俺も昔は「チームを束ねたい」と意気込んでいたっけ……(写真:kouta/PIXTA)

上と下の板挟み……。いつの時代も、これが中間管理職の置かれた境遇だ。プレッシャーやストレスも大きいため、「なりたくない」と思っている社員も増えているが、一方でマネジャーがいなければ、現場が回らないのも事実。アフターコロナの働き方のシフトチェンジにおいて、その重要性を見直した欧米の名だたる企業が、マネジャーの研修に力を入れている。世界中でベストセラーになった『ライフ・シフト』著者のリンダ・グラットン氏は、組織の生産性を高め、自分自身のキャリアを向上させるために、マネジャーが持つべき4つの思考のあり方について、新刊『リデザイン・ワーク 新しい働き方』で明らかにしている。

マネジャーほど割に合わない役職はない

よいマネジャーとは、人々と仕事を結びつける役割を果たせる人たちだ。ハッキリ目に見える場合ばかりではないが、マネジャーの役割は極めて大きい。


マネジャーは、業務の流れをマネジメントし、メンバーがどこで働くかという方針を示し、メンバーが集中して仕事に取り組む時間を確保しなくてはならない。

勤務スケジュールがメンバーのニーズに適合しているか、メンバーが業務を通してスキルを向上させられるか、すでに持っているスキルを反復的に用いるだけにとどまっていないかといったことにも気を配る。

社員間の公平性について判断し、社員の尊厳を大切にする役割も担う。社員が現在の職でアップスキリングを行ったり、新しい職に移るためのリスキリングに取り組んだりするよう促すことも期待される。

優れたマネジャーが欠かせないことはハッキリしている。しかし、この点はいささか奇妙にも思える。長年にわたり、リーダーにばかり脚光が浴びせられて、マネジャーの存在意義を疑う声すらあったからだ。

マネジャーは、変化にかたくなに抵抗する「永久凍土」のような存在だと揶揄されることも多い。このような状況では、マネジャーが新しい働き方を設計する最前線に立っていないとしても不思議でない。

問題は、マネジャーの役割の重要性が高まる一方で、マネジャーの仕事の設計やマネジャーへのサポート体制がそれに追いついていないことだ。

1940年の研究によると、マネジャーが邪魔されずに仕事に集中し続けられる時間は、かろうじて平均23分にとどまっていた。1965年のスウェーデンの研究でも、マネジャーの時間が極めて細切れ化していることが明らかになっている。

名称変更でマネジャーの意識が変わった

業務プロセスとテクノロジーに次々と変化が訪れたことにより、マネジャーの業務が増大し、重圧が激しくなる一方で、マネジャーへの支援は減ってしまった。

スタンダードチャータード銀行は、世界の70カ国に1200を超す支店を展開するリテール銀行だ。利益の90%以上は、アジア、アフリカ、中東から得ている。同社の幹部チームは、「マネジャーたちのアップスキリングが欠かせないこと」に気づいていた。

同社の人事部門責任者であるタヌジ・カピラシュラミは、私にこう語っている。

「マネジャーたちを『永久凍土』になぞらえて揶揄し、会社が変われない原因をマネジャーたちのせいにすることは簡単です。でも、私たちは改めて考えてみたのです。マネジャーたちは、本当に変化に抵抗する『永久凍土』なのか、それとも私たちの会社にとって最大のチャンスを握る存在なのか。この点を検討した結果、マネジャーたちに本格的な投資をしてこなかったことに思い至りました」

スタンダードチャータード銀行には、マネジャーの職にある人が1万4000人いた。この人たちを支援するのに最善な方法を見出すうえで、まずマネジャーという名称を「ピープル・リーダー」に変更することから着手した。カピラシュラミは、こう述べている。

「この名称変更は、象徴的意味が大きかったことは事実です。でも、それだけではありません。ピープル・リーダーたちのコミュニティーを育むことも始めたのです。この役職の役割を明確化させたうえ、能力認定の仕組みを設けることにより、その重要性を周知しました。その結果、今では社内にピープル・リーダーのコミュニティーが形づくられています。

たとえば、今朝もCEOのビル・ウィンターズとピープル・リーダーたちの電話会議を行ったばかりです。取り組まなくてはならない課題は非常に高度なもので、大きな学びの機会になることは間違いありません。私たちは、ピープル・リーダーたちのことをコーチ、能力を持った人たちを束ねる存在、そして組織文化の担い手と位置づけています」

