大学で基礎研究を選ぶ研究者が大事にすべきもの
大学の研究の3つの特徴とは何でしょうか(写真: aijiro/PIXTA)
経済成長論の権威であり、フランスをはじめ、世界最高峰の大学で教鞭をとるアギヨン教授が行った連続講義をまとめた書『創造的破壊の力:資本主義を改革する22世紀の国富論』の邦訳がついに出版された。
20世紀の偉大な経済学者シュンペーターが提唱した「創造的破壊」をベースに資本主義の未来を語る本書から、基礎研究と応用研究の違いについて、抜粋、編集してお届けする。
大学で研究するか、企業で研究するか
シュンペーターのパラダイムの主役は、何と言ってもイノベーションを生み出す企業家である。
企業家は先人の知識から出発して研究開発に投資し、イノベーション創出の可能性を高める。イノベーションをめざすのは、商業化が可能であり、超過利潤をもたらすからだ。
したがって財産権の保護が非常に重要になる。財産権が保障されてこそ発明家とその利益は模倣から守られる。
シュンペーターのこのパラダイムは、経済に関するさまざまな事実や謎を理解するための有力な手がかりとなる。
とはいえ経済学のパラダイムがどれもそうであるように、シュンペーター理論もまた実際には複雑な現実をいくらか隠してしまうことは避けられない。
知識の蓄積から話を始めることにしよう。現実には、イノベーションは先人の知恵だけに依拠するわけではない。基礎研究に負うところも大きい。
■大学を選ぶ研究者が重視するもの
そして基礎研究は、企業が行う研究開発の論理にも誘因にも従わない。大学や独立系研究所で働く研究者の報酬は、企業内の同水準の研究者と比べると、だいたいはかなり低い。
大学で研究するか、報酬のよい企業で研究するかを選べる立場にある人が、大学を選ぶのはなぜだろうか。答えは学問の自由である。
大学の研究者は、自分の研究テーマを自由に選べる。新たな研究プロジェクトを自分で決められるし、途中で打ち切って別のテーマを探してもいい。
商業化に結び付かないような研究プロジェクトに参加するのも自由だ。それに、ほかの研究者と自由に交流し意見交換できる。共同研究者も自由に選べる。研究成果を共有することも自由だ。
だから、大学を選ぶか企業を選ぶかは、端的に言って自由を選ぶか報酬を選ぶか、ということになる。
基礎研究はなぜ大学で行われるのか
そもそも基礎研究と応用研究の両方が必要なのはなぜだろうか。
基礎研究が主に大学で行われ、応用研究と商業利用を目的とするイノベーションが主に企業で行われるのはどうしてだろう。
ここでは単純化のために、イノベーション・プロセスは基礎研究(ステージ0)と応用研究(ステージ1)の2つの段階だけで構成されると仮定しよう。
すべては基礎的な発見から始まる。新しい定理や法則、新種の分子、新種のバクテリアなどなど。
これがステージ0すなわち基礎研究の段階である。次に、この新しい定理なり発見なりに基づき、製品の商業化へとつながるような別の発見がある。
これがステージ1すなわち応用研究の段階である。
ここでイノベーション・プロセスは完了し、応用研究の成果がワクチンや医薬品といった形で市場に投入されることになる。
どちらのステージにも不確実な要素があり、失敗に終わる可能性は大いにある。とくにステージ0の基礎研究が失敗に終わると、ステージ1にはつながらない。
■なぜ基礎研究は大学で行われるのか
どちらのステージも大学でやっていいし企業でやってもいいはずだ。それなのになぜ、基礎研究は主に大学で行われるのだろうか。
筆者らの研究は、次のように説明している。基礎研究は応用研究よりも不確実性が高い。具体的な応用という新しい地平が開けるかどうかもわからないままに未開の土地を開拓するのだ。
ここで、基礎研究が大学で行われることには2つのアドバンテージがある。1つは情報面で、テーマを自ら選んだ研究者は、どんな戦略で臨むか、どの道を進みどの道を捨てるかを誰よりもよく知っている。
もう1つは財政面である。学問の自由と引き換えに、大学の研究者は企業より低い報酬を受け入れる。それにおそらく民間の資力では、商業化につながらない研究も含めて研究プロセスのすべての段階を自己資金でまかなうことはできまい。
この2つのアドバンテージに加え、大学には研究者同士の自由な意見交換という強みがある。
基礎研究はこうして進む
基礎研究の多くは、研究者が毎日のように顔を合わせ、同僚の過去の研究に基づいて自分の研究プロジェクトを組み立てるという流れの中で進む。
研究者Aがあるアイデアを途中まで追究したものの途中で挫折して放置しておいたのを、研究者Bが拾い上げて発展させ次の段階にこぎつけ、ついには商業化されるといったことはめずらしくない。
最初の段階での交流を禁じたら、アイデアの流れを滞らせ、いつの日かイノベーションに結実する可能性のあった芽を摘むことになる。
基礎研究に取り組む研究者は、どの方向に進むのかをあらかじめわかっていないことがままある。彼らにとっては、よい質問をすることが答えを見つけることと同じくらい重要なのだから、それも当然だろう。
■企業の研究者に課される制約
これに対して応用研究に移る段階では、道ははっきりとつけられている。ステージ1で成功し商業化に結び付くイノベーションを創出するには、研究者のチームがその1つのイノベーションに集中する必要がある。
企業は、どのような製品やソリューションに重点投資するのかあらかじめ的を絞り、研究チームに具体的な指示を出すという役割を担う。
だから、企業の研究者には自分で研究テーマを決める自由はない。また企業内での研究について外部の研究者と自由に意見交換することも禁じられる。
企業としては、他社にアイデアを盗まれないよう秘密を守る必要があるからだ。このリスクは、イノベーションが商業化に近づくほど大きくなる。
このように、企業内の研究者は2つの自由を得られない代わりに、大学よりもかなりよい報酬を受け取る。
以上のように、大学の研究には3つの特徴がある。報酬が低いこと、研究テーマや進め方を自由に決められること、ほかの研究者と自由に交流できることである。
基礎研究におけるこうした自由を制限することは、イノベーションにとってきわめて有害であり、新しいアイデアの量も多様性も損ねることになりかねない。
さらに、斬新なアイデアを持ち合わせている外部の研究者の参入をも阻むことになるだろう。
ここで、ありとあらゆる基礎研究の進歩も新たな定理や法則も特許によって知的財産権が保護されている世界を想像してほしい。
知財保護とアンチコモンズの悲劇
その世界では、応用研究に取り組む側は必要な基礎研究すべての特許も使用料を払わなければならず、膨大な費用と手続きの負担を迫られることになる。そうなったら応用研究はまったく進まなくなるだろう。
たとえば、ある新薬を開発する道のりにいくつもの特許が立ちふさがるということになりかねない。これはまさに「アンチコモンズの悲劇」である。
アンチコモンズの悲劇とは、共有されるべき財産が細分化されて私有化され、社会にとって有用な活用が妨げられることを意味する。
知的財産権の保護は、商業化可能なイノベーションとそれを実現した応用研究を守るためには必要であるが、基礎研究の段階での過剰な保護は非生産的な結果を招くことになる。
より自由な制度の下でこそ、大胆なイノベーションにも実現のチャンスがある。
(フィリップ・アギヨン : コレージュ・ド・フランス教授)
(セリーヌ・アントニン : OFCEエコノミスト)
(サイモン・ブネル : INSEEシニアエコノミスト)