炎上して1日後に配信停止になった前澤友作氏監修のシングルマザー向けマッチングアプリ「コアリー(coary)」。その問題点とは?(画像:前澤氏Twitterより)

実業家の前澤友作氏が監修したシングルマザーを対象とする婚活・恋活マッチングアプリ「コアリー(coary)」が1月17日リリースされた。ところがその直後に炎上し、翌日の1月18日には配信停止に至った。「#コアリーの配信停止を求めます」というハッシュタグでの拡散が始まっていた。

配信停止の理由については、前澤氏自身がツイートしている通りだ。

マッチングアプリ「コアリー」のアプリ配信を停止しました。

シンママの皆様への事前ヒアリングを重ねた上でサービス設計し、懸念に対する予防措置や監視体制を整えてまいりましたが、不測の事態を懸念される皆様のご意見や、現在の状況を鑑み、より慎重に進めるべきと判断し、配信を停止しました。

「シンママにとって使いやすいマッチングアプリがあると嬉しい」というシンママの皆様の多くの声を受けて開発を進めてまいりましたが、懸念事項に対する対策や、一部の表現などに問題があったと反省しております。改めてシンママの皆様に喜んでいただける方法がないのかを再考いたします。

前澤友作氏Twitterより)

SNS上の批判には、一般には誹謗中傷や的外れな意見も多いが、今回に関しては、的を射たもの、建設的な批判も多く見られた。問題がサービス提供側に伝わり、配信停止に至ったという点で、本件は、炎上が有効に機能した事例と言える。

一方で、本アプリの問題は、SNSで炎上した批判の声だけに留まらない、様々なリスクが想定されるというのもまた事実だ。

炎上の火種はどこにあったのか?

まずは、炎上の「中身」について見てみよう。本件に関する主な批判の論点として、以下の5点が挙げられる。

1、子どもへのリスク

2、母親へのリスク

3、男性ユーザーに関する意見

4、アプリの趣旨やネーミングに対する批判

5、前澤氏個人に対する批判

数としては1が最も多かったが、そのなかでも目立ったのは、子どもに対する性的虐待を懸念する声であった。子どもの性別や年齢を登録する項目などがあったためだ。

ネット上では、「プロフィール欄に“シングルマザーです”と書いている人に、理解のある男性のふりをして近づき、児童を性的虐待する男性が実際にいる」「知人が別のアプリで、子どもの性別を聞かれ女の子と言うとぜひ子連れで会いたいと言われ、会うと娘の写真をひたすら撮るので怖くなって逃げたと聞いた」など、子どもへの性被害リスクの大きさを懸念する声が続出した。

2については、シングルである母親の「経済的困窮につけ込むような男性がやってくるリスク」「離婚相手からストーカーされるリスク」などへの懸念の声が見られた。


「コアリー(coary)」のサービスを紹介する動画では、「ママ、好きな人いてもいいよ」と母親の恋愛を応援する幼い娘と母親の会話が取り上げられていた

3に関しては、1、2とも裏表だが、「まともな男性が登録するのか?」「母子を支える資質(経済力、包容力)を備えた男性がどれくらい参加するのか?」という意見が見られた。

4については、「『コアリー』(子あり)というネーミングにセンスがない」という意見が目立った。また、「(女性が男性に経済的支援を求める)パパ活アプリのようなものではないか?」という意見も複数あった。

5はサービスを提供する前澤氏の資質や人間性に対する批判だが、好き嫌いに関するものが大半で、建設的な提案に結び付く意見は少なかった。

一方で、擁護意見も一定数見られたが、

・シングルマザーに出会いの場を提供したことへの評価

・前澤氏らが迅速に対応したことを評価する声

といったところが目立っていた。

たしかに、出会いの機会を見つけることが困難なシングルマザーを支援しようという理念は素晴らしいものであるし、批判を真摯に受けて迅速に対応を行った判断力、行動力は評価できる。

しかしながら、「コアリー」のサービスが、多くの問題を露呈したこと、その問題がシングルマザー自身が抱える問題とも深く関わっていることは、しっかりと検証しておく必要がある。

前澤氏は、「コンセプトや機能・サービス内容を見直した上で、また改めて方針についてお知らせいたします」としているが、今後、アプリという形で、こうしたサービスが成立しうるかどうかということから、再検討する必要があるだろう。


サービス停止にあたってコアリーのサイトでは停止のお知らせが掲載されている(画像:コアリーサイトより)

「性善説」ゆえに起こりうる問題が想定できていない

著者のアプリに対する第一印象は「性善説に立ったアプリだな」といったものだった。裏を返すと、「善意に欠けた人が起こす問題を十分に想定できていない」ということだ。

シングルマザーの婚活自体は、著者もポジティブに捉えたいが、様々なリスクや課題が伴っていることも忘れてはならないとも考えている。

私事になるが、著者自身もシングルマザーの家庭に育った。中学生の頃、母親の再婚話が立ち上がったこともあったが、直後に様々な問題が起こり、再婚話は立ち消えになっただけでなく、母子ともに心に深い傷を負うことになった。

著者には、親族や友人・知人にも、シングルマザーが複数いる。加えて、19年連続で離婚率が最も高い沖縄に4年間暮らして、シングルマザーとは日常的に接してもきた。

再婚した元シングルマザーも何名か知っているが、著者の直接知る限りでは、再婚してうまく行っているのは、母親が経済力と子育て能力が高い場合か、子どもが十分に成長して精神的に自立している場合、いずれかの場合も多いのではないかと推察する。

