。いまやエージェンシーたちは拡張現実(AR)や仮想現実(VR)にまでコンテンツを広げており、チャネル横断的な知見の獲得や分析が難しくなっている。一方で、インフルエンサーマーケティングエージェンシーのビリオンダラーボーイ(Billion Dollar Boy)の設立に加わり、グローバルCEOを務めるエド・イースト氏は、大規模で統合的なキャンペーンの需要が生まれていることは、業界が成熟に向かっていることの表れだと見ている。

「SNSで最初に名を成し、そこからメインストリームメディアに進出したクリエイターたちは、もはやソーシャルプラットフォームの枠には収まらない」とイースト氏は話す。「いまではこの業界の進化を反映したクリエイティブブリーフがごく普通に送られてくる。そこにはより大きな予算を投じ、より多様なメディアを活用した、より野心的なキャンペーンが描かれている」。

イースト氏によると、ディスプレイ広告、ポッドキャスト、音楽配信サービス、パブリッシャーのアドバトリアルなど、幅広いチャネルでクリエイターを起用しつつ、キャンペーンは進化を遂げているという。

「弊社では、メタバースでクリエイターを起用した新商品の発表までやった。クリエイターのユビキタス化を示す良い例だ。市場はインフルエンサーのコンテンツであふれかえり、特別に目立つコンテンツ、だが適度にオーガニック感があり、過度にプロっぽくないコンテンツを作成するには、ブランドもインフルエンサーもオーディエンスも、エージェンシーと効果的なクリエイティブブリーフに依存せざるを得ない」。

成果指標の問題



オープンインフルエンスによると、コンテンツがあちこちに拡散した結果、インフルエンサーマーケティングの正確な効果測定を容易だと感じるマーケターは40%にとどまるという。同社のロドリゲス氏は、「インフルエンサーとの取引は1回限りのケースが普通であるため、長期的に結果を追跡することも容易でない」と述べている。

「インフルエンサーマーケティングといえば、以前はマーケティングファネルの最上層で成果を上げるための施策だった」とロドリゲス氏は話す。「ソーシャルコマースの発展とも相まって、いまではカスタマージャーニーのどのタッチポイントにも出番がある。ブランドがクリエイターを起用したマーケティングキャンペーンのROIを真に理解するためには、この分野のエキスパートと密接に連携し、明確な目標を立て、成功指標を定義し、結果を評価することが重要だ」。

ユビキタスのフラック氏も、インフルエンサーマーケティングというビジネスにおいて、成功指標の策定は依然として厄介な分野だと考えている。

そもそも適切なクリエイターを特定するだけでも容易でないと、フラック氏は話す。「そのうえ、フォロワー数のような標準的で不活性な指標で妥協することもできない。さらに、投稿が公開されれば、『この投稿の成果はどう測定すればよいか』といった問いに直面する。1件の投稿だけでも大変なのに、同時に50件もの投稿が公開されるのだから、その困難たるや推して知るべしだろう」。

[原文:Media Buying Briefing: Influencer marketing costs keep rising with demand despite long-term challenges]

Antoinette Siu(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)