シンガポールで行われたディスニー・コンテンツ・ショーケースのオープニングセレモニーにミッキーマウスと共に登場したアジア太平洋地域プレジデントのルーク・カン氏(写真:The Walt Disney Company)

11月30日、シンガポールで「ディズニー・コンテンツ・ショーケース2022」を開催したウォルト・ディズニー。動画配信「ディズニープラス」で配信する、アジア太平洋地域(APAC)の独自コンテンツを中心に、50作品以上の制作が大々的に発表された。

他方、株式市場ではこの1年ほど同社に厳しい評価が続き、11月20日にはボブ・チャペックCEOが解任され、前任者のボブ・アイガー氏がCEOに電撃的に復帰した。背景には2022年7〜9月決算における動画配信部門の約15億ドルに上る赤字があるといわれ、今後体制変更やリストラが行われるとも見られている。

その中で、APACにおけるコンテンツ拡充をどのように進めるのか。中国を含めたAPAC市場の特徴、日本のコンテンツに対する捉え方、そして今後の課題について、APACプレジデントのルーク・カン氏が東洋経済などの共同取材に応じた。

ディズニープラスは「弾み車」

――APACでは各国の独自コンテンツの強化を打ち出しています。ここまでの手応えは?

およそ1年前に新しいコンテンツブランド「スター」を立ち上げ、独自コンテンツの強化に取り組んできた。ここまでのパフォーマンスはとても肯定的に考えている。APACの独自コンテンツは、われわれの予想を超えた結果が出ている。

――具体的には?

APACからはこの1年間で45 以上の新しい作品が登場した。韓国のドラマ『ビッグマウス』『サウンドトラック #1』『IN THE SOOP フレンドケーション』は、APACのほとんどの市場で、配信初週に最も視聴された作品のトップ3 に入った。さらに、ディズニープラスにおけるアジアのコンテンツの総時間は、1年前と比べ8倍に増加している。

ディズニープラスは2019年11月に始めた新しいサービス。日本では約2年半前、韓国では約1年前、フィリピンに至っては今年11月にスタートしたばかりだ。この短い間にここまで進展できたことに、大きな手応えを感じている。とてもユニークで、ディズニーディファレンス(ディズニーらしさ)を追及するというわれわれの戦略の「フライホイール」(弾み車)になっている。

――APACの市場としての特性は何でしょうか。

APACを1つの市場ととらえることはできない。いろいろな市場が集まった地域。そして、それぞれにユニークな特徴がある。ディズニーにはたくさんのコンテンツブランドがあるが、国によってブランドの人気に違いがある。


ルーク・カン(LUKE KANG)/ウォルト・ディズニー・カンパニー・アジア・パシフィック(APAC)のプレジデント。APACにおけるディズニーの事業全般を統括。2011年韓国のマネージング・ディレクターとして入社。2014年からは中国・上海を拠点として中国事業を統括。2017年には日本と韓国にも担当地域を広げた(記者撮影)

例えば、日本ではディズニーブランドがとても愛されている。ほかの市場と比べて、幅広い世代の支持があり、特に若い女性の支持が高い。私たちは日本市場から学んだ特徴を、ほかのAPACの国にも取り入れ、さらに拡大しようとしている。

APACとしての共通点もある。それは地域独自のコンテンツを好むということだ。APACは世界で最も人口の多い市場であり、その中に豊かな国やこれから成長していく国、人口の多い国、少ない国がある。多様な民族がいて、多様な言語を話す。

だからこそ、各国の独自コンテンツが重要になる。地域の優れたクリエーターやIP(知的財産)と手を組むことが大事だ。

コンテンツの供給体制が整っていない

――課題は何ですか。

独自のコンテンツについて強い要求がある中で、供給体制が整っていないことだ。優れたクリエーターとともに優れたストーリーを提供することを急いでいるが、まだバランスが取れていない。今後はそうした体制作りに投資することが大事になる。

