日立がカナダ・オンタリオ州向けとして受注した自動運転車両のイメージ(画像:日立製作所)

海外における日立製作所の快進撃が止まらない。11月のわずか1カ月間だけで世界各国で5件もの大型案件の受注が発表された。

まず11月4日、イタリアでミラノ地下鉄向け車両を受注したと発表した。最大で46編成(276両)の車両を納入する、最大3億6800万ユーロ(約534億円、1ユーロ=145円で計算)の包括契約をミラノ交通公社と締結。この契約に基づき、第1弾としてミラノ地下鉄1号線向けに21編成(126両)を1億6800万ユーロ(約244億円)で受注した。

先頭車両から最後尾の車両まで視界が遮られることなく車内を見渡すことができるようにデザインされ、監視カメラの映像をリアルタイムで指令室に伝送することで車内の安全性を向上させる。アルミ製の車体外装には落書き対策も施される。2024年春から順次営業運転を開始する予定だ。

フィリピンやカナダでも

11月17日には、フィリピンで通勤鉄道線向けの鉄道システムを受注したと発表した。マニラ首都圏と周辺都市を南北に結ぶ南北通勤鉄道147km事業のうち、ソリス―マロロス間約35kmにおいて鉄道システムを提供する契約をフィリピン運輸省と結んだ。フィリピンペソ、米ドル、円など複数通貨による契約で総額は約1140億円。この案件には車両製造を除く、信号システム、電化・通信システム、車両基地用機器、料金徴収システム、軌道工事が含まれる。ちなみに、車両製造を受注したのはJR東日本系の総合車両製作所と住友商事。304両を製造する。契約金額は約725億円である。

同じく17日、カナダのオンタリオ州では、日立がリーダーとして組成されたコンソーシアムが地下鉄オンタリオ線向け車両、鉄道システムの納入および30年間の運行・保守を90億カナダドル(約9500億円、1カナダドル=105円で計算)で受注したと発表された。完全自動運転(GoA4レベル)で最新の無線式列車制御システム(CBTC)を導入し、最短90秒間隔で運転する計画。運行開始後は列車の待ち時間を大幅に減らすことができる。

オンタリオ州では、2019年に日立が参加する別のコンソーシアムが総額46億カナダドル(約4830億円)でLRT新規路線の設計・建設、運営、保守などを受注している。今回のプロジェクトと合わせ、「カナダにおける日立のプレゼンスが強固になる」と同社は期待する。

海外での新規受注はまだ止まらない。11月22日には、やはり日立がリーダーを務めるコンソーシアムが、旧イタリア国鉄系の鉄道インフラ保有・管理会社RFIと最新のデジタル鉄道制御システムの設計・設置契約を締結したと発表した。欧州鉄道交通管理システム(ERTMS)という欧州域内で国境を越えた相互運用が可能となる信号システムをイタリア北中部の1885kmに導入するもので、うち日立受注分の契約額は8億6700万ユーロ(約1260億円)。

これらの受注の合計額は1兆円を大きく超える。むろん、小規模の案件まで事細かに受注成立が発表されるわけではないし、取引先の意向次第では受注の決定や内の詳細を発表しないものもあるという。判明分だけでも日立にとってはトータルで巨額の売り上げとなる。

さらに契約額は未公表だが、11月29日にはフランス国鉄とユーロスター社向けにデジタル鉄道制御システムの導入契約を発表した。フランスの高速鉄道TGVはイタリアやスイスに乗り入れており、ユーロスター社が運営する高速鉄道のユーロスターやタリスもイギリス、フランス、ベルギーといった国際運行を行う。現在、欧州各国ではERTMSの導入が進んでいるため、列車に搭載しているフランス国内の高速鉄道向けの信号システムとERTMSを統合した信号システムをアップグレードして、将来の円滑な国際間運行に備える。

大型案件が11月に重なった

11月以前の動きはどうだったかというと、日立の日本語ホームページを見る限り、鉄道関連の大型新規受注の発表は2022年3月にRFIから受注したERTMSの設計・納入案件まで遡る。「これまで世界各地でさまざまな案件の受注活動に取り組んできたが、その成果の発表がたまたま11月に重なった」と日立の広報担当者は話す。

3月以前であれば、2021年12月にはアルストムと共同受注したイギリスの高速鉄道「HS2」向け車両製造および保守案件がある。契約金額は19億7000万ポンド(約3280億円、1ポンド=166.6円で計算)。さらに遡ると3月に受注したワシントン地下鉄向け新型車両256両の製造案件がある。契約金額は最大22億ドル(約3075億円、1ドル=139.8円で計算)だ。なお、ワシントン地下鉄向け車両では、製造拠点としてメリーランド州に新たに工場が建設される。10月18日に鍬入れ式が行われた。完成は2024年度。

11月に受注した5案件の内容を比較すると、国別ではイタリアが2件、フランス1件、カナダ1件、フィリピン1件となり、特定の地域に集中することなく欧州、北米、アジアとバランスが取れている。また、種類別でも4日発表分は車両、17日は信号システム、電化・通信システム、およびあらゆる範囲におよぶフルターンキー契約、22日と29日は信号システムとやはりバランスが取れている。

世界各国から信号システムなど車両以外の受注が大きく増えているのは、2015年にイタリアの防衛・航空メーカー、フィンメカニカから買収した同社の鉄道車両事業と信号システム事業が技術、生産、営業などさまざまな面で成果を出している証左といえる。

さらに日立は現在、フランスの防衛・航空宇宙メーカーのタレスから鉄道信号システム事業を買収する交渉を行っており、2022年度末までの買収完了を目指す。実現すれば、同事業の売り上げおよそ2000億円が日立に上乗せされるだけでなく、日立の鉄道信号システム事業の強化にもつながる。タレスのグローバルな営業拠点は「これまで日立の手薄な地域を補完する」(日立広報)としており、その点でも買収のメリットは大きい。

売り上げの8割は海外市場から

10月28日に発表された日立の2022年度連結決算において、鉄道事業の売上高は前年同期比9%増の3138億円だった。通期では前期比8%増の6797億円を計画している。日本国内の鉄道車両メーカー各社と比較すると、日立と並び2強と称される川崎重工業の鉄道車両事業の2022年度業績予想は1400億円。国内の鉄道車両メーカーの中では、日立は売上高で頭ひとつ突き抜けた存在だ。

その売り上げの8割は海外市場からもたらされている。老朽化車両の置き換え需要くらいしか見当たらない日本市場を主戦場とする車両メーカーとは対照的だ。また、売り上げの4割は信号システムなど車両以外で稼いでいることは、ITやAIなどの技術革新を取り入れようとする世界中の鉄道業界のトレンドにも合致する。タレスを手中に収めればこの流れはさらに加速する。

しかし、油断は禁物。日立はいまやシーメンスやアルストムに比肩する規模に成長したとはいえ、規模が大きければよいというものでもない。ほんの数年前までシーメンス、アルストムとともに「ビッグスリー」と呼ばれたボンバルディアの鉄道部門は2021年1月にアルストムに統合され、その名が消滅した。GEは2015年度には59億ドル(約8300億円)もの売り上げを誇った鉄道事業を2019年1月に売却している。かりに鉄道事業が好調だとしてもほかの事業の不振により会社全体が傾けば、鉄道事業が切り売りされるかもしれない。実際、日立もフィンメカニカの鉄道車両や信号事業を買収して現在の地歩を築いた。

数年後に何が起きるかわからないという点では日本国内とはまるで異なる。日立が選んだのはそんな弱肉強食の世界である。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)