「高年齢労働者」とよばれる、高年齢者の労働力に注目が集まっています(写真:jessie/PIXTA)

現在、日本は超高齢化社会と呼ばれています。高齢者が何歳以上であるかについては、統一された基準はありませんが、医学的には65歳以上を指す場合が多いといわれており、総務省の発表では65歳以上の人口は全体の3割弱となっています。

メディア等では高齢者の増加によって若者の負担が増えることが取り上げられていますが、一方で「高年齢労働者」とよばれる、高年齢者の労働力に注目が集まっています。

高齢者の働く割合は確かに高く、内閣府の令和4年版高齢社会白書では、60歳以上の就業率は右肩上がりとなっており、65〜69歳の半数、70〜75歳の3割もの人が働いているという統計が出ています。さらに、現在収入のある60歳以上を対象にアンケートをとった結果、約4割が働けるうちはいつまでも働きたいと回答しており、高齢者の働く意欲が高いことがうかがえます。

こうした社会の現状を受けて、近年改正された高年齢者雇用安定法(2021年4月施行)では、高齢者の働く機会を確保するために、定年が65歳から70歳に引き上げられました。

心身のギャップが大きいことも現実

このように、意欲のある方々に働く場を提供することは一見良いことのように思えますが、実際はご本人の働きたい気持ちと、心身のギャップが大きいこともまた現実です。

まず身体的な問題については、加齢による筋力の低下から若い世代と比較して長時間の労働が難しいほか、業務中の転倒・転落の危険性が高くなっています。実際に、転倒災害は50歳頃から急激に増える傾向にあります。

また、高血圧や糖尿病といった生活習慣病が進んだ状態にあったり、悪性腫瘍などの既往があったりと、治療と仕事を両立する必要がある方も少なくありません。日常業務においても、加齢による視力低下(白内障や老眼など)や聴力低下(加齢性難聴)によってじゅうぶんなパフォーマンスが発揮できないばかりか、大切な指示が伝わりにくく指導側に負担が強いられる場合もあります。

加えて、精神的な問題も対策が必要となります。加齢に伴い、どのような人でも判断力や適応力、記憶力が低下していきます。ここで問題になるのは、個人によって低下のばらつきが大きく一律に対策が立てづらいこと、性格によっては頑固にこうした能力の低下を認めないために周囲とのコミュニケーションがうまくいかなくなってしまうことにあります。

近年の業務は機械化やオンライン業務がさらに普及しており、次々とアップデートされる機械の操作や、オンラインミーティング用のパソコン操作についていけないと感じている方も少なくありません。また、再雇用された際に、ずっと年下の方から新人として指導を受ける立場になることに、やりづらさや話題の合わなさを感じる方もいらっしゃいます。

業務を「楽に」する対策

しかしながら、事業者が雇用を決めた以上、こうした高齢者を指導・監督することも管理者の役割のひとつといえます。


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身体的な問題への対策としては、急激な姿勢の変化のある業務や暗い場所での業務、ベルトコンベアなどの操作が時間に追われる業務は避けましょう。重いものを持つ必要がある際も、身体に密着させて持つことで負担をかなり軽減することができます。

業務を「楽に」する対策は高齢者だけでなく、職場全体の作業環境を良くするきっかけになります。身体的に弱い方が業務を行ってみることではじめて浮き彫りになる問題もありますので、ぜひ高齢者だからという理由だけでなく、働く人すべての安全と業務の効率化のために対策をしていただけたらと思います。

さらに、始業時に全体で軽い体操やストレッチを取り入れることで、基礎体力作りだけでなくコミュニケーションの向上を狙うこともできます。なお、長期的な対策としては、加齢による身体の変化は生活習慣病の予防などによってある程度防ぐことができますので、高齢になってからではなく、就業開始年齢から健康診断などを通じた啓発やフォローが重要といえます。

精神的な問題には、やはり指導にじゅうぶん時間を割くことが大切です。高齢者に限ったことではないですが、これくらいのことができて当たり前と思わずに指導を行いましょう。一人ひとりの特性に合わせた指導ができれば理想的ですが、ビデオ等で作業の手順を繰り返し確認できるようにする、新しい作業に移るときも今までできていたことと関連したものにするなど、少しの工夫で指導側も高齢者側もぐっと働きやすくなります。

また、高齢者として働く方向けのアドバイスとしては、年功序列や上下関係にとらわれすぎず、いまご自身が何をすれば職場チーム全体の助けになるのかをつねに考えていただければと思います。

加齢に伴い、身体的・精神的問題が現れることは誰しも避けることはできません。しかし、働くことで自尊心や自己肯定感が高まり、身体の健康にもつながります。年代だけに捉われず、個人の特性に合った働き方ができるような社会に、少しでも近づくことを願っています。

(上原 桃子 : 医師・産業医)