11月には「クリエイティブ・エクスペリエンス」というプログラムを始めた。APACのクリエーターたちを、アメリカのトップクリエーターたちとつなげていく取り組みだ。

具体的には、11月に公開されたばかりの『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の監督兼共同脚本家であるライアン・クーグラー氏や、マーベル・スタジオの幹部などから映画制作について直接話を聞く機会を持ち、APACから約200人のクリエーターが参加した。

クリエーター同士がアイデアや知見、知識を交流させ、可能性を広げることを狙っている。次回は12月16日に全世界で公開される『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』のジェームズ・キャメロン監督を招くことを計画している。

――11月20日にはボブ・チャペック氏が解任され、ボブ・アイガー氏がCEOに復帰しました。動画配信についても、今後より収益性を求められるのではありませんか?

そのことについては具体的にお答えできない。1つ言えるのは、APACが非常に重要で、戦略的な地域であることだ。そしてもちろん、日本はAPACの中でも最重要市場の1つだ。

財務的なことを伝えられないが、独自コンテンツ制作において、私たちはプロジェクトをしっかり選別している。そのためにも、地域の特性や消費者が何を求めているかを常に考え、地域の最良のクリエイティブと制作することに努めている。

日本の制作費は韓国や中国に比べて低い


シンガポールで行われたディスニー・コンテンツ・ショーケースでプレゼンテーションを行うアジア太平洋地域プレジデントのルーク・カン氏(写真:The Walt Disney Company)

――日本発のコンテンツの強み・弱みについて、どう分析しますか。

日本は、世界から見ても強いIP(知的財産)と深いストーリーを持っている。でもそれはビデオという形ではなく、多くは漫画や本という形で成立している。

韓国のドラマは確かに成功しているが、その多くは韓国発のデジタルコミック「ウェブトゥーン」から来ている。そう考えると、日本も大きな可能性を持っている。

ただ、日本のドラマの1話あたりの制作費は、韓国や中国などと比べて最も低い。20〜30年前は日本の制作費が最も高く、この地域の中で最も強いものだった。その背景にはいろいろあると思うが、決して日本のクリエーターの才能が劣っているからではない。リソースが振り向けられれば、質が上がって、世界もそれに気づくと思う。

すでに日本における1話あたりの制作費は上がり始めている。そうすることで質が上がるというサイクルに入りつつある。われわれもその一翼を担いたい。

クリエーターにさまざまな機会を与えることも大事だ。今回、日本の三池崇史監督と韓国の実力派俳優がタッグを組んでバイオレンス・スリラー『コネクト』を制作した。今後も国をまたいだコンテンツ作りが進展していくと思う。

――日本のアニメをどうとらえていますか。

日本のアニメは世界的に見ても、非常に特徴のあるユニークなものだと思う。クリエーターたちの能力のレベルはとても高い。

そして出版社が強いIPを持っている。今回、講談社と戦略的に提携し、同社の持つ漫画を原作とするアニメをディズニープラスで独占配信することになった。今後も日本のアニメ業界にしっかりとかかわっていきたい。

問題点を挙げるとすれば、アニメを作るのに時間がかかるということ。世界的にアニメ制作は3DやCGの流れがあるが、日本では手書きの伝統的な作り方がまだ残っている。しかしそれは強みでもあり、私たちのような外の企業は辛抱強くならなければいけない。

中国は「たくさんの市場」が集まった国

――中国市場についてはどう考えていますか。

中国でも優れたコンテンツを持ちたいという思いは変わらないと思う。ただ、中国は地域や都市の規模などによって大きな違いがある。私たちは中国をたくさんの市場が集まった国と考えている。コンテンツを出すときには、その地域や都市の規模によってマーケティング手法を大きく変えている。

多くの企業は中国を1つの市場ととらえているが、われわれはこうしたやり方で、中国で大きなブレークスルーを起こすことができた。日本の関東・関西もそうだが、中国の地域性は日本の比ではない。それが中国市場のユニークさだと感じている。

(並木 厚憲 : 東洋経済 記者)