武田真一アナ

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 NHK大阪放送局の武田真一アナ(55)が退局し、フリーアナウンサーに転身することが、1月25日、デイリー新潮の取材で分かった。NHKの関係者は「驚く視聴者も多いでしょうが、武田アナには切実な事情があるようです」と言う。

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 まずは武田アナの経歴を確認しておこう。1967年に熊本県で生まれ、地元の中学・高校を経て筑波大学に進学。卒業後の1990年にNHKへ入局した。

 NHKに応募したのは友人の誘いだったという。希望職種はディレクターだったが、アナウンサーとして採用された。アナウンサーとしての適性があるとは思っていなかったため、本人も驚いたそうだ。

武田真一アナ

 入局後は熊本放送局や松山放送局に勤務。東京アナウンス室に異動し、2000年4月から平日正午の「NHKニュース」を担当すると、徐々に人気が出始めた。担当記者が言う。

「新聞記事のデータベースを調べると、2004年ごろから『NHKの武田アナについて教えてください』という投稿が、新聞のテレビ欄に掲載されるようになりました。武田アナの名前が全国区になったのは2008年、夜の看板ニュース番組『ニュース7』のキャスターになってからです」

 オリコンが集計する「好きな男性アナウンサーランキング」では、2012年から上位陣の常連となった。16年には「第67回NHK紅白歌合戦」の総合司会に抜擢。まさに“NHKの顔”として八面六臂の活躍だった。

 17年4月から「クローズアップ現代+」のメインキャスターを務め、21年に大阪放送局に赴任した。

 当時、NHKは異動の理由として「首都圏での大規模災害時のバックアップなどを見据えた大阪放送局の機能強化」と説明した。

決断の背景

「もし東京・渋谷のNHK放送センターが災害で被害を受けたら、大阪から武田アナが全国放送を担当するというわけです。もちろん、それも大きな理由だったでしょう。しかしNHKとしては、知名度が抜群の武田アナを鳴り物入りで異動させ、大阪放送局の存在感や視聴率を上げようとも考えていたはずです」(前出のNHK関係者)

 依然としてNHKの看板アナであり、高く評価されている武田アナが、なぜ退局を決心したのか。

「実は武田アナは、みなさんがイメージするよりはるかに“偉い管理職”なのです。大阪放送局では専任局長待遇で、個室も与えられています。1967年9月生まれの55歳ですから、定年も見えてきました。今後はますます管理職としての仕事が増え、テレビの現場からは離れていくことになります。これが武田アナの決断に大きな影響を与えたようなのです」(同・NHK関係者)

 近年、男性アナウンサーが相次いで転職を発表し、大きな注目を集めている。元日本テレビの桝太一氏(41)は、フリーアナと同志社大学ハリス理化学研究所専任研究所員という“二足のわらじ”を履いている。

news23が関心!?

 元テレビ朝日の富川悠太氏(46)はトヨタ自動車、元TBSの国山ハセン氏(32)は経済ニュースを扱うベンチャー企業に転職した。

「武田アナはテレビの現場にこだわって退局を決意したわけですから、違う業界に転職し、アナウンサーを辞めるわけではありません。フリーに転身した武田アナに民放キー局が強い関心を示すことは言うまでもないでしょう。例えば、夜のニュース番組『news23』のテコ入れを考えているTBSは、有力候補の一つだと思います」(同・NHK関係者)

 NHKは武田アナの後任を大阪放送局に異動させなければならない。これも大変なようだ。

「武田アナに匹敵するアナウンサーでないと大阪放送局のメンツが潰れますし、関西の視聴者も納得しません。今後、様々な名前が出るのかもしれませんが、昨年の春まで『おはよう日本』のメインキャスターを務めた高瀬耕造アナ(47)が適任ではないでしょうか」(同・NHK関係者)

 NHKに取材を申し込むと、《職員個人に関することについては、お答えしていません》と文書で回答があった。

デイリー新潮編集部