ブラジル国民は怒っていた。

 カタールW杯で20年ぶりの優勝が期待されていたセレソンだが、ふたを開けてみればいいところはほとんどなし。準々決勝で早々と敗退した。ただし、怒っていたのは負けたからではない。サッカーは運もある。どんなチームでも負けることはある。ブラジル人が怒っていたのは、その負け方だった。

 カタールでのブラジル代表は、まったくもって責任感がなく、そしてとてつもなく傲慢だった。自分たちは勝てると信じ込み、どんな目立つ方法でゴールしようかと考えているうちに負けてしまった。カメルーン戦にベストメンバーを使わなかったことしかり、クロアチア戦の攻めなくてもいいシーンで飛び出していったフレッジしかり、PK戦でひとり目ではなく5人目のキッカーを望んだネイマールしかり......。たぶん全5試合を合わせても、いいプレーと言えるのは40分ぐらいだったろう。

 そして、いざ分が悪くなると途端に情緒不安定になる。PK戦の前、クロアチアはひとつに団結し、互いを鼓舞し合っていたが、ブラジルの選手たちは目を伏せ、所在なさげだった。ブラジルのレジェンド選手ジュニオールは、ブラジルは「攻められると恐怖を感じているようだ」と嘆いている。


クロアチアに敗れて立ち上がれないでいたブラジルの選手たち photo by JMPA

 責任感のなさはピッチの外でも見られた。

 たとえば大会直前までイタリアのトリノでキャンプをし、開幕2日前になってやっとカタール入りしたこと。カタールは35度の気温であるのに、アルプスに近いトリノの気温は約10度。なぜそんな気温差のある場所で準備をしたのか。おまけにこの大事な準備期間に、チームは2日の休日をとっている。ただでさえ少ない準備期間に休みをとってどうする。W杯をなめていた証拠だ。

 また、大会中に大先輩ロナウド(フェノメノ)に連れられ、皆でカタール市内の超高級ステーキ店に食べに行ったこともブラジル中から非難された。クロアチアやアルゼンチンが決勝トーナメントに向けて集中をしている時に、セレソンのメンバーは有名な塩降りシェフのレストランに行っていたのだ。金箔に包まれたステーキがウリで、お値段はひとり約2000ドル(約26万円)。

【一切取材を受けないチッチ監督】

 もちろん違法などではない。ただし、選手はSNSなどにあげずに、静かに食べていればよかった。その月をどうにか暮らしている人が多いブラジルで、この投稿は人々の気持ちを逆なでした。それで試合にも負けたとあっては、ブラジル人への最低のメッセージとなった。

 監督のチッチにも責任感がなかった。彼は敗退が決まると、さっさとチームを見捨てている。ピッチで選手たちが涙を流し、サポーターに頭を下げているのをしり目に、チッチはまるで別にもっと大事な用事でもあるかのように、さっさとロッカールームに帰ってしまった。

 その後、1カ月近く経つが、チッチはひとつのインタビューも受けていないし、敗退に関して何の説明もしていない。これはもう逃げているとしか思えない。本当にがっかりだ。チッチ監督はここ最近の代表監督のうちで最低と言われている。大きなことを言いながら、本気の試合が始まったとたん、すぐに負けてしまった。なにより彼のサッカーはブラジル人には退屈でたまらなかった。

 その後に起きたショッキングな出来事、偉大なペレの死、そして前大統領派の議会襲撃事件などで、ブラジル人はW杯敗退を忘れてしまった。しかし、それは決してポジティブなことではない。むしろその逆だ。正確に言えば、人々はセレソンへの怒りを忘れたのではなく、セレソン自体を忘れてしまった。W杯敗退はブラジルサッカーを埋葬する、最後のシャベルだった。

 今、ブラジル代表に苦言を言い続ける者はごく少数だ。その他大勢はもう興味さえも失ってしまったようだ。SNSでは「このセレソンは我々の代表ではない」という声も聞こえるし、信じられないことに「自分はアルゼンチン代表のファンだ」と公言する者も出てきた。ブラジルとアルゼンチンのライバル関係は根深い。20年前なら口にすることも憚れたことだろう。

 ブラジル人と代表の間には深く大きな溝ができてしまった。この溝を埋めるのは難しいだろう。より最低なことに、選手たちはそれがどんなに深刻なことか、気がついていない。彼らは全く別次元の世界で生きているのだ。

