日本国内の中では確かに「高い」。でも世界の中で見たら?(写真:Kiyoshi Ota/Bloomberg)

ユニクロ」「ジーユー」などを展開するアパレル大手、ファーストリテイリングは1月11日、国内のグループ従業員の年収を最大で約4割上げると発表しました。対象は国内の正社員約8400人で、目玉の1つとなったのが新入社員の初任給アップ。現在の25万5000円から30万円に引き上げられます(年収で約18%アップ)。

この「初任給30万円」というキーワードは、Twitterトレンドにも上がるなど話題になりました。「そんなにもらえるなんて羨ましい」という声もあれば「諸外国を見れば全然高くない」という意見などさまざまです。年収に換算すると月収だけでも360万円、仮に夏と冬のボーナスが1カ月ずつあったら420万円、もしも同2カ月ずつもあれば480万円となる計算ですが、日本の社会人1年目の水準としてはもちろん高い部類に入るでしょう。

社会人になって初めてお金を受け取る初任給は、経済的な指標の1つとして考えられています。経済情勢や景気状況、政治や業界の動向などを反映するからです。2000年以降、日本における大卒平均初任給は20万円台前半で推移しています。国内の物価水準に合わせて変動することが多いため、日本の物価は安定的とも考えることができます。

これを、世界各国と比較したらどうなのでしょうか? 今回、初任給の多い国の上位10位までを整理し日本と比較してみます。

初任給ランキング1〜10位

人事コンサルティング会社Universumは2018年1月30日に年次レポートをリリースしました。対象は、「TalentSurvey2018」に参加した39カ国の53万3351人のビジネス、STEM(科学、技術、工学、数学)の学生によるものです。ただ、同社は本レポート公表以降、関連調査を公表していないため、本調査の結果をベースに推測を加えていきます。そのほか国連の世界幸福度ランキング(2021年)なども参考にしてみます。

まず、Universumの2018年発表レポートでは、日本の初任給は年収ベースで約320万円でした。これが高いのか、安いのか。トップ10カ国に入っているのでしょうか。

1位.スイス 約873万円

スイスはヨーロッパのほぼ中心に位置しており、人口は約804万人(2012年)でゲルマン民族を中心に構成されています。スイスは物価が高い国として知られています。永世中立国の立場を背景に自国防衛にかかる軍事費などが物価に反映されています。高額な初任給はこれらの物価高が影響しているものと考えられます。世界幸福度ランキングは4位です。

2位.デンマーク 約637万円

デンマークはヨーロッパ北部に位置した人口579万人(2020年)の国です。多くの商品に25%の消費税が課せられており、CPR(国民総背番号)が導入されています。医療費、出産費、教育費が基本的に無料です。主要都市は、バリアフリーが行き届き住みやすく、老後の資金、生命保険、国民年金、厚生年金、預金は必要のない高福祉国家として世界的に有名です。世界幸福度ランキングは2位です。

3位.アメリカ 約579万円

アメリカの人口は約3億3000万人(2022年)で中国、インドに次いで世界3番目に人口の多い国です。新卒の初任給は日本の2倍以上で、コンピュータサイエンス、エンジニアリング向けの理系が上位を占めています。企業は優秀な人材のみ採用するという能力主義の意識が強く、就職率は例年50%程度です。世界幸福度ランキングは16位です。

ドイツが5位に

4位.ノルウェー 約572万円

正称はノルウェー王国で首都オスロ。 フィヨルドが発達した人口545万人(2020年)の国です。税金の高い国としても知られており消費税は25%です。北欧の高福祉高負担国としても知られていますが生活が保障されているため高額な初任給は当然といえるのでしょう。世界幸福度ランキングは6位です。

5位.ドイツ 約512万円

正称はドイツ連邦共和国で首都はベルリンです。ドイツは欧米の中でもとくに経済力の高い国と位置づけられます。社会保障が充実しており、教育は大学まで無料、国から学生への支援金もあります。働く意思(求職活動をすれば)を表示し認められれば、生活保護も簡単に受けることができます。世界幸福度ランキングは13位です。