自分の出世よりチームの成長を優先する

ダイアン・ガーソンは2013〜2020年に、ジニ・ロメッティCEOの下でIBMの最高人事責任者を務めた。ガーソンと私は2021年3月におこなったHSMアドバイザリーのウェブセミナーで、マネジャーを取り巻く問題について議論した。

新型コロナのパンデミックでは特に、マネジャーたちが過酷な状況に置かれたが、一方で目覚ましい仕事ぶりを見せたマネジャーも少なからずいた。

ガーソンと私が到達した結論によれば、優れたマネジャーは4つの重要な思考様式の転換を遂げている。

第1は、旧来のピラミッド型組織的でマネジャー主導の発想「私が成功を収めるのを助けるためにチームがある」を脱却し、もっとチーム志向の思考様式「チームを成功させるのが私の役割だ」に転換していること。よいマネジャーは、さまざまな形でこのような精神を実践している。メンバーの職場へのエンゲージメントとモチベーションとスキルを高めるよう後押ししたり、メンバーへのコーチングとフィードバックに力を入れたり、メンバーを支援し、誰も排除しない職場環境をつくったりしている。

第2は、リソースを抱え込もうとするのではなく、ほかの人たちと共有しようとする思考様式に転換していること。たとえば、「私はメンバーの昇進に大きな関心を払っている。メンバーの他部署への異動は、私がコントロールする」と考えるのをやめて、「私はメンバーのコーチングを行い、メンバーが成長して部署の内外で新しい役割を担う機会を見出せるようにする」というように、オープンで協働志向の考え方をする。

第3は、固定的なチームから流動的なチームへと社内のチームのあり方を移行させる企業が増えていることを受けて、「私は固定的なチームのマネジメントとコントロールを担っている」という考え方を捨てて、「私のチームは流動的だ。メンバーがほかの部署のプロジェクトで働いたり、ほかの部署からメンバーを借りたりする」という認識に転換していることだ。

部下が育つことでマネジャーも成長する

第4は、働く時間と場所の柔軟性が高まる中で、「私はチーム内の仕事を割り振り、オフィスで仕事を実行させる」と考えるのではなく、「仕事はどこでもできる。重要なのは、あくまでも業務とプロジェクト。社内外の人材を活用して仕事を行う」という発想に転換していることだ。この思考様式の転換は、どのようにチームの成績をマネジメントし、評価するかにも大きな影響を及ぼす。

この面では、「私は、メンバーの仕事ぶりを直接監視し、年間の目標を設定して、成績評価を行う」という発想を脱却し、「仕事の優先順位をたえず判断し、常にコーチングを行い、結果を重視する」という思考様式に移行する。 

このようにメンバーのニーズを第1に考える発想への転換は、新型コロナのパンデミックが始まる前からすでに見られていた。しかし、コロナ禍の影響により、人々が働く場所と時間が大きく変わったことに伴い、それまで以上に複雑なスケジュール設定が必要になり、いっそう意識的に業務フローを設計することが求められるようになった。

「マネジャー・ファースト」の思考で見直す

スタンダードチャータード銀行では、ピープル・リーダーを対象にしたコーチングの研修を3度行い、何千人もの人たちが参加した。いつも定員を上回る応募が殺到しているという。カピラシュラミは言う。


リンダ・グラットン氏が来日取材し、北陸地方が高い幸福度を実現した秘密を探る番組 NHK BS1「シリーズ ウェルビーイング(1) LIFE SHIFT にっぽん リンダ・グラットンが見た北陸の幸せ」が1月28日に放送予定(撮影:梅谷秀司)

「こうしたアップスキリングを行うことにより、ピープル・リーダーたちがいわば『ペイ・フォワード』の精神を実践し、自分がコーチングをしてもらったあと、将来ほかの人にコーチングをしてあげられるようになります。そのように将来、役に立つスキルを学べるのです」

こうした取り組みを通じて、進出しているアフリカの20カ国で現地の有能な人たちが有用なスキルを育む機会をつくっている。同時に、リーダー候補生を増やすという目標に向けて前進することもできた。
働き方のリデザインに取り組む際は、マネジャーの役割を根本から見直すことも考えたほうがいい。

(リンダ・グラットン : ロンドン・ビジネス・スクール経営学教授)