「正職員に嫌われたら終わり」非正規公務員の苦悩
高い専門性を身につけていても、強制的に雇い止めになるかもしれない不安と戦っています(写真:Graphs/PIXTA)
図書館司書やハローワーク職員など、現場で働く非正規の公務員が、低賃金・不安定雇用に陥る「官製ワーキングプア」の問題がクローズアップされている。中でも最近、当事者の間でささやかれているのが「2023年問題」だ。
2023年3月末には地方自治体の7割が、非正規の「会計年度任用職員」について、雇用契約を更新せず公募を実施する可能性がある。このため当事者には「多数の雇い止めが生じるのでは」との不安が広がっている。
年度末、職場に飛び交う「高級チョコ」
「2月になると毎年、職場に高額なチョコレートが飛び交いますよ」
そう言って苦笑するのは、関東地方のハローワークに勤務する非正規公務員の美幸さん(仮名・50代)だ。
年度末の更新が迫るこの時期、非正規職員たちは正職員の心証を良くしようと「付け届け」をするようになる。女性たちはバレンタインデーにかこつけて超高級チョコを渡すが、男性も負けじとお菓子を贈ったり、わざと簡単な質問をして「○○さんは業務をよくご存じなんですねえ」などと大声で「ヨイショ」したりし始めるのだという。
しかし非正規の職員がこうした行動に出るのは、ある意味で「合理的」な理由がある。4月以降も職を確保できるかどうかは、自分の働きぶりではなく正職員の恣意的な判断次第だと、経験上よく分かっているからだ。
美幸さんらはこれまで、有能な職員が理由も分からず何人も雇い止めされる様子を目の当たりにしてきた。正職員に意見した非正規職員が「来年は公募で落とす」と言い放たれたこともある。各労働局から年度末に通知される相談員の削減などによって、継続更新の時期に当たっているはずの人が、急に雇い止めされることもある。
「正職員に疎まれたら、いくら仕事ができようがシングルマザーで子どもを養っていようが、関係なく失職する」という危機感が骨身に染みているからこその、贈り物・お追従合戦なのだ。
美幸さん自身も契約を更新される確証はない、不安定な身の上だ。
「もし雇い止めされたら、自分の職場だったハローワークで失業手当の受給手続きをしなきゃいけない。私たち非正規職員も、来所する求職者と同じように生活困窮と隣り合わせです」
非正規公務員は2020年4月現在、約70万人に上る。女性が7割を占め、図書館司書などの専門職のほか、虐待・DV被害者や生活困窮者の支援職などセーフティネットを支えるエッセンシャルワーカーも多い。またこのうち約62万人が、地方自治体の「会計年度任用職員」だ。
会計年度任用職員制度は、各自治体でまちまちだった非正規公務員の呼称を「会計年度任用職員」にそろえ、手当などの処遇も統一するため、2020年4月に導入された。
これによってフルタイムの任用職員と正職員との処遇格差は縮小したが、パートの任用職員については、むしろ支払われる手当が限定されてしまった。フルタイムの就業時間を15分減らしてパート扱いにする自治体も相次ぎ、任用職員の9割弱がパートで働いている。
2023年3月、自治体の7割強が「公募」実施へ
また非正規公務員女性らでつくる「はむねっと」が2022年、非正規公務員704人に対して実施したアンケート調査では、回答者の約4割が年収150万円未満、約8割が250万円未満だった。
さらに自治体の多くは、任用職員の雇用期間が1年、3年、5年など一定の年限に達すると契約を更新せず、公募を実施している。それまで任用職員として働いていた人が勤務の継続を望む場合も、他の応募者と同じように採用試験を受けなければならない。
非正規公務員の問題に詳しい、立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授の調査によると、2020年4月時点で、毎年公募を実施するとした自治体は1254と全体の38.2%、3〜5年で実施するとした自治体もほぼ同数に上った。このため上林教授は、制度導入から丸3年を迎える2023年3月には「『毎年』と『3年』を合わせておおむね7割の自治体が、公募を実施するのではないか」と予測する。