しかし、こういう女性は、「コアリー」のメインターゲットとしてまでは設定されていないだろう。

いきなり話がそれるようだが、古典物理学の難問に「三体問題」というのがある。かなり単純化して説明すると、「万有引力が働く3つ以上の天体の動きは、複雑すぎて予想できない」というものだ。2つ天体間の関係であれば簡単に解ける問題も、3者の関係となると、複雑化して解けなくなってしまうのだ。

シングルマザーの婚活は、この三体問題に例えられるのではないかと思う。子どもという3つ目の要素が入ることによって、とたんに状況は複雑になり、事態を単純化して捉えることができなくなってしまうのだ。

本アプリは、シングルマザーへの事前ヒアリングを重ねた上でサービス設計を行っているとされており、実際に「日本シングルマザー支援協会公認」というお墨付きも得たうえでサービス開始に至っている。

こうした経緯を見る限り、前澤氏の思い付きで拙速にサービスを開始した結果、多数の不備が発覚して炎上した――というわけでもないと思われる。

にもかかわらず、早々に問題が起きて炎上してしまったのは、サービス提供側に問題の多様さ、複雑さへの目配りが不足したことによるものだろう。


女性(シングルマザー)の視点は強調されていたが…

ニュースリース文を読む限りでは、女性(シングルマザー)の視点が強調されており、登録する男性側の視点、子どもの視点が欠落しているように見える。

今回の炎上事件をあえて一言でまとめると「三体問題を一体問題として単純に捉えてしまった」ということになるだろう。

特に欠落していたのが、「子ども目線」である。

子どもに関わるビジネスは、常に「子ども目線」から考えることが不可欠だ。しかし現実には、子どもの心の声を知り、拾い上げるのは難しいし、財布を握っているのは親であるため、どうしても親側のニーズを重視しがちになる。

われわれは、みな以前は子どもであったにも関わらず、ビジネスを行う側に立ってしまうと、とたんに子どもの気持ちを汲み取ることが難しくなってしまうのだ。

「炎上」からは見えてこない潜在リスク

前述したSNSの批判内容を越えて、本アプリのまわりには、様々なリスクと課題が広がっている。

1つめの「子どもへのリスク」についても、性的虐待のリスクに留まらない。恋愛と子育てが両立できる女性ならよいが、恋愛に走ることで、育児放棄につながるケースもある。 

相手の男性が「まともな人物」で、母親側との恋愛関係もうまく行ったとしても、子どもとの相性がよいとは限らない。真剣に交際し、結婚に至るまでには、相手の男性と子どもとの良好な関係をどう構築するのかという視点が不可欠だ。特に、児童や思春期の子どもが、実父でない男性を「お父さん」として受容するに至るまでには、大きな心理的障壁を乗り越える必要がある。

2、3つめに挙げた男女間の関係についても、「女性(母親)が経済的支援者を探すために婚活する」「(責任を負う気のない)シングルマザー好きの男性が寄ってくる可能性がある」といったことに限らない。

時間的、経済的制約のあるシングルマザーが、新たに恋愛をして、結婚に至るまでには、男女ともに限られたリソースをやりくりできる裁量と、包容力、寛容性が求められる

男性側にも子どもがいる場合は、「四体問題」になり、状況はさらに複雑化する。男女ともに離婚経験があり、それぞれに子どもいたが、再婚して家庭生活もうまく成り立たせている夫婦と出会ったことがあるが、この場合は、夫婦関係に加えて、血のつながっていない子ども同士を「兄弟」として家族関係を作っていく必要がある。

男性側が子どもと同居していない場合でも、養育費の負担をはじめ、父親としての責任を果たし続ける必要もある。男女間の所得格差は残っているとはいえ、世の中の成人男性の多くは、養育費を負担しても懐が痛まないほど資産や収入があるわけではなく、そうした面もさらに問題を複雑にする。

上記に限らず、多種多様な状況が想定しうることを考慮してサービス開発、提供を行う必要がある。

「アプリの役割は出会いの場を提供することであって、出会った後のことは個人間の問題」というのは紛れもない事実であるが、多種多様なリスクを想定したうえでサービス設計をしなければ、「成功事例」の蓄積はできず、長期的な存続は難しくなるというのも、また事実だ。

アプリの提供という形だけで、十分なのか?

否定的なことを書き連ねてきたが、著者はシングルマザーの恋愛・結婚自体については、前向きに捉えているし、ITを活用したマッチングサービスには、もっと様々な可能性が広がっていることも信じている。

世の中には経済的な面や家庭環境などさまざまな悩ましい事情を抱えている人が存在するが、以前はこうした人たちが限られた人間関係の中で、仲間やパートナーを見つけることは困難だった。技術の進化によって、個々の多様な属性、趣味、嗜好が尊重されながら、人と人とがつながり合っていくことは歓迎すべきことだ。

前澤氏が表明している通り、再度、詳細に「コンセプトや機能・サービス内容を見直す」ということをやってもらいたいと思う一方で、「アプリの提供という形だけで、十分なのか?」という疑問もぬぐい切れないのも事実である。

いずれにしても、前澤氏をはじめとするIT起業家がこれまで取ってきた、「スピーディーに意思決定を行い、サービスを開始し、問題が起きたら改変する」という手法は、当該サービスに関してはリスクが大きすぎるように思えてならない。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)