絞首刑による死刑執行の差し止めなどを求めて提訴し、大阪市北区で記者会見を開いた原告の代理人弁護士ら

写真拡大

 2020年1月、内閣府が実施した死刑制度に関する世論調査の結果が発表された。「死刑もやむを得ない」という意見は80・8%に達し、「廃止すべき」は9・0%にとどまった。そして今年11月29日、確定死刑囚3人が国に対し、絞首刑による死刑執行の差し止めを求める訴訟を起こした──。

 ***

【実際の写真】絞首刑が行われている刑場(執行室)

 朝日新聞デジタルは11月29日、「絞首刑は『残虐』か 死刑囚3人が執行差し止めを求め、国を提訴」の記事を配信、YAHOO!ニュースのトピックスに転載された。

《絞首刑による死刑執行は残虐な刑罰を禁じる憲法などに違反するとして、確定死刑囚3人が29日、国を相手取り、絞首刑による執行の差し止めなどを求める訴訟を大阪地裁に起こした》

 NHKの報道(註1)によると、提訴した3人の死刑囚は、いずれも大阪拘置所に収容されているという。

絞首刑による死刑執行の差し止めなどを求めて提訴し、大阪市北区で記者会見を開いた原告の代理人弁護士ら

《大阪地方裁判所に訴えを起こしたのは、10年以上前に死刑が確定し、大阪拘置所に収容されている死刑囚3人で、このうち2人は、再審請求中です》

 10年以上前に死刑が確定し、大阪拘置所に収容、再審請求中の死刑囚と言っても、これまでの報道で確認できるだけでも該当者は10人を超える。

 弁護団は原告3人の名前を明らかにしていない。いずれにしても、3人は複数人を殺害した容疑で逮捕・起訴され、裁判の結果、死刑が確定したのは間違いない。

 人の命を奪っておきながら、自分の命が奪われる方法について異議を申し立てるのは矛盾している──このようなネット上の指摘は非常に多い。Twitterから引用しよう。

104円と1100万円

《残虐な事をした結果なのに、それを棚上げしているのは、いけてない気がする》

《じゃあどんな方法ならいいんだよと思うし、「残虐で非人道的」ではない殺人を行った者のみがそれを言い給え》

 それ以外にも気になる点がある。先に紹介した朝日新聞とNHKの記事では触れられていないが、3人の死刑囚は高額な慰謝料を国に求めているのだ。

 やはり提訴を報じた毎日新聞の記事(註2)には、《国に死刑執行の差し止めや計3300万円の賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした》と明記されている。

 原告側は会見で、

《「国が『残虐ではない』と主張するなら、司法の場で実態を明らかにすべきだ」》(前掲の朝日新聞記事より)

《「死刑は生命のはく奪を持って罪を償わせるというものであり、苦痛を与えることが刑罰の内容ではない」》(註1)

──など、国民に問題提起するかのような説明を行っている。傾聴すべき点もあるが、だからこそ、3300万円の慰謝料と言われると引っかかりを覚えてしまう。

 例えば2021年3月、新型コロナ対策で営業時間の短縮命令を受けた都内の飲食チェーンは、命令は憲法違反だとして東京都を訴えた。

 この際、損害賠償請求額が104円と小額だったことも注目を集めた。「金銭目的の訴訟ではない」とアピールする狙いもあったと考えられている。

延長狙い説

 元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝氏も、やはり3300万円という金額に違和感を覚えたという。

「社会に問題提起するため訴訟を起こすということは、全く珍しいことではありません。“正義のための戦いであり、金銭の要求は必要ない”という原告も少なくないのです。ただし、慰謝料を極端に少額としてしまうと、地方裁判所ではなく簡易裁判所での審理が決まるなど、世論への訴求力が弱まることがあります。こうした懸念を回避するため、1人あたりの慰謝料を110万円に設定することがよくあります」

 一方、死刑囚3人は、精神的苦痛の賠償として3300万円の慰謝料を請求した。1人あたり1100万円と考えられる。110万円との差は相当なものがある。

「1100万円という金額は会社員の年収としても高く、普通の人が一度に手に入れられるものではありません。額に汗して働く人でも得られないほどの大金を、拘置所で生活し、ある程度の衣食住が無料で提供されている確定死刑囚が手にする可能性があるわけです。これでは『絞首刑は残虐な刑罰か』という問題以前に、納得のいかない人も少なくないのではないでしょうか」(同・若狭氏)

 ネット上では「訴訟を起こすことで、死刑執行の延期を狙っているのでは?」という投稿も目立つ。

「口封じ」の懸念

「法曹界の一部では、『再審請求を行うと、死刑の執行延期が期待できる』と指摘する関係者がいるのは事実です。しかし、その信憑性は明らかになっていません。まして民事訴訟となると、本当に死刑執行の延期が狙えるのか、私にはなんとも言えません」(同・若狭氏)

 その一方で、ある程度なら法務省や法務大臣などに対する“プレッシャー”になる可能性も否定できないようだ。

「裁判が審理中であるにもかかわらず、3人のうち誰かの死刑が執行されれば、『口封じに殺した』と批判する人が出てくるかもしれません。もちろん、口封じなどあり得ないのですが、法務省としては『痛くもない腹を探られる』のは嫌でしょう。今回の訴訟が最高裁で判決が確定するまでは、死刑執行に躊躇を感じてしまうかもしれません」(同・若狭氏)

 いずれにしても、裁判の結果は明らかなようだ。最高裁は1955年に「絞首方法がほかの方法に比べ人道上、残虐であるとする理由は認められない」、さらに2016年にも「死刑制度は、執行方法を含め、憲法の規定に違反しない」と、いずれも合憲の判断を下している。

 具体的な事件の審理で死刑の執行方法の是非が争われたケースも多い。帝銀事件(1948年)の平沢貞通・元死刑囚(1892〜1987)や、1972年から1983年の間に8人を連続殺害した勝田清孝・元死刑囚(1948〜2000)は、裁判で「絞首刑は残虐な刑」と主張した。だが、いずれも判決で反論されている。

議論は重要

「多くの判例がありますから、今回の提訴で、裁判所から『絞首刑は残虐です』と認められることはまずないでしょう。ただし、民事事件は刑事事件ほど迅速に審理されません。一審の判決が出るのにも、1年くらいの期間が必要です。最終的に判決が確定するには、数年はかかると思います」(同・若狭氏)

 ちなみにアメリカでは、1994年にサンフランシスコ連邦地裁が「致死性ガスによる死刑執行は違憲」という判断を下した。このためカルフォルニア州は、死刑の執行方法を致死性の注射に切り替えたが、現在は死刑の執行そのものが一時停止されている。

 また、アメリカの最高裁は2008年4月、「ケンタッキー州で行われている薬物注射方式による死刑執行は合憲」との判断を下している。

「今回の提訴をきっかけとして、絞首刑以外の方法はどうなのか、死刑執行のシステムに改善点がないのかという国民的な議論が始まったのなら、それはそれで歓迎すべきでしょう。例えば、死刑執行は当日に通告されますが、一時期は前日に通告されていました。死刑囚にとって、いつ通告されるのがより適切なのか、法曹界以外の専門家からも様々な意見が出る。こんな状況になることを期待しています」(同・若狭氏)

註1:“絞首刑は残虐で憲法違反”死刑囚3人差し止め求め提訴 大阪(NHK NEWS WEB:11月29日)

註2:「絞首刑は国際法違反」 死刑囚3人が執行差し止め求め提訴 大阪(毎日新聞電子版・同)

デイリー新潮編集部