スペイン相手に大金星を挙げた日本代表【写真:Getty Images】

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山口・光市の「おっさん」の食堂で日本―スペイン戦を観戦

 サッカーのカタール・ワールドカップ(W杯)は1日(日本時間2日)、グループリーグ最終戦で日本はスペインに2-1で逆転勝ちした。1点を追う後半3分にMF堂安律、同6分に田中碧の連続得点で無敵艦隊を撃破し、グループ首位で決勝トーナメント進出が決定。元日本代表FW久保竜彦は「THE ANSWER」の電話取材に応じ、酒を飲まずに見守った大金星に「日本サッカー史上最高の試合やろ」と吐露。山口・光市からガラケーを握り、感激の胸中を明かした。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 午前8時。電話口の向こうで、ドラゴンの太く、低い声は高揚していた。

「いやあ、あれでしょ。日本サッカー史上最高の試合やろ。初めて見たわ、あんな試合。凄かったわ」

 ガラケーを握り、髭をたくわえた久保の口角が上がる表情が浮かんだ。

 コスタリカ戦から4日、久保は山口・光市にいた。現在はこの土地に住み、コーヒー焙煎に塩作り、異色のキャリアを歩む。46歳。サッカーのイベントに顔を出すことはあるが、試合はたまに見る程度。「サッカー見るより、釣りをしとった方が楽しいけえ」。この男は、いつも嘘をつかない。

 森保ジャパンの戦いは、久保を「なんもないけど、落ち着くんよ」という港町から動かした。

 独自の感性を、久保が立てなかったW杯の舞台で輝かせる。グループリーグの観戦と解説を依頼すると、快諾をもらった。とはいえ、自宅にテレビがない。東京・中目黒にある編集部に足を運んでくれた。師玉のドラゴン節を引き出そうと、酒を用意。サムライブルーの戦いを画面越しに見つめた。

 23日、ドイツ戦。

 ゴールが決まると「これが一張羅よ」というジャージのポケットからガラケーが落っこちるほど、興奮した。歓喜の缶ビール350ml×3本。「朝まで飲まんといけんね。こんなことないでしょ、人生で。だってドイツよ、相手。ドイツ」

 27日、コスタリカ戦。

「また一緒に観ようや」。本来は電話取材の予定だったが、久保の希望で再度来訪した。よもやの劣勢。冬なのに履いてきたサンダルを脱いで足を投げ出した。失意の缶ビール350ml×6本。「勝って、朝まで飲みたかったな」

 今回は、電話取材になった。

 日本が揺れた大金星から2時間。約束の時間に、電話をかけた。

 久保は、2コールで出た。

「あぁーい」

 せわしない金曜朝の時を止めるほど、おだやかな第一声だった。

「元気もらったよ。寝ずに3日間くらい仕事できるわ」

 午前3時40分起床。観戦したのは、近所の「おっさん」が営む食堂だった。

「おっさんが起こしてくれて。(観戦の準備も)全部、やってくれたけえ。そのおかげで、最高の状態で見れたんよ。おっさんのおかげよな」

 4時、試合開始。おっさんへの感謝を胸に、ホイッスルを聞く。

「今日は、なんも飲まんかったで」。趣味は酒と釣り。普段は「試合を観ながら飲んだら、90分で(頭をふらふらさせながら)こうなっとるけんね」という男である。運命を分ける森保ジャパンの戦いへ、誠意と敬意が垣間見えた。

 前半11分。あっさり先制点を献上。「何点取られるんやろって思ったわ」

 駅にいるのか。時折、騒がしい列車の通過音が、久保の声の邪魔をする。

「スペイン、すっげえ上手い。強いし。当たりに行ってるのに弾き飛ばされとるもん」

 しかし、久保の不安は日本がかき消した。

 後半3分に堂安が同点弾。駅のアナウンス音に負けず、声のトーンが上がった。

「そりゃ、声出たよ。堂安やし。凄かったわ」。日本代表をほぼ見ない久保の唯一のお気に入りが堂安である。

 直後、6分に田中が逆転弾。以降は防戦一方になりながら、1点を守り切る。

 試合終了。画面には、目をバキバキにして喜びを語る森保監督の姿。

 広島ルーキー時代。「寮のメシがまずい」と生意気を言うと、家でメシを食わせてくれた頭の上がらぬ恩人である。

「そりゃあ、もうおっさんと2人で喜んだよ」

 ひと通り観戦の様子と感想を聞くと、インタビュー開始。堂安のゴールの凄さから、スペイン撃破の要因、森保采配に感じた執念まで饒舌に語った。

 今大会、これまでの久保の観戦レポート、解説は好評をもらっている。

「なんや、お前が書くのが上手いんか。まあ、俺は読んどらんけどな」。この男は、ことごとく嘘をつかない。

 しかし、嘘をつかないから「日本サッカー史上最高の試合やろ」の言葉に、真実味が浮かぶ。

 次はクロアチア戦。

「今から仕事、行きよるんよ。元気もらったよ。寝ずに3日間くらい仕事できるわ。月曜、楽しみやね」

 午前8時30分。電話を切る。「あぁーい、ありがとう」。最後もまた、おだやかな声だった。

 なお、インタビューは近く配信する。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)