6位.カタール 約489万円

中東を代表する産油国であり人口は280万人(2020年)、豊富なオイルマネーを背景に成長を遂げてきました。2000年から2012年のGDP成長率が350%という驚異的な成長を続けています。国民一人当たりのGDPは10万ドルを超え、世界一裕福な国として知られています。高額な初任給も当然の結果といえるでしょう。

7位.スウェーデン 約467万円

正称はスウェーデン王国、首都はストックホルム。北ヨーロッパのスカンディナヴィア半島に位置する立憲君主制国家。人口は1035万人(2020年)。北欧ならではの高い社会保障の恩恵がありますが、税金は高く年収550万円を超えると所得税率約51%に引き上がります。世界幸福度ランキングは3位です。

オーストラリアの最低自給は約2000円に

8位.オーストラリア 約457万円

正称はオーストラリア連邦、首都はキャンベラで最大の都市はシドニー。2022年7月から最低時給は21.38豪ドル(日本円換算で約2000円)となりました。退職年金も充実し雇用主は従業員の年金口座に定められた金額を支払います。 月給が$450以上であれば、雇用主は給料とは別に給料9.5%分の年金を従業員の年金口座に支払う義務があります。世界幸福度ランキングは12位です。

9位.アラブ首長国連邦 約434万円

首長国によって構成される連邦国家、首都はアブダビ市、人口は980万人(2020年)。オイルマネーによって潤された経済は、国民への手厚い社会保障制度を生み出しています。教育は無料、所得税がないことも特徴です。「Henley Global Citizens Report」によれば、「富裕層の流入が多い国」の2022年ランキングでは1位です。

10位.イギリス 約424万円

正称は「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」、首都はロンドン。「ゆりかごから墓場まで」という福祉国家のイギリスを象徴した言葉は有名。国民や居住する外国人に原則無償で医療を提供する「国民保健サービス」は開始70年以上が経過するが現在も堅持。付加価値税(消費税)は20%、世界幸福度ランキングは17位。

あくまで5年前の数値をもとにしていますが、日本はトップ10に入っておらず、20位で、水準は1位のスイスの半分以下という結果になりました。なお、厚労省の「賃金構造基本統計調査」では、新卒の平均年収は226万1000円(2020年)とされており、調査結果とは差異がみられます。

全体的には、北欧諸国が上位にランキングされ、カタール、アラブ首長国連邦などの産油国も上位に入る結果となりました。北欧と産油国の初任給が高い背景にあるのが、土地や資源が豊富にある点です。ノルウェーやデンマークにも北海油田を有しており、産油国は豊富な石油資源を持っています。物価が高ければ給料も高く設定しなければなりませんが、国としてそうした給与体系でも社会や経済が成り立っていることも意味します。

大手企業の賃上げラッシュ

日本ではファーストリテイリング以外にも大手企業から賃上げ方針が相次いで報じられています。連合は春闘での5%の賃上げ要求を掲げており、経団連の十倉雅和会長もベースアップ容認の姿勢を打ち出し、会員企業に「物価に負けない賃上げをお願いしたい」と発言しています。その背景には物価上昇率があります。2022年11月の物価上昇率は3.7%と高騰しています。

日本生命が7%の賃上げ、サントリーホールディングスもベアも含めて月収ベースで6%の賃上げを検討、ロート製薬も年収を平均7%引き上げることを表明しています。消費者物価上昇率が賃上げ率を下回れば、社員が今の生活を維持することは難しくなります。

主要企業の賃上げ率は1997年の2.90%をピークに下降し、定昇のみのベアなし時代が長く続きました。今後、各社の賃上げは派生していくものと考えられます。政府はインフレ率を超える賃上げの実現を経済界に求めており、春闘での労使交渉にも影響を与えることが予想されます。賃上げは初任給のアップの試金石になることが予想されます。今や世界がつながっている以上、物価高、賃上げに少しでも追いついていかないと、日本は国際的に貧しくなるだけです。

このようなことから、ファーストリテイリングの「初任給30万円」は諸外国に比べると高くない、という指摘は当たっています。まずは国際的に低い給与水準を少しでも上げていくことから。ファーストリテイリングが特殊な存在にならず、日本国内の主要企業にも踏み出していってほしいものです。

(尾藤 克之 : コラムニスト、明治大学客員研究員)