VRヘッドセットを装着して、VRChatを楽しむなみしろさん(右)と佐藤航智さん(写真:佐藤航智さん提供)

長崎県でSEをしていたアラサー女性・なみしろさんは、マッチングアプリに苦手意識を持っています。ダウンロードはしたものの、地方ゆえに身元はバレやすく、顔写真を登録することに抵抗があったから。男性の顔写真はたくさん並んでいるけれど、人柄はまったく分からない。アプリはすぐに削除したそうです。

「知らない人と何を話したらいいのか分からない。マッチングアプリには推奨されるメッセージのやりとりやデートの正解ファッションがあるけれど、正解通りにやれる自信がなく、彼氏をつくれるイメージは持てなかったです。とはいえ、不特定多数の人と会うのもハードルが高くて、合コンや街コンにも参加したことがありません」

「本人に似ていないアバター」のほうが恋愛成就しやすい

なみしろさんは2022年1月に、「VRChat」というメタバースの一種であるソーシャルVRアプリを始めました。そこで出会った東京都在住のウェブコンテンツ会社を経営する佐藤航智さんと知り合い、3月にはお互いのフルネームも素顔も知らないまま付き合うことになりました。

彼女はその後転職して、11月から都内でVRエンジニアとして働いています。旅行以外で地元を出たことがなかった女性の人生を大きく変えたきっかけが、仮想空間にあったのです。

VRChatの中にはゲーム、繁華街、遊園地、観光地などの「ワールド」と呼ばれる仮想空間が多数あります。出入りが自由な公共のワールドに行けばいろんな人と交流ができ、限られた人とワールドに入るという使い方もできます。

なみしろさんと佐藤さんはドライブやイルミネーションなどを楽しめるワールドで、2〜3日に1回ペースで会っていたそうです。同じ東京在住だったとしても社会人の男女が2〜3日に1回ペースで会うのは難しいのではないでしょうか。

ワールドはすべて無料で利用できるため、デート代も交通費も0円です。


メタバース内でのデートの様子。お部屋を模したワールドで室内デートを楽しむ(写真:佐藤航智さん提供)

2人は2022年、VRChatで合コンを開催しました。リアルな合コンでは誰かに人気が集中しがちですが、メタバース合コンは男女6対6でも4組ほどカップルが成立するなど、人気が分散したといいます。また、リアルの婚活パーティーでは、参加女性の半分近くがマッチング希望を白紙で提出することもあり、女性からの申し込み0人の男性が多く生まれてしまいます。

婚活始める前は「誰でもいいです」と言っていたはずなのに、いざ男性から申し込みされても気持ちが動かず断る女性は珍しくない。断る理由はいろいろですが、その1つが外見です。ルックスの好みはさまざまですが、比較検討できる仕組みは、選ばれない“敗者”を生む可能性もあります。

なみしろさんによると、よく知らない男性相手でも、見た目がアバターだからこそ打ち解けて話せたそうです。

東京都市大学、TIS、岡山理科大学、工学院大学による研究チームが発表した論文「身体的アバタを介した自己開示と互恵性 ―『思わず話してた』―」によると、本人に似ていないアバターを使用するほうが、相手に対し自分のことを多く話してしまう傾向があるといいます。本人の年齢、性別、社会的背景がわからない状態だと自己開示が促進されるのです。

美少女アバターを利用することを『バ美肉(バーチャル美少女受肉)』と呼び、メタバースでは男性が美少女アバターを利用するというカルチャーがあります。男性が女性アバターを使う理由は、話しかけてもらいやすくなり、コミュニケーションもとりやすくなるためです。

美少女アバターの相手とため口で話していたら、実は自分より10歳以上年上の男性だった――ということもよくあるそうです。

「美少女アバター」を使う男性をどう思ったか

紫亜さん(仮名・20代男性)も、女性アバターを使う一人。最近、メタバースで彼女ができました。なお、お付き合いすることになる小賀さん(仮名・20代女性)と初めて会ったときは、彼女は男性アバターを纏っていたとのこと。小賀さんは、男性が女性アバターを使うことについてどう感じていたのでしょうか。

「メタバースはそういうものなので気にならなかったです。男性なのはわかっていたけれど、身構えることもなく自然体で話せました。実際に会ったときもデートというよりオフ会に参加するぐらいの感覚でリラックスでき、どんな人かわかっていたので相手の顔は気にならなかったです」

紫亜さんと小賀さんは、知り合った翌日にメタバース内でデートをしています。

マッチングアプリだとしたら、マッチングした翌日にデートするということはほとんどありません。順調でも1週間ぐらいはメッセージのやり取りを重ね、やっとデートを提案するのが一般的です。当たり障りがない話題を選んでやり取りを続けているうちに連絡が途絶えることも多々あります。

2人はメタバース内のVR空間で何度かデートを重ね、お互いの性格も知ってから2週間後にリアルで対面しました。本名を知ったのは付き合ってからです。

話が合う人と出会いやすい

メタバースのほうが距離が縮まりやすいのは、趣味や属性が近い人が利用していることも関係しています。博報堂DYホールディングスが実施した「メタバース生活者意識調査」によると、2022年10月時点でメタバース利用したことがある人は8.3%で、知っている人も36.2%しかいません。

利用者にはゲームやVチューバー(バーチャルYouTuber:2Dや3Dのキャラクターアバターを使ってYouTube配信を行う人)が好きな人が多く、職種はエンジニア、デザイナー等の割合が高い。趣味や職種が近く、メタバースで出会っているというだけで「好きなワールドはどこ?」といった話題で自然と会話が盛り上がるのです。

小賀さんによると、ゲーム好きが多いのもメタバースの魅力だといいます。

「周りの女子はあまりゲームをしないので、ゲームが好きと言いにくかった。VRChatで出会う人は基本ゲーム好きなのでより話しやすいです」

メタバースの利用者は圧倒的に男性が多いのです。女性ユーザーも増加傾向だが2022年後半で男女比は8:2ほど。逆にこの男女比だからこそ、メタバースは女性にとって有利な出会いの場になる可能性も秘めているでしょう。リアルの結婚相談所は女性のほうが多く、女性が同年代男性に会おうと思ったら苦戦しやすいのです。

前出の佐藤さんは自身の“メタバース恋愛”をきっかけにして、現在、メタバースのマッチングアプリ開発を進めています。きっと自分たちのように、“バーチャルな出会い”が誰かの人生を充実させることができると考えているからです。

(菊乃 : 恋愛・婚活コンサルタント)