【もう代表の話は聞きたくない】

 もともと、ブラジル人のセレソンへの愛着は昔に比べるとかなり薄れていた。現代表の多くは若いうちにヨーロッパに行ってしまっている。10代でブラジルを去る者も少なくない。そのためブラジル人のほとんどは、自分たちの代表のプレーをナマで見たことがないのだ。

 ロドリゴ、ヴィニシウス・ジュニオール、ファビーニョ、ラフィーニャらは、はっきり言って外国の選手と同じだ。カタールW杯メンバーのうちブラジル国内でプレーするのは第3GKのウェベルトン(パルメイラス)、エベルトン・リベイロ(フラメンゴ) 、ペドロ(フラメンゴ)のみ。人々はこれも不満に感じていた。たとえばフラメンゴで活躍中のガビゴル(ガブリエウ・バルボーザ)はなぜ今回、選ばれなかったのか。ブラジル年間最優秀選手となったパルメイラスのグスタボ・スカルパ(12月にノッティンガム・フォレストに移籍した)がなぜいないのか。ブラジル人は納得できない。

 選ばれた選手が彼らより上なら、まだ説明もつくが、ガブリエウ・ジェズスはアタッカーなのに1ゴールも上げないうちに負傷してしまったし、同じくアーセナルのガブリエウ・マルティネッリなどもケガでW杯前はほとんどプレーしていなかった。

 ブラジル国内でプレーしていてはダメなのか。ヨーロッパでプレーしていなければダメなのか。それもブラジル人の心が代表から離れている原因だ。ちなみに、CBF(ブラジルサッカー連盟)のお達しで、市場価値を上げる必要がある選手を代表に積極的に入れるようにしているという噂もあるほどだ。

 メディアで代表を非難する先鋒は元ブラジル代表で引退後はコメンテーターとして活躍しているネトだ。彼は今回のセレソンのあり方はすべて間違っていたと言う。しかし、それ以外のメディアはほとんどが無視だ。もう代表の話は聞きたくない、興味もない。20年勝てない。それは悲しいが受け入れることができる。しかしカナリア色のユニホームのために勝とうと努力しないチームはもういらない。

【外国人監督に次々と断られ...】

 ブラジル代表自体も末期的状況だ。この先に何が待っているかわからない。

 まず代表監督がいない。チッチはW杯前から、大会後は監督を辞任することを表明していたが、その後釜はいまだに決まらない。ブラジル代表監督といえば、世界でもレベルの高いポストだろう。しかし、そのなり手がない。みな今のブラジルの状況がカオスであることを知っているからだ。

 カルロ・アンチェロッティ、シャビ、ジョゼップ・グアルディオラ、ジネディーヌ・ジダンにはすでに断られた。ジョゼ・モウリーニョだけがまだ正式にははっきりとした回答を送ってきていない。その他に可能性があるとしたら現パルメイラスのポルトガル人監督アベル・フェレイラだろう。彼はパルメイラスを率いてリベルタドーレス杯に連勝、ブラジルリーグ優勝も果たしている。この成功は、ひとえにパルメイラスが他のチームより財力があるからだと思うのだが、ブラジルでは非常に人気の高い監督だ。

 ちなみにCBFとしては外国人監督を考えているという。残念ながらブラジルにはそれだけの監督が今、いないのだ。そのこともブラジル人には情けなくてならない。初の外国人監督への風当たりは、きっと強いものになるだろう。

 不在は監督だけではない。チームコーディネーターもいないし(ジュニーノ・パウリスタはW杯後に辞任した)、リーダーもいない(ネイマールは代表を続けるかどうかわからない)。何も決まっていないため、親善試合さえできない。今やブラジル代表は存在しないも同然だ。

 もちろん若くていい選手はいる。東京オリンピック以降、優秀な選手が多く誕生している。しかし、彼らの多くもチッチの事なかれ主義と先輩選手の傲慢さにより、すでに悪い影響を受け始めている。彼らを早急に正しく指導することが必要だが、その導き手がいない。

 W杯に参加した32カ国のうち、ブラジルより早く消えていったビッグチームはいくつもある。しかし大会後、最も危機に直面しているのはブラジルかもしれない。