採用試験の結果、再度同じ職を得る人も相当数にのぼる見通しだが、美幸さんの職場のように、恣意的な雇い止めが行われるリスクも高まる。このため公募の時期を迎えた任用職員の多くが「4月以降、この職場にいられるだろうか……」という不安を抱いているのだ。
前述した美幸さんは、キャリアコンサルタントや産業カウンセラーなどいくつもの資格を自費で取得し、研修などにも参加してスキルを磨き続けている。在留期限の迫る外国人や生活困窮者が窓口を訪れた時は、人脈や経験を駆使し、就職相談の域を超えてサポートしてきた。
非正規公務員の多くは、専門性を生かして市民の役に立つのだという使命感とやりがいを支えに、仕事を続けている。しかし「あなたはいつでも替えが利く」と言わんばかりの公募というシステムや、低賃金での処遇に「自分は社会から評価されていないと感じ、誇りを傷つけられる仲間も多いのです」。
このままでは「意欲の低い職員」だけが残ってしまう
「コロナ禍で社会支える『非正規公務員』悲惨な待遇」に登場した元婦人相談員の藍野美佳さんは現在、正職員として女性支援の仕事に就いている。非正規時代はトリプルワークせざるを得なかった藍野さんだが、現在は「労働に見合った賃金を得られて職場環境も良く、満足しています」と笑顔を見せた。
また藍野さんは「『2023年問題』は、実は3年前から水面下で進行してきたのではないか」とも予想する。非正規職員はスキルと意欲が高い人ほど、先行きの見えない仕事に失望し、どんどん職場を去っているのではないか、というのだ。
美幸さんも「このままでは、最終的に残るのは『給料分の仕事だけすればいい』という意欲の低い職員ばかり、という状況に陥りかねない。それでは日本のセーフティネットはボロボロになってしまいます」と危惧する。
例えば美幸さんの勤めるハローワークには、企業や官公庁を定年退職した男性の任用職員もいる。しかし彼らの多くは、失業を重ねる求職者の苦しみや背景を理解しようとせず、支援の基本である傾聴や共感の姿勢も見られない。「あなたのやる気が足りない」「努力不足だ」などと自己責任論を振りかざして説教し、求職者を泣かせたり怒らせたりすることもしばしばだという。
藍野さんも「非正規公務員の待遇が改善されず、経験豊富で優秀な人材が流出することは、住民の不利益以外の何物でもありません」と強調した。
上林教授によると、自治体が公募を実施するのは、すべての市民に採用のチャンスを与え「公平性」を保つことが目的だ。試験の成績に基づいて人材を採用する「メリットシステム」を導入することで、情実的な入職を防ぐ狙いもある。
上林教授の調査では72の自治体が、前任者は公募に応募できないという制限すら設けており、「あまりにも行き過ぎた制限であり、早急に改める必要がある」と批判する。既存職員が積み上げてきた経験や知識が、公募のたびに丸ごと職場から失われ、行政サービスの質が低下するというデメリットも招きかねない。
一方で、460の自治体は公募を実施していない。こうした自治体は理由について「勤務を通じて能力を実証できる職員を継続任用する」などと回答しており、公募でなくとも能力評価は可能だとの判断がうかがえる。
上林教授も「人事評価で職務に見合う能力があると判断した職員については、公募せずに契約を更新するべきだ」と訴える。
「一律に公募を実施すると、付け届けのような不快な習慣がまかり通り、正職員のハラスメントに泣き寝入りせざるを得ない環境が温存され、職場の雰囲気も悪くなってしまいます」
「ジョブ型」へのシフトで優秀な人を集める
任用職員を巡っては早ければ2024年度から、従来の期末手当に勤勉手当を上乗せし、ボーナスを引き上げるとの政府方針が報じられている。しかし上林教授は、手当のような小手先の処遇改善ではなく、正規・非正規に分かれた公務員の枠組みそのものに、メスを入れる必要があると強調した。
「公務員は今や、正職員すら人気が低下しつつあります。各ポストに必要な能力を持つ人を無期雇用し、仕事に見合う賃金を支払う『ジョブ型』へのシフトを進めることで、非正規の処遇改善だけでなく、専門的なスキルを身につけたい若者を集めることもできるはずです」
(有馬 知子 : フリージャーナリスト)