「勝って、朝まで呑みたかったな」 日本が沈んだ夜、久保竜彦の背中に哀愁が漂った
カタールW杯・日本―コスタリカ戦を「THE ANSWER」編集部で観戦
サッカーのカタール・ワールドカップ(W杯)は27日、グループリーグ第2戦で日本はコスタリカに0-1で敗れた。後半36分につなぎのミスから決勝点を献上。痛恨の黒星を喫した。元日本代表FW久保竜彦は第1戦のドイツ戦に続き「THE ANSWER」編集部を訪問。「今日は朝まで呑まんと、あかんで」と興奮した夜から4日、現役時代にタバコをやめさせてくれた恩人・森保一監督が率いる日本代表の2度目の決戦をどう見守ったのか。その様子をお届けする。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
試合終了のホイッスルを聞くと、おもむろにドラゴンが立ち上がった。
テレビに近づき、現役時代と変わらない細身で181センチの長身から、画面に映る、俯いた吉田の表情を見下ろす。
「まあ、運が悪かったわな」
温度のないつぶやきを残し、部屋を出た――。
あのドイツ戦の熱狂は冷めない。中3日で戦う日本代表に合わせ、久保もまた中目黒にやってきた。山口・光市在住。コーヒー焙煎、塩作りに、異色のキャリアを歩む46歳は今、サッカーはたまに見る程度。娘の受験に集中させるため、「ぶちっと(配線を)やった」という日以来、自宅にテレビはなく、釣りと酒を愛す。
ドイツ戦で、編集部での観戦とインタビューを依頼すると快諾。ドラゴン節を醸成させる酒を用意し、歓喜を共にした。
今回は電話取材の予定だった。それを変えたのは久保自身。「また一緒に観ようや」。ガラケーから届いたメッセージ。京都でサッカーイベントの仕事を終え、いつものジャージとビーチサンダルで東海道新幹線に乗った。「今日はNHKじゃないんか」。腰を下ろして日本の国歌斉唱を聞き終えると、手が金色の缶に伸びた。
エビス350mlの「プシュッ」という音が、今夜も編集部に響く。
「俺、『きーみぃーがーあーよーは……』までしか知らんのよ。だから、歌わんかった。ジーンとはこんね、俺の場合」
プレーも、発言も、いつだって久保は“自由”の象徴だった。「だけど、(両チームがロッカーから)上がってくる時は、ぐわーっと来るのよね。(間近で見た)フランスのデサイー、テュラムなんて、怪獣みたいやったもんね」。何色にも混じらない感性を持つから、その視点で表現される思考もまた独自の輝きを放つ。
試合開始。
「2番、誰? 山根って外国でやっとるん?」「権田、(ドイツ戦で)マン・オブ・ザ・マッチなんか。そんな止めたか?」とぼやいたかと思えば、自身もテニスをする娘を持つ父であり「相馬の父ちゃん、テニスのコーチで(相馬のことを)『よう頑張ってる』と言ってたわ」というエピソードまで展開される。
しかし、チャンスもなければ、ピンチもない展開が続く。酒と野菜炒めを食べる箸が進む。利き足は左だが、箸は右。揚げ物にも、おにぎりにも手をつけない。
中3日の戦い。「ACLのときは(リーグ戦から)中2、3日やったよな。寝て起きたら試合みたいやった」。選手の負担はわかる。
前半終了。日本が放ったシュートも、久保が飲んだビールも3本だった。
失点の直前、声色に焦り「やばい、やばい、やばい……あー、来る」
一転、後半は立ち上がりからムードが変わった。
いきなり浅野が決定機。「おお! うあ! 最後、浅野?」。リプレーを見るとトーンを落とす。「全然、(足に)当たっとらんやん。すねに当たっとる」
15分。ペナルティエリアのすぐ外でFK獲得。「誰が蹴るん? 堂安が蹴るん?」。相馬の右足は枠を外れる。
1度目のトイレに立った直後の24分。伊東が中央から突破。ペナルティエリアのライン付近で倒される。「あっ! あー!」「PKか! 外か?」。FKも外れる。
この日一番の声が出たのを最後に、ムードは停滞。推進力を生まないバックパスに、画面も動きも生まれない。そして――。
36分。吉田が守田に送ろうとした浮き球をカットされる。途端に「やばい、やばい、やばい……あー、来る」。声色から伝わる焦りが、予感させた。
「あー……」。背もたれに大きな背中がついた。
後半42分。相手ゴール1メートルに迫る決定機。「鎌田、準備できとらんかったね。赤(のユニホーム、エリア内に)何人おるんや」
後半47分。三笘が左サイドの突破からエリア内に侵入。「ヤバイな、なんなんこいつ。なんであれで抜けるん。なんやろな」。しかし――。
試合終了。0-1。重い空気が支配する編集部内。
前後半で6本のビールを流し込んだ久保は、顔色を変えず、冒頭の「運が悪かったわな」の言葉を残してトイレに立った。
その言葉の真意とは――。
直後にインタビューを実施。試合のハイライトを見ながら、失点シーンにつぶやいた。
「あの流れだと、つなごうとするやろな。(マイボールを)大事にしたいって」
失点につながった理由から、スペイン戦で起用すべきFWまで、独自の視点を語った。
そして、編集部を後にする。去り際、口にした言葉はドラゴンの本音だった。
「勝って、朝まで呑みたかったな」
日曜夜、人通りの少ない山手通り。LDHと並ぶ中目黒のランドマーク、ドン・キホーテの光に照らされた久保の背中は少し寂しく、足元は寒そうだった。
なお、インタビューは近く配信